第42話 竜退治

 裕と農民が穴を掘っている間に、騎士団は森に隠れる場所を作る。

 準備が終わると、領主と農民は護衛の三人の騎士と共に廃墟モコリへと下がる。

 あとは裕と数名の騎士で竜を誘き出してくるだけだ。


「こんなところ、どうやって行くんだ?」


 森には竜たちに木々が薙ぎ倒されて道らしきものができているが、とても人や馬が進んでいけるものではない。


「問題ありません。私の魔法の前に、こんなものは障害になりません。」


 裕が重力遮断を発動させると、四人の騎士たちが慌てた声を上げる。


「行きますよ!」


 裕に続いて、騎士たちも倒れた木々に向かってジャンプしていく。


「なんだこれは……」

「体が、浮かび上がるようだぞ。」


 運動神経は良いのだろう、四人の騎士たちは戸惑いながらも、裕について斜面を駆け上がっていく。


 数分も行けば、竜たちの騒ぎ声が聞こえてくる。いや、木々が薙ぎ倒されている音と言った方が正しいだろうか。

 とにかく、竜たちは騒々しく暴れているようで、尾根の向こう側から激しい音が響いてきている。


「いましたよ。」

「あれが!」


 尾根の上に立つ五人に緊張が走る。

 数百メートル先では、竜が何やら暴れ狂っている。

 裕たちは隠れもせずに、真っ直ぐ竜に向かって行く。ここで倒すのではなく、誘き出すのだから、不意打ちなどする意味が無いのだ。


 騎士たちは魔法陣を描き、詠唱しながら竜へと近づき、射程に入り次第攻撃を叩き込んでいく。


 爆炎が吹き荒れ、巨大な水の塊が押し潰さんばかりにと叩きつけられる。

 いずれも第七級の魔法だ。だが、それでも竜には効果がなかったようで、鋭い目を裕たちに向けてくる。


「逃げますよ!」


 裕は叫んで陽光召喚を幾つも竜たちに向けて投げ放つと、背を向けて逃げ出した。

 突然攻撃を受けて怒った竜は、地響きを立てて裕たちを追いかける。



「威力とか気にせず、とにかく魔法を撃ってください! どうせ効きませんが目くらましができなければ追いつかれます!」

「分かった!」


 振り向きざまに騎士が水魔法を放ち、それを裕が連射する。視界を埋め尽くすほどの弾幕が竜に襲い掛かり、その隙に騎士たちは竜との距離を稼ぐ。

 後ろを向いて宙に浮いていた裕は、足を無造作に掴まれて引っ張られていく。

「ほんぎゃああああ⁉」


 ワケの分からない叫び声を上げる裕のことは無視して、騎士たちは全速力で山を駆け下りていく。そして、竜たちは物凄い雄叫びと雷鳴を轟かせて迫っていく。


 何度か魔法攻撃を繰り返すも、効かないと分かれば竜たちもお構いなしに突進してくるようになる。だがそれはそれで裕の想定の範囲内だった。


「足下がお留守なんですよ!」


 裕が突然狙いを顔から足元へと変更すると、大量の水の槍が竜の足元の倒木を吹き飛ばし、押し流す。

 八本あろうと、足下で弾ける木にそれに足を取られれば、よろけるし走る速度も落ちる。竜がもたついている間に騎士たちは山を走り下りて、穴へと向かって走っていく。

 それを踏み潰してやるとばかりに竜が追いかけて行き、横から騎士団の総攻撃を食らった。


 竜たちのいる穴の縁は、穴に向かって傾斜させ、さらに耕してある。農耕魔法こそ農民の本領なのだ。つまり、爪を立てて地面にしがみつくのは容易ではないということだ。

 足下の土砂ごと流され、竜は一匹、また一匹と穴に落ちて行く。


 だが、必死に地面にしがみつき、最後に一匹だけが穴の縁に残った。


「くそ!」

「全員離れてください! 一匹だけなら私がどうとでもできます!」


 竜に重力遮断をかけるとともに、裕は全速で走り、頭上へとジャンプする。その後することはただ一つだ。


南無阿弥陀仏なむあみだぶつ!」


 竜の全身がびくんと硬直したかと思うと次の瞬間には脱力し、宙へと浮かび上がる。

 自転遠心力による加速度は、かなり小さい。十秒かかってやっと四メートルほど持ち上がる。

 だが、その後の十秒でさらに十メートル高度を上げ、開始から七十秒後には上昇速度は秒速五メートルほどになる。


 高度計など持っていない裕には、正確な高さは分からないが、目測で百メートルくらいじゃないかというくらいで重力遮断を百パーセントから九九・三パーセントにまで落とす。上昇速度が高くなりすぎると、地上に下りる難易度が跳ね上がってしまうのだ。裕の考えだと、風の抵抗込みで、それくらいで等速上昇する見込みなのだ。

