第41話 穴掘り大作戦
落とし穴作戦の最大の欠点は、自爆攻撃の一種であるということだ。
巨大な敵が這い上がれない大きさの穴を掘って、掘った人が出てくるなどできるはずがない。
「ちょっとまて、農民に危険はないと言わなかったか?」
「ええ。私がいますからね。深い穴くらい簡単に脱出できますよ。」
領主の質問に裕は自信満々だ。穴の深さが百メートルだろうと千メートルだろうと、重力遮断を使える裕には大した問題ではない。
もちろん、ただの農民にとっては絶望的な高さである。
穴を掘れる農民を探すために農業組合に使いを出し、その間に具体的な作戦について、話を詰めていく。
穴は一つ。そこに五匹の竜すべてを落とす。それで被害の拡大は止めることができるはずだ。
その後、止めを刺すのは王都の魔導士隊に依頼することになっても、それくらいなら割り切れる範囲なのだと言う。
穴のサイズは直径三十メートル以上、深さは最低でも六十から七十メートルは欲しいというのが領主の希望だ。
町や街道、川や山の位置から誘導経路の候補を出し、穴を仕掛ける場所を選定していく。
もちろん、竜がどこにいるかによって作戦の仔細は変わってくるが、予め候補地の選定をしておくのは大事だ。行き当たりばったりでは、作戦にもならない。
出撃する騎士は、魔法を使える者を中心に、二十八名。
さらに、コギシュ領の状況確認に四十二名を派遣する。別行動の竜がいるならば、相応の対応をしなければならない。
竜の数はモコリの町で確認した五匹だけ、というのは決めつけが過ぎる。決めつけた張本人の裕が、確認すべきだと強く主張し、領主もそれを呑んだ。
「エルンディナ様、昼食はどういたしましょう。」
話の途中で正午の鐘が鳴り、側仕えが声を掛けてきた。
「客人一人分を追加で用意しておけ。」
「ちょっとまってください。それは誰の分ですか?」
「ヨシノに決まっておるだろう。其方はどこで食べるつもりだったのだ?」
領主は立ち上がり、裕の腕を掴んで部屋を出る。
騎士団長の昼食は、騎士団の寮に用意されている。作戦の伝達も必要だということで、寮に戻って食事をする。
そして、城の食堂で裕は固まっていた。領主一家の使う食堂だ。領主を前に、やたらと態度の大きい裕だが、家族と一緒に食事と言うのは緊張するらしい。
食堂の長くて大きいテーブルの最上座には領主、その隣には妻と思しき女性が座る。
領主夫人の逆の隣には七、八歳くらいの男の子、六歳くらいの女の子、そしてまだ歯が生え揃ってもいない赤ん坊が席に着いている。
テーブルをはさんで正面には前領主だろうか、現領主の両親と思しき老夫婦が座り、その隣に座る老人の関係性は不明だが、血縁者なのだろう。
赤子を除いて、いずれも高貴な者と一目で分かるような豪奢な服装に、気品ある振る舞いをしている。
そして、裕は赤子の正面の位置に案内された。裕の服装は、どう見てもそこらの町人だ。場違いなことこの上ない。
何とか辞退しようとしたのだが、領主はそれを許してくれなかった。
せめて手と顔を洗わせてくれと言っても、それすら「不要だ」などと言うくらいだ。
「幾らなんでも、この汚い格好では他の方に失礼でしょう。」
「私ならば良いとでも言うのか?」
「人と言うよりも場です。魔物退治の話の場と、食事をする場が同じであるはずがないではありませんか。」
裕の意見に側仕えたちが賛同し、やっとのことで手や顔を洗い、服の汚れを叩くことを許されたのだ。
だが、まあ、焼け石に水というやつだ。少々マシになったところで場違い感は消えはしない。
「そちらの者はボッシュハの商人のヨシノという。今後、贔屓に……、おいヨシノ。何を取り扱っているんだったか?」
領主の紹介に裕は項垂れることもできない。冷や汗を流しながら「塩でございます」と乾いた返事をする。
「塩、だけですか?」
「香辛料の取り扱いも始めてみたのですが、魔物騒ぎで売るどころではなくなってしまったのです。まったく、忌々しいことでございます。」
裕がわざとに憤慨してみせると、領主夫妻に老夫妻までそれに同調して頷き合う。国の南方で活動する裕よりも、彼らの方が被っている損害は大きいだろう。
「片付く見込みはついたのか?」
領主の正面に座る老紳士が低い声で問いかける。
