第40話 作戦会議

 最初は騎士たちは裕の説明を頷きながら聞いていた。大型の魔物の退治のために騎士団がでることは、年に何度かはある。数年に一度は、騎士団からも犠牲者が出るような魔物すらも出ることがあるのだというから恐ろしい。


 竜の大きさも、魔法による範囲攻撃も、想定の内のことなのだろう。その程度で動じるものは一人もいない。


 だが、竜の堅固さの話になると、彼らの余裕は消えて無くなった。

 領主の護衛を務める騎士が全力で武器を振るっても、最大の魔法をもってしても、竜のウロコを破壊することは叶わなかったのだ。


「ヨシノよ、一つ聞きたい。」


 竜の走る速さや、攻撃方法についての説明が終わると、領主が裕に改めて質問をする。


「何かありましたか?」

「仮にだ。もしも、敵が一匹だけなのだとしたら、勝ち目はあるか?」

「それは……」


 顎に手を当てて、裕は答えに言い淀む。

 さっきからかなり失礼な態度なのだが、領主の方はあまり気にしていない。


「遠慮せずに答えよ。忌憚なき意見を申せ。」

「騎士団では難しいかも知れません。」

「それは、其方なら可能、ということだな?」


 わざわざ言葉を濁したのにハッキリと聞き返されて、裕は恨みがましい目で領主を睨む。


「そんな顔をするな。何の咎もなくヨシノを処刑などしないし、他の者にもさせぬ。其方に叛意があるならば、とっくに攻撃してきているだろう。こうして会話が成立していることが、其方に叛意がない証と言える。」


 だが、騎士団長には不服だったようで、刺すような目で裕を睨む。


「我々がその子ども一人に劣ると、エルンディナ様はお認めになるのですか!」

「相性の問題ですよ。私一人で騎士の皆さん全員を相手にして勝てるわけがないじゃないですか。」


 裕は相性の一言でバッサリと切り捨てる。実際、裕が一人で騎士団と正面から戦って、勝てるとは思えない。裕が強みを発揮するのは、敵の数が少ない場合だけだ。数に任せて攻撃されたら、簡単に押し切られてしまうだろう。


「例えばだ。騎士団が竜を分断すれば、ヨシノが一匹ずつ叩いて始末する。それで勝てるのか?」

「無理ですね。」

「貴様! 我々には囮すらできないとでも言うつもりか⁉」


 即答で断言する裕に、騎士団長は怒りを露わにする。


「全く役に立たないとは言いませんが、敵は五匹いるのですよ? 最初の一匹はそれで倒せても、二匹目以降に同じ手は通用するとも思えません。」

「何故そう言える?」

「仲間を一匹葬られたら、そこらの獣だって警戒するでしょう。自分を傷つけることができない者と、倒しうる者。どちらを優先するすると思いますか?」


 裕の考えが正しいという根拠はないが、間違っているという根拠もない。可能性を理解しながら対策を考えもしないのは、愚かというものだ。


「相手に脅威を感じさせることができなければ、分断した状態を維持できぬということか。」

「王都の騎士団や魔導士隊を待つべきです。ここにいる者たちだけでは足りません。」


 総合的な力は低くはないのだろうが、騎士たちでは一撃の破壊力が不足しているのだ。竜に手傷を負わせることができない者が何人いても意味をなさない。


 領主は難しい顔をして考え込むが、騎士たちとしてはどうしても不満なようだ。


「我らでは傷を負わせられないと決まったわけではない! 町を一つ潰されておきながら、黙って待っているなど、騎士団の名折れです。エルンディナ様、出撃命令を!」


 一人がそう叫ぶと、何人もの騎士たちがそれに同調する。


「出撃は策を練ってからだ。無策で突っ込めば要らぬ被害を増やす。騎士団長ビルナバッハ、ヨシノ。ついて参れ。」


 厳しい顔のまま、領主は踵を返し城へと戻っていく。



「正直言って、中央の騎士団や魔導士隊に頼りたくない。政治的にも時間的にもだ。何とか打開策はないか?」


 会議室に入り椅子に着くなり、領主はそう切り出した。

 だが、そんな簡単に策など出てくるはずもない。と思ったら、裕は大きく、大きく息を吐きだして「最低な案ならある」と顔を歪める。


「念のため聞いておこう。」

「挑発と逃走を繰り返して、国の外へと竜を連れ出してしまうこと。それがまず一つ。」

「あり得ん。却下だ。」


 あまりにもデタラメな裕の案に、領主はあからさまな不快感を示す。物理的に不可能ではないだろうが、それを実行したら間違いなく戦争になるだろう。


 もう一つ類似の案として、やはり挑発と逃走を繰り返して、ボッシュハまで連れて行くことも挙げる。魔窟のような森の奥に棲む魔物なら、竜といい勝負ができるかもしれないし、アライ南東の谷に落としてしまえばそれで終わるだろう。


