第15話 帰ってきた紅蓮
森の浅いところで薪となる枯れ枝を集めて帰り、木工屋に行くと、とっくに木枠はできていた。
まあ、当然である。一、二時間でできると言っていたのだ。半日も経っていて、できていないはずがない。
材料も入手し、道具もできたということで、
作り方はそう難しくはない。
簡単に言うと、枝が原形をなくすまで煮込む。途中で叩いて潰したり、灰と一緒に煮てやれば、一日も早く掛からずにこの工程は終わる。
ドロドロに溶けた枝から溶け残ったカスを取り除き、漉いて乾かせば紙になる。
ただし、これでできるのは本当に低品質な紙だ。
漂白もプレスもしない簡易的な製法なので、段ボールのようにくすんだ茶色の美しくない色合いで、表面はざらざらのボソボソである。
とても書類に使えるような代物ではない。
だが、材料の選別ならばこれで十分だ。と裕は思っている。
実際問題、高品質な紙を作ろうとすると、とても手間がかかるのだ。それでは色々な種類の木で試してみることはできない。
紙づくりに適した材料を探すのに、一々全工程をやっていては時間がかかりすぎるのだ。
森に何度か出向き、紙を試作していく。
どうにもならないほどの失敗作は燃やす。燃料および灰として再活用するのだ。
延々と紙を作り続けること二週間。途中、四日間雨が続いて、その間は木を採りに行くこともできず、ただただ暇を持て余していたのだが。
まあ、とにかく二週間が経ったのだ。
朝から晴れ渡る空の下、裕は再び塩を取りに行く。さすがにそこは忘れなかったらしい。まだ売り物になる紙が完成していない以上、塩の売り上げが無ければ、貯蓄はずんどこ減っていくばかりなのだから当然だろうが。
朝食後に、籠と斧を背負って町の門を出ようとしたら、『紅蓮』が護衛する隊商と町に帰って来たところに出会った。
「よう、ヨシノ。元気か?」
「はい、そちらこそご無事なようでなによりです。」
斧士のホリタカサが裕に声を掛けてくる。リーダーのアサトクナは商人と護衛完了の話をしている。
彼らの隊商護衛の仕事は、町に帰って来るまでということで、外門をくぐったところでお完了である。荷物の積み下ろしは彼らの仕事の範疇ではない。
「どこかに行くのか?」
「ええ、私も仕事をしないと食いっぱぐれてしまいますからね。ああ、そうそう、お仕事の話をしたいので、明日にでもいいですか?」
「話なら今からでも良いぞ。俺たちの仕事は、あとは組合に報告に行って金を受け取るだけだからな。」
「残念ながら、私は別の用事を済ませなければならないのです。」
裕は一礼して町の外へと向かう。もう兵士には顔を覚えられているので、一々呼び止められたりはしない。町に入るときは、形式的に身分証のチェックをするが、チェックしている兵士も面倒そうに対応をしているくらいだ。
東の森の上を走り、崖に着いたらすぐに岩塩の採掘に取りかかる。
今日は崖の下にはイノシシらしき姿が見える。
シルエットはイノシシなのだが、そのサイズは、やはり巨大だ。
体長三メートルくらいはあろうかという巨大イノシシが数頭、垂れてきた塩を舐めている。
崖下の獣は、とりあえず気にせず、斧を振りかぶり、岩壁に叩きつける。
「あーれー」
斧を叩きつけたその反動で、裕は後ろに飛んで行ってしまう。
そして、せっかく割った岩塩は全部下に落ちていく。
なにをつまらない一人コントをやっているのか。
作用反作用の法則はあるに決まっているだろう。そんなことも分からないはずはないのだが、裕は時々大ボケをかます。
ぐるぐると後ろ向きに回転しながら飛んでいく裕は、いつになく慌てていた。
「ちょあああああ! 重力遮断解除、しちゃダメええええ! くそ、どっちが上だあああああ!」
叫びながら飛んでいく裕は、既に巨大樹の上、二十メートルほどの高さだ。その高さから普通に落ちたら、無傷ではいられない。
「重力遮断八十パーセント!
なんとか下向きの加速を得られたが、裕の回転は止まらない。止めようがない。
「ほんぎゃあああああ!」
裕は変な悲鳴を上げながら、巨大樹の枝へと突っ込んでいった。
自由落下している間は、体感的にはずっと無重力状態だ。上も下も無い。それは重力遮断をしていても、していなくても同じだ。
視界が安定していなければ、東西南北
よろよろと立ち上がり、枝を蹴って再び岩壁に張り付いた裕は、今度は少しずつ岩塩を砕き、籠へと入れていく。また同じことをするほど愚かではない。
そして、籠いっぱいに塩を採ってから気付いた。
横穴が空いている箇所があるのだから、そこで作業をすればもっと楽に早く採れるのではないかと。
「次からはそうしよう。今日はもうダメだ。なんか調子が悪すぎる……」
そうやって、一人、誰にともなく言い訳をするのだった。
町に帰り、塩を納品して銀貨を受け取ると、屋台でパンや果物を買って昼食を摂り、再び森へと出かけていく。
紙の材料となる枝や薪は集めなければならないのだ。
そして、夕方。
裕は、何故かイタチを抱えて帰ってくることになった。体長一・五メートルくらいはありそうな大イタチだ。
「たのもう。」
裕がやって来たのは『紅蓮』のホームだ。
ハンターとして登録していない裕は、狩ってきた獣をハンター組合に納品することはできないのだ。
だからと言って、加工できる職人の知り合いもいない。頼れるのは『紅蓮』だけだ。
ノックをしようと手を伸ばしたところ、ドアが開けられた。思わず体勢を崩し、つんのめる。
「何やってるんだ? って、ヨシノか。って、それ、どうしたんだ?」
アサトクナは裕の背負ったイタチを見て怪訝な顔をする。
「森で薪集めしていたら襲われたので狩ってきたのですが、これ、どうしたら良いですか?」
イタチを狩ったものの、裕には処理ができずに困っているのだ。
「イタチだろ? 肉は食えたものじゃないし、皮だけで良いんだかな。」
「牙や爪も価値なんて無いも同然だしな。普通は皮だけ剥いで捨ててくるぞ。」
「皮以外ぜんぶゴミだな。まあ、まるごと組合に納品してやれば処分してくれる。銀貨数枚かかるがな。」
ひどい言われようである。
「皮の代金の方が上ですよね? お金を貰えるならなんでも良いです。一緒に行ってもらえますか? 半額あげますので。」
裕は随分と気前の良いことを言うものである。
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