「ええ、このヨシノが切り札を持ってきてくれました。想定外がないか調査は必要ですが、事態は収束に向かうでしょう。明朝には騎士団と共に退治に向かいます。」
「ちょっとまってください。領主様も行くのですか?」
「当たり前だ。騎士団が商人のお前の言葉に従うわけがなかろう。指揮を執る者が必要だ。」
裕は領主の会話に思わず割り込んでしまうが、それについては何も言われない。この席に着いていると言う時点で、ある程度は許容されるものなのだろう。
部屋に入ると、既に数名の騎士たちが待っていた。
べつに領主は食後にのんびりしていたわけではない。むしろ、家族たちが団欒をしている最中に抜けてきたくらいだ。
調査・偵察は三人一組で十四のチームを編成している。彼らが、どこをどのような順で回るのかを決めると偵察斑を担う騎士は速やかに退室していった。
彼らは、すぐにでも出発するらしい。
そして、化物退治に向かう部隊は詳細な戦術を練る。
とはいえ、基本方針は既に決まっている。落とし穴を掘り、囮となる部隊が竜をそこまで誘い出す。
「囮役は多くて五人ですね。少ない方が良いです。最終的に馬を失う可能性が高いですし。」
「ならば、何故二十八人も必要だ?」
「穴の縁で踏みとどまった竜を突き落とします。そのための要員です。」
竜のウロコを砕くことはできなくても、魔法の勢いは消えてなくなるわけではないし、足下の岩なら砕けるだろう、というのが裕の考えだ。要するに、足場ごと崩して落としてしまえばいいということだ。
囮役は穴の縁を周るように逃げ、それを追ってきた竜を横から叩くのが最も確度が高いだろうと結論付けてその日の会議は解散となる。
翌朝、日の出とともに騎士団は領都を出発した。副団長を筆頭に騎士たちが二十八人、それに領主に裕と総勢三十人の竜退治部隊だ。
穴を掘る土魔法はそれほど難しくはないらしく、近隣の町で土属性の魔法を使える農民を探せばすぐ見つかるだろうということで、領都から連れて行く予定はない。
今回、裕にも馬が与えられている。乗馬なんてできないと裕は断ったのだが、領主は覚えろの一点張りだった。
会議の後、演習場で領主の子らとともに馬術の練習をさせられて、なんとか馬に乗って歩くことはできるようにはなっている。
騎馬で往けば、メジーンの町には夕方には到着する。
路上にはニデランからの避難民が溢れているが、それでも領主の紋章を付けた騎馬の一団は歓声をもって迎えられた。
「思っていたよりも酷い状態だな。」
「これだけの人数では、全員が寝る場所の確保も難しいでしょう。食糧も不足しているとみて間違いないですよ。」
裕は領主と轡を並べ、揃って眉間に皺を刻む。
避難民がニデランから来たのは僅か二日前だ。それでも道で歓声を送っている者たちの疲労は簡単に見て取れるほどだ。
そんな中を、「穴掘りの魔法が使える者はいないか?」と声を上げながら町を治める男爵の邸に向かう。
騎士団が泊まる予定の場所は、男爵の邸だ。
門をくぐり、馬を下りて「世話になる」と言っても自分たちの分の食料は持ってきている。避難民が流れ込んでいる町に食料の余裕は無いと裕が言い張って、携帯用の食料を持たせたのだ。
荷を解き、馬に飼料と水を与えている間に、一人の農民が邸を訪れる。
「私はフィドエナと申します。穴掘りの魔法の使い手を探しているとお聞きしましたのですが……」
ニデランの北東の農村から避難してきたという若い女性が平伏しながら述べる。
「頭を上げよ。竜を罠にかけるため、土魔法の使い手を探している。お前が使えるのか?」
「少しは使えますが、騎士様のお望みに適うかどうか……」
「少しで十分です。お仕事は本当にただ穴を掘るだけですから、それができればいいのです。」
騎士たちの陰から現れた偉そうな子どもに、フィドエナは目を丸くする。
「竜を穴に落として動きを封じる。その穴を掘ってもらいたい。我らには残念ながら土属性の魔法を使える者がいないのだ。」
領主の説明に、フィドエナは顔色を悪くする。
「竜はとても大きいと聞いています。そんな大きさの穴は私一人では無理でございます。」
「一回でどれ程の穴を掘れるのです? 大きさは? 深さは?」
裕の質問にフィドエナは身振り手振りで説明する。それによると、直径が二メートル足らず、深さは一メートル程度だ。