 領主へ話すことはないが、宇宙戦艦の荷電粒子砲ならば、竜のウロコを木っ端微塵にすることができるのではないかとも思う。


 いずれにせよ、通り道となる森や町は破壊されることになるのだが。


「メチャクチャなことばかり言うな。」

「本当に最終手段ですね。王都の騎士団や魔導士隊でも歯が立たなかったら、本気で検討することになります。」

「そうならないよう祈るしかないな。」


 裕の常軌を逸した発案に、領主は苦々しい表情が酷くなるばかりだ。

 何か良い案は出てこないかと腕を組み、うんうんと唸るがそんなことで起死回生のアイディアが出てくるなら苦労はしない。



「唸っていても仕方がありません。戦力の確認と状況の整理をしていきましょう。」


 騎士団の腕力的な強さや、持っている武器について、さらに使える魔法の種類などについても確認していく。


 聖剣や魔剣の類は所持していないらしい。というか、剣は重要視されていないため、伝承にもそんなものは出てこない。


「中央の騎士団は魔槍まそう魔斧まふいくつかあるはずだがな。」


 そういったものは王族が独り占めしているらしい。公爵家でも強力な武器を持つことは許されていない。


「王都の騎士団がそんなものを持っているなら、利用すれば良いじゃないですか。かなりの非常事態ですよ? 利用できるものは何でも利用すべきです。」

「利用できるものは利用する、か。うむ、だからヨシノを最大限利用させてもらう。」


 ニヤリと唇の端を吊り上げる領主に、裕は目を剥く。そして頭を打ちつける勢いでテーブルに突っ伏した。


「ごめんなさい、すみません、今のは無しでお願いします……」

「今更遅い。敵に対しての決め手を持っているのはヨシノも同じだ。」


 完全に裕の失言である。今更慌てて取り消してももう遅い。


お前ヨシノはボッシュハの商人だ。タダで、とは言わぬ。上手くけば、それなりの褒賞は用意しよう。」


 領主がそこまで言っているのだ。戦闘への参加を断りきれることはないと裕も諦める。


「領主様は、部下をどこまで信頼できますか?」

「どういう意味だ?」

「私の魔法、つまり、魔族の魔法を教えれば、脅威となるでしょう。竜にとっても、領主様にとっても。」


 裕は視線を伏せたままで答える。だが、それでも領主の表情がさらに険しさを増したことは感じられた。


「それに、政治的にも好ましくないと思うんですよ。王都の騎士団に頼らず、魔族に頼って力をつければ、叛意を疑う者がいてもおかしくはない。」


 だから、魔族の魔法については、もっと言えば、裕の戦闘への参加に関しては秘匿した方が良いのだが、その場合、どこかから漏れた場合、より悪い結果になるだろう。

 部下に信頼できない者が混じっている場合は、リスクは大きすぎる。


 裕の説明に、領主は歯を食いしばるが反論の言葉は出てこない。


「どこかに見切りをつけて、何かを諦めなければ、全てを失う結果になりかねません。」


 領主は大きく嘆息すると天井を仰ぐ。


「何かを諦める……? 嫌だ!」


 くわっと裕を睨み、考え方を変えろと声を荒らげる。


「考え方を?」

「一匹目を倒すまではできる、それでいいな? 騎士団は餌のふりをして五匹を誘き出す。そこまでは問題ないと私は認識している。」

「そうですね、バラバラに餌を追いかけていく可能性は非常に高いです。」

「だが、目の前で一匹が殺されれば、残りは警戒する。当然だな。しかしだ。目の前じゃなかったら?」


 遠く離れるなどして仲間が殺されたことを知らなければ、餌を追い続けるのではないかというのが領主の考えだ。


「アイツらの喚き声はかなり大きいですよ? 声が届かない所まで離れ離れにするとなると、相当な距離になります。下手したら、隣の町に被害が及びかねません。」

「障害物を用意して、仲間のところに戻れぬよう道を塞ぐことは?」

「木々を薙ぎ倒して走る奴ですからね。足止めをするのも容易じゃないですよ。」


 難しい顔で答える裕が、突如何か閃いたように「あれ?」と顔を上げる。


「どうした? 何か思いついたか?」

「土属性の魔法って、穴を掘ったりできるんでしょうか? 深い穴に落としてしまえば、危険度は格段に下がりますし、時間を稼ぐこともできるでしょう。」


 裕の提案に領主も騎士団長も浮かない顔をする。


「土属性は農民の使う魔法だ。騎士団に使える者はいない。」

「だったら、農民に協力してもらえば良いじゃないですか。敵の目の前に立つ必要はないですし、特段の危険も無いでしょう。」

「誇り高き騎士団が農民の協力を仰ぐだと⁉」


 裕の意見に我慢がならないようで、騎士団長はいきりたつ。そのゴツイ体から怒りのオーラを迸らせるが、裕はそんなことは気にもしない。


「あの、この期に及んで誇りとか言うのは止めて貰えます? そんな下らないことを言うなら、私の参加は取り消させていただきます。私はあなたたちの誇りのために命を懸けるつもりなんて全くありませんから。」


 裕は冷たく言い放つ。

 他領の商人と自領の農民。騎士団が魔物退治に協力を要請する相手として恥じるべきと言うなら、どちらも似たようなものだろう。


「最優先は領の平和と安全だ、次に国としての平和と安全だ。騎士団の誇りは平和と安全を守ることで保たれる。」


 領主としては、内心どう思っていようとも、その建前を崩すことはできないらしい。泥水を啜ってでも、卑劣と言われようとも、民の生活を脅かす魔物は倒さねばならない。


「土属性の魔法に詳しい方はいませんか? どのようなことができるのか知りたいです。」

「探すのは良いですが、穴を掘れば倒せるならば、コギシュが壊滅的被害を受けることも無かったのでは?」


 秘書は裕の意見に懐疑的だったが、裕の返答は簡単なものだった。


「魔物が出てこれない穴って、掘った本人も出てこれないからじゃないですか?」

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