第38話 バッドニュース

 街道を歩く避難民の集団を見つけ、裕たちはその一番後ろに降り立つ。

 最後尾は、年寄りの集団だった。足腰が悪いのだろうか、えっちらおっちらと歩いていると、どうしても遅れがちになっている。


「ここまでありがとうございます。我々は彼らを守りながら行きます。」


 そう言って兵士たちは避難民たちに合流する。


「では、私は先を急がせてもらいます。」


 裕が協力すれば、年寄りたちも随分と楽に移動できるかもしれない。だが、そうすれば裕は余計な足止めを食うことにもなる。


 体力の落ちた老人たちでは、頑張っても時速十キロ以上で走れるとは思えない。視力が落ちていれば、樹上走行は危険だろう。


 トータルで遅延が数十秒程度なら裕も我慢するが、一時間単位となれば、さすがに許容できる範囲を超える。情報の伝達は決して蔑ろにできることではない。領主や国王の命を受けた任務ではないとはいえ、裕の持ち帰る情報で死者の数が変わることは十分に考えられることなのだ。


 既に兵士たちは、裕がわざわざ王都から偵察に来たということは信じている。

 いや、疑う意味がないことを理解した。森の上を駆け抜けていけば、街道を馬で急ぐよりも早いかもしれないことは誰にだって分かることだ。


「頼む、現状を領主様や国王陛下に伝えてくれ。」

「こちらに来る途中、騎士団の出発準備をしていると聞きました。何とかそれまで持ちこたえてください。」


 避難民たちには聞こえないように小声で伝える。変な希望を持たせて、今さら避難しないとか町に帰るなどと言いだされても困るのだ。


「それではみなさん、お気を付けて。」

「そちらもよろしく頼む。」


 兵士たちの敬礼を受けながら裕は再び木の上に跳び上がり、一気に南を目指す。

 途中の町に立ち寄る予定はない。日暮れまでに領都には着かないだろうが、その一つ前の町なら何とかなるだろう。


 風向きは北から南。冷たい風が強さを増してきているが、今の裕にとっては追い風だ。雨が降りそうな薄暗い空模様の下をひた走り、町に着いたのはすっかり日が落ちてからだった。


「すみません、泊めてください。」


 裕が宿屋に入ると、女将らしき人がジロリと迷惑そうな目を向けてくる。


「もう食事は終わったよ。」

「それでも構いません。小部屋は空いていますか?」

「何人だい?」

「私一人ですよ。二人部屋はありますか?」


 当たり前のように一人で二人部屋を要求する裕に、呆れたように女将は頭を振る。


「銀貨二枚で良いよ。」


 夕食はもうないし、朝食もなしで良いならその値段に負けてやると言う。

 裕としては一も二もない。銀貨二枚を渡すと鍵を受け取り、部屋へと向かう。



 翌朝は食事もとらずに日の出前から出発して、領都を目指す。朝食は領都の屋台でまかなう予定だ。


 距離的には領都はそれほど遠くない。三時間ほど走って街門に着いた。

 検問を抜け、広場でパンや果物などを買って朝食をすませると、裕はハンター組合へと向かう。


「すみません、化物の新しい情報はありますか?」


 扉を開けるなり、裕は声を張り上げる。


「全然何も入ってきてないよ。」

「では、私から報告です。」


 裕はカウンターに向かい、商業組合の組合員証を提示しながら言う。


「商人? 何故?」

「この際、そんなことはどうでも良いでしょう。まず、化物の数は五。大きさは頭から尻尾の先まで十一ミシス20メートルほどで、雷を撒き散らす攻撃をしてきます。モコリの町は既に壊滅していました。」


 裕の報告に、周囲の職員やハンターたち全員の視線が裕に向かう。


「その情報は確かなのか?」

「ええ、私が実際に行って見てきましたから。」

「それで、その化物は今どこに?」

「昨日の時点では、モコリの町を荒らして、瓦礫の下から何やら引きずり出して食べていました。」


 裕が簡単に説明を終えると、沈黙が訪れる。だが、それはハンターの怒声で破られた。


「お前は! お前はそれを黙って見ていたのか⁉」

「仕方がないでしょう? 兵士たちが束になっても敵わなかった化物ですよ? 一人で突っ込んでいって何ができるんですか。死体が一つ増えるだけじゃないですか。」

「それでもハンターか! 敵を前に逃げ出してくるとは、情けないとは思わないのか!」

「いえ、済みません、私は商人です……」


 気まずい空気が流れる。裕がハンターでも、子ども一人でどうにかなるはずがないのだが、そこは精神論の話らしい。


「私だって攻撃はしてみたんですよ? 一応、私も魔法は使えますし。でも、全然通用しなかったら逃げるしかないじゃないですか。化物の数や、どんな魔法を使うのかという情報だけでも持ち帰った方が良いでしょう?」