 僅か〇・七パーセントでそんなに変わるのかと思うかもしれないが、そもそもとして、遠心力による加速度は重力の一パーセントにも満たないのだ。地球だと赤道で僅か〇・三パーセント程度だ。緯度が大きくなるとどんどん小さくなり、北極点・南極点でゼロになる。


 長々と解説しているうちに、ゆっくりと回転しながら裕と竜は上昇を続けていく。


 南無阿弥陀仏も止め、竜が猛り狂って吼えて稲妻を撒き散らしまくるが、裕は全く動じない。

 というか、この竜は前にしか稲妻を放てないようで、背中にしがみついている裕には全く届く気配が無いのだ。


「そろそろ良いでしょうかね。」


 裕は地上を目指して竜の背中を思い切り蹴飛ばす。が、下向きに進んでいる気配は全くない。それは当然のことで、裕の瞬発力では、上昇速度を相殺するので精いっぱいで、下向きの加速には至っていない。


「重力遮断率九十パーセント! 三! 二! 一! 九十九・一四パーセント!」


 また微妙な数値だが、穴を掘っているときに石を浮かべながら実験して、無重力としてつり合う所を見つけているのだ。



 そして、地上では首を痛くしながら騎士たちは遥か上空を見上げていた。


「離れたぞ! もうすぐ落ちてくるはずだ!」


 裕が竜から離れたのを見つけ、騎士の一人が大声で全員に知らせる。


 急いで準備するのは各々が使える中で最も強力な水魔法、もしくは風魔法だ。落ちてきた竜の横から叩き込んで、穴の中に叩き落とす作戦だ。


 竜が落下に転じたと分かったのは裕が竜から離れて約三十秒後。そして一千三百メートルほどの高さから地面まで約十六秒。


「撃て!」


 物凄い勢いで地面へと近づいてくる竜に向けて、第七級や八級の魔法が叩き込まれるが、進行方向を完全に逸らすことはできなかった。

 竜の巨体は大きな地響きを立てて、穴の横の地面に叩きつけられ、動かなくなる。


「やったのか……?」

「いや、それよりも馬を!」


 あまりの衝撃に、森の木に繋いだ馬が暴れているのだ。

 なんとか宥め、落ち着かせたころに、裕がようやく地上へと戻ってくる。


「あの、すみません、一応、止めをお願いします。」


 裕に要請され、騎士の一人が第七級の水の槍を竜の口へと叩き込む。

 無防備なところにこの攻撃はさすがに通用するようで、槍は後頭部まで貫通した。


「さて、残りをどうしましょうかね?」


 穴の底からの竜の吼え声は止むことはない。岩壁に体当たりしたり、爪で引っかいたりして崩したりしているが、直径四十メートル、深さ百メートルにもなる穴はそう簡単に埋まりはしない。