「思ったより大きいじゃないですか。それくらいできれば余裕です。」
魔法を二千回も繰り返せば、穴は必要な大きさになる。裕が魔力再利用連射すれば、理論上は四分もあればその作業は終わるはずだ。
フィドエナと、もう一人やってきたドノキタという中年男性を穴掘り係として任命すると、領主と騎士たちは邸に入って休む。とるべき休憩を怠ることは許されない。彼らの目的は魔物を退治することなのだ。
ちなみに、農民二人は男爵邸の客間のカーペットの上で寝る。
そして、翌日は緊張した夜明けを迎える。
太陽が地平に姿を現す前に、男爵の邸を出発した騎馬は北へと急ぐ。
「少々足下が不安だな。」
東の空が白んできているとはいえ、まだ頭上には星が煌めいているのだ。馬の足取りは慎重になる。
だが、それも町を出るまでだった。裕が前方高く陽光召喚を放つと、半径数十メートルは昼の明るさとなる。
「なんだこれは!」
「明かりの魔法ですよ。」
陽光召喚を見て驚かない者はいない。だが、すぐに落ち着きを取り戻すと、馬の足を速める。
何度か休憩をはさんで馬を進め、ニデランの町についたのは日がまだ登り切る前だった。
「本当に人がいる気配が無いな。」
「ニデラン男爵も避難したのか?」
「すみません、私はそこまで確認していません。」
念のためにと行ってみるが、ニデラン男爵の邸にも人の気配はない。
「ちょっとここで馬を休めていてください。私はちょっと北の様子を見てきます。」
「待て!」
制止する領主を振り切って、裕は駆けだすと、屋根の上を走って北へと向かう。まさかこの期に及んで逃げたのかと領主は歯噛みするが、四時間ほどで裕は男爵邸に帰ってきた。
「どこへ行っていた……?」
寝ずに待っていた領主はやたらと不機嫌そうだ。
「北の様子を見に行くと言ったじゃないですか。竜はこことモコリの間の山の森に五匹固まっていました。」
「気付かれたりしていないだろうな?」
「大丈夫だと思いますよ。森の中だと、奴らは木々をへし折りながらじゃないと進めないですからね。歩き回ればすぐに分かります。」
それだけ伝えて、裕は長椅子に横になる。主のいない男爵邸に勝手に入り込んでいるが、この場合は仕方がないだろう。そもそもこの屋敷は領主のものが男爵に貸し与えられているのだ。
さすがに男爵の私室にまでは入らないが、客間や応接室のベッドや椅子で騎士団たちも休んでいる。
「昨夜、あの山の中腹に見つけました。」
裕の指差す先には山しか見えない。竜がいるのは稜線の向こう側なのだろう。
森の中を騎馬で進むのは厳しい。街道を行ってモコリに罠を作り、それから竜の足跡をたどって誘き出しに向かう手はずとなった。
地形を見ながら、穴を掘る場所を決めると裕と二人の農民は馬を下りる。
「それでは、魔法を使ってみてください。危ないので騎士の皆さんは離れていてください。」
裕の合図で、フィドエナとドノキタは魔法陣を書き、簡単な詠唱をする。
作られた穴は、二人とも似たようなサイズだ。
だが。
その穴が物凄い勢いで広がったと思ったら、円を描くように伸びていく。
「なななななな……」
驚きを見せるのは農民の二人だけではない。裕を中心に螺旋を描きながら、どんどんと穴が深くなっていくのだ。
「フィドエナさん、もう一回お願いします。」
魔力を再利用しての連続行使は百秒ほどで限界を迎える。どうしても魔力が散っていってしまうのだ。
だが、二人の土属性魔法の使い手がいれば、そんなことは問題ではなくなる。
「これのやり方をお二人にお教えします。他の魔法でも同じことができるのでとても便利ですよ。」
騎士団の姿が見えない穴の底で、裕はこっそりと魔力の再利用方法について教える。
ハラバラスは、魔族の魔法は適性とか関係なく、誰にでも使えると言っていた。それが真実なのかを知りたかったと言うのもある。
結果としては、二人は問題なく使えるようになった。一分ほどの試行錯誤は必要だったが、コツを掴んでしまえばあとは早い。
三人で調子に乗って穴を掘っていると、五分ほどで予定よりも大きな穴が出来上がっていた。
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