 これだから商人は、と男は顔を顰める。どうにも商人らしい合理主義が気に入らないらしい。


「それと、ニデランの町は住人全員がメジーンなどに避難しています。いつ化物が来るかも分からないですからね。」

「全員が避難? 一人も残さず?」

「そのあたりは兵士の方たちが確認していましたよ。」

「分かった。至急、領主様にも報告しようと思う。一緒に来てくれるかい。」


 奥から恰幅のいい壮年の女性が出てきて裕を見下ろす。


「できれば私は王都に急ぎたいのですが……」

「アンタの話に証人がいれば良かったんだけどね。私が一人で行ったって、細かいことを聞かれたら答えられないじゃないか。そんな信憑性のない話なんて誰も聞いてくれないよ。」


 そう言われれば裕にも反論は難しい。自分の言っていることが真実だと裕自身が証明できないのだ。さらに人を介しての伝聞になれば、信用できる情報として聞いてもらえなくなるのは裕にだって理解できる。


「分かりました。ただ、できるだけ急ぎたいです。すぐに行けますか?」

「問題ない。」


 ハンター組合支部長は壁にかけてあった外套だけ羽織り組合を出ると、裏手に向かう。


「馬には乗れるのかい?」

「え? 馬で行くんですか?」

「アンタ、急いでいるんじゃないのかい? 馬車を用意すると時間がかかるんだが?」

「……馬で良いです。私は乗れないですけど。」


 支部長は馬房に入って馬に二人乗り用の鞍をつけると、ひらりと身を翻して跨る。


「ほら、アンタも乗りな。」


 ぽんぽんと鞍を叩く支部長に、一々嫌だなどと言うのも時間の無駄だ。裕が素直に跨ると、支部長は手綱を引く。



 ゲフェリ領都は結構広い。公爵閣下の住まう町で、総人口は二万人を超えているだけのことはある。田舎の伯爵領とは規模が違う。


 町の中心からやや西寄りに貴族街がある。領主の城はその中央に位置する。

 平民の街並みと隔てる門を抜けて貴族街に入り、そこから二キロほど進んでやっと領主の城へと到着する。


「北方より現れた魔物についてのご報告がしたい。至急、領主様に御目通り願いたい。」


 馬を降りて、支部長は城門を守る衛士に取り次ぎを願い出る。


「報告の内容を簡単に述べよ。既に受けている内容ならば取り次ぐことはできない。」


 このようなやり取りには慣れているのだろう。支部長はモコリの町が壊滅したこと、ニデランの町の住人たちは避難したことを簡単に告げる。


「その内容に間違いはないのか?」


 町が一つ壊滅したと聞いて、衛士も平然とはしていられない。厳しい目つきで聞き返してくる。


「モコリの町はこの目で確認してきました。避難に関してはニデランの全てを私自身が確認したわけではありませんが、町の兵士が確認したと仰っていました。」

「そちらの子どもは?」


 このような報告に際して、裕はどう見ても場違いだ。衛士たちは怪訝そうな目を怪しげな子どもに向ける。


「私はアライの商人の好野よしのと申します。魔物の情報が少なすぎるため、実際に見に行った次第です。」

「見に行った? モコリが壊滅したというのはいつのことだ?」

「私が確認したのは昨日の昼でございます。ニデランでは一昨日から避難が開始され、昨日の昼過ぎには町から全員が離れたようです。」


 衛士たちは顔を見合わせると、一人が中へと走っていった。


「こちらで暫し待たれよ。馬はそこに繋ぐと良い。」


 城門を入ってすぐ横に馬厩がある。そこに馬を繋ぐと、裕とハンター組合支部長は待合室へと案内された。


 十畳ほどの部屋の中は暖かい。

 部屋の中央には長方形の石製のテーブルと、それを囲む七脚の椅子、奥には暖炉にがある以外には何もない。


 手前の椅子に腰掛けて待つこと約三分。


「待たせたな。」


 そう言って三人の男が部屋に入ってきた。


「な! 領主様⁉」


 先頭の男の顔を見て、支部長は慌てて椅子から下りて跪いた。

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