 穴の縁に数人の見張りを残して、廃墟となったモコリの逆側で夜営を張る。スピード重視のために簡易な天幕と毛布しか持ってきていないが、そこは我慢するしかない。


 夜にはまだ早いが、人よりも馬に疲労が溜まっているのだ。

 もっとも、裕は一人だけ疲労困憊の状態なのだが。


「おうちに帰りたいです。暖かいベッドで眠りたいです。」


 ひとり愚痴を言いながら横になる。竜が這い上がって来ない限り、裕の出番はないのだ。

 そして、夜通し竜が騒いでいるのが聞こえてくるが、それも我慢するしかない。


 騎士たちも、瓦礫と化した町の調査をしたり、竜を捕獲した旨の連絡を町に伝えるために走ったりと、攻撃班もバラバラに動く。


 そして、周辺にの町や村の無事を確認するとともに、散らばっていった他の竜がいないかを探し回る。

 最終的に、コギシュ領にまで馬を進めていた偵察部隊が戻ってきて最後の報告を受けるまで六日を要した。


 その間、交代で食料の補充のために近隣の町や村へ出かけて行く者はいるが、裕と領主はモコリ横の野営地に陣取ったままだ。


「どこを探しても竜の姿はありませんでした。」

「よし、ならばあの四匹を始末すれば終わりだな。」


 これが結構な難題なのだ。

 試行錯誤や議論を繰り返し、結論として、王都の魔導士隊に依頼するしかないということになった。

 試しに騎士団全員で火魔法を穴の中に叩き込んでみたりしたが、まるで効いている様子はないのだ。


「それも、今日か明日には到着するんですよね?」

「その予定だ。もうしばらく辛抱してくれ。竜が生きているうちは、ヨシノにここを離れてほしくない。」


 そんな話をしながらも、撤収準備を進めていく。

 天幕を畳み、荷物をまとめて鞄に詰め込み、馬の背に括りつける。

 裕はその手伝いをすることも無いが、騎士たちは文句も言わずに作業を進めていく。


 何故か領主と対等に話をしている子どもに対して、彼らもどう対応して良いのか分からないような様子だ。



 久しぶりに馬に跨り、町の反対側の大穴へと向かう。穴からは相変わらず竜の吼え声が轟いている。もう六日もそこで騒いでいるのに元気な奴らである。

 穴の縁に立ち覗きこんでみると、四匹とも尻尾や足を振り回して、元気に暴れている。


「本当にしぶとい奴らだな。兵糧攻めは効かないのか?」

「全然弱ってきているようにすら見えないですよ?」


 二人で呆れ顔で肩を竦める。


「エルンディナ様! 魔導士隊の先遣が来ました。本隊もまもなく到着するそうです。」


 二人の背後から報告の声が上がる。

 振り返ると、飾り気のない黒色のマントを纏った男が騎士団の元へと来ている。


「私がゲフェリ公爵、エルンディナだ。よく来てくれた。」

「竜はどこに? 捕獲したと聞いたが?」


 穴の中の竜の吼え声や騒ぐ音は先ほどから鳴りやむことはない。魔導士は怪訝そうな目を竜の死骸に向けながら聞く。


「一匹は仕留めることができた。残り四匹はそこの穴の中だ。当分は出てこれぬ。」


 領主の案内で騎士団に馬を預け、魔導士は穴の縁へと見に行く。


「なるほど。よくこんなところに落とせましたね。」

「誘き出してくるだけで命懸けですよ。」

「だろうな。」


 裕の説明に魔導士は大きく頷く。


「あれはどうやって?」

「なんとか動きを止めて、口の中に七級魔法を突っ込んでやれば倒せるんですが……。複数であんなに暴れられたのではどうにもなりません。」

「なるほど。」


 裕のやたらと大雑把な説明に納得したわけではない。「詳細は説明しない」という意思表示に対する返答だ。彼だらって魔法の手の内をペラペラと喋りはしない。

 王の命令もなしに、それ以上の追及はするだけ無駄だと引いたのだ。


 数分して魔導士隊の本体が到着すると、挨拶もそこそこに、早速最大魔法の準備に取り掛かる。

 複数人で行使するのは、第十二級の魔法だ。

 光と炎の複合属性の魔法は竜のウロコを貫けると、魔導士隊は自信満々に穴の底に向けて放った。


 槍に刺し貫かれ、二匹の竜が断末魔を雄叫びを上げる。


 数分後にもう一匹、さらに数分して最後の一匹のどてっ腹に巨大な穴があけられて、竜退治は完了した。


「協力感謝する。」

「いえいえ、これほど楽だとは思いませんでしたよ。普通、竜退治に向かうとなれば、死を覚悟して出てきますからね。」


 仕事をあっさりと終えて、魔導士隊は帰路につく。

 裕やゲフェリ領主とその騎士団も一度領都へと引き上げていった。



 その後、裕が王都へと戻ったのは、北へと出発してから二週間以上も経っていた。

 報酬は金貨四十九枚と、大量のお下がりの服だ。領主の息子には小さくなってしまった服を木箱で二箱分、渡されていた。


 もちろん、そのうちの一着は着て帰ることになった。


「誰だお前は⁉」

「え? ヨシノ? なんでそんな恰好?」


 王都の宿に戻った裕は、明らかに場違いな服装である。古着とはいえ、公爵家長子に与えられるものである。そこらの町人が着るものではない。


 それでも売れば良いやと思っていた裕だが、「こんなものを買い取ってくれる店なんてない」と言われて頭を抱えるのだった。


 王都の滞在予定期間は既に大幅に超過している。長くてせいぜい七日程度のつもりだったのが、その倍近くにまでなってしまっている。

 商談は色々と滞るし、ミキナリーノたちには会えず終いだしと散々である。


 だが、収穫もあった。

 裕が竜退治している間に、紅蓮やエレアーネの持つウロコが売れたのだ。裕も急いで換金してから隊商は王都を出発する。


 ハンター徴集令は解けるとともに王都の門を出る。



 秋の陽射しを受けながら、裕とエレアーネは並んでる馬車の上で寝転がる。

 やたらと長かった隊商も終わり、帰路も懐かしい見知った道をいくだけ。アライの町はもう目の前だ。


「魔物に注意してください。最後まで気を抜かないようにお願いしますね。」


 馬車の上から裕ののんびりした声が掛けられる。


「えー、ここまで来たら大丈夫だろ?」


 幼いハンターと緊張感のない文句に、タナササのゲンコツが飛ぶ。


 森の道を抜けると、畑の先に町が見える。


「帰ってきたぞー」


 先頭馬車から歓声が上がる。

 晴れ渡る青空の下、馬車は軽快に進んでいく。

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