第16話 イタチ狩りよりも大変なこと

 裕と『紅蓮ぐれん』は連れ立ってハンター組合に向かう。今日の用件は狩ったイタチの納入なので、裏口の方だ。


「おう、紅蓮か。どうしたんだ? ってイタチかよ。それくらい自分で捌いてきてくれよ、面倒臭いな。」


 鬚髯しゅぜん豊かな中年の男が快活に話しかけてきたかと思ったら、自慢の鬚を撫でながら迷惑そうに眉を歪める。


「狩ったのは俺たちじゃねえよ。この子が狩ってきてな、まあ見ての通り、ハンターじゃないんだが、引き取ってやってくれねえか?」


 『紅蓮』のリーダーアサトクナは裕を指して言うが、ヒゲオヤジからは裕の姿は見えない。

 いや、別に隠れているわけではない。イタチを頭の上に担いでいたら、全身すっぽり隠れてしまうだけだ。


 裕が小さいとも言うが、イタチが大きいとも言う。鼻先から尻尾の先端までは二メートルを越えるのだ。裕が平気な顔をして担いでいる方がオカシイ。

『紅蓮』はだれもイタチを持つのを代ろうとしないのが傍から見れば不思議なくらいだ。


 もっとも、裕にも『紅蓮』にも不思議ではない。このイタチはあくまでも裕の所有物で、紅蓮のものではない。『紅蓮』は売却の口利きをするだけだ。それ以上のことは裕は頼んでいないし、頼まれてもいないことを『紅蓮』は親切に手を出したりはしない。


「ちょっと見せてみろ。」

「どこに置けば良いですか?」


 ヒゲオヤジに案内されて、裕は解体場の台の上にイタチを下ろす。


「随分状態が良いな。頭はひでえが、それ以外に傷が無いじゃねえか。何をどうやったらこんなことになるんだ?」

「身動きがとれないように魔法で縛って、ぶん殴るのです。」


 端的に説明するが、ヒゲオヤジには何のことやら分からない様子だ。


「この子はそういう変わった魔法が得意なんだ。一人でこれを持ち運べるのも魔法を使っているのさ。」


 アサトクナは裕の魔法を「変わった魔法」の一言で片づける。魔法の使い方は秘匿されることも多く、ハンターの社会では、それ以上の追及は無しだと言われたら、引き下がるものである。


「えらく遠くから旅してるらしくてな、俺たちも聞いたこともない魔法を使うんだ。」


 魔導士ハラバラスもフォローを入れる。もうその話は終わりだということである。


「捌いて皮だけ持ってきてくれれば良かったのになあ……」


 ブツブツ言いながらイタチを検分し、皮の算定として銀貨八四枚を付ける。


「ただし、だ。」


 解体および、肉・内臓の処分を組合側でやるならば、その費用として銀貨十枚が掛かるということだ。


「今回は解体と処分はお願いします。次回以降は気を付けますので。」

「ダメだ。」

「へ?」


 ダメだと言いながらも、ヒゲオヤジは銀貨七十四枚を数えて裕に渡す。


「ああ、つまり、獣を狩るのはハンターの仕事だから、ハンターじゃないお前さんに、次の約束なんてできないってことだ。今回は紅蓮の頼みだから特別だ。」

「狩はハンターの仕事だと言われましても、私も襲われたら反撃くらいしますよ?」

「子どもがそんな森の奥まで行くなよ……」

「ちょっと待ってください。私がこれに襲われたのは森の外、畑のすぐ近くですよ? それで、文句を言われるのは心外」

「待て。森の外だと?」


 裕の言い訳に割り込んできたのはアサトクナだった。他のメンバーも厳しい表情で裕を睨んでいる。


「え、ええ。私だってそんな森の奥に入っていきませんよ。怖いですもの。」

「もうちょっと具体的に説明してくれ。場合によっては組合に報告が必要だ。」



 裕たちは解体場を出て、表のオープンテラスへと移動する。血腥ちなまぐさいところで長話はしたくないと、裕が言い張ったのだ。


「そもそも、私は薪を採りに行ったのですよ。狩をするつもりは本当に無かったのです。」


 裕の説明は、とりあえず言い訳から始まった。




 少々遅めの昼食後、裕は畑の中を通るあぜ道を西へ駆け抜けて、森の入口近くで北へと方向転換した。


 町の近くだと、枯れ枝なんて採り尽くされている。裕は移動する足があるのだから、さっさと移動してしまった方が効率が良いのは『紅蓮』ならば分かるだろう。


 森に沿って走っていると、獣らしき気配は幾つかあったけれど、それは無視した。いきなり襲い掛かってくるような獣が畑の近くに出るならば、被害者が出る前に駆除した方が良いが、そうじゃないなら手を出しても仕方が無い。


 今回の裕の目的は木の枝を集めることだ。ウサギなどを狩ったら、処理に時間が掛かってしまう。



 しばらく走り、今までに採っていない種類の木を見つけて足を止めた。周囲の藪も人が出入りした様子もなく、この辺りなら良い枝を見つけられるかもと思ったのだ。


 手前にある藪を山刀で切り払い、奥へと進んでいくと、キノコが群生していた。



「たぶん、食べられる種類、じゃないと思います。」


 裕は、『人が来ないからキノコがいっぱい生えている』のではなくて『毒キノコが多いから人が来ない』という考えを採用したのだ。


「持ってきていないのか?」

「猛毒があったら嫌なので、すぐに引き返しましたよ。」

「まあ、悪くない判断だな。分からないなら近寄らないのが一番だ。」


 そんなわけでその場所は諦めて引き返し、藪から出ていくと、裕よりも片言の人に話しかけられた、


「あああ! オマエはこの前の奴! この前はよくもやってくれたな、オマエ!」

「あなた達は誰ですか? この前? 何のことです? 人違いじゃないですか?」


 声を掛けてきたのは、四人組の若いハンターらしき人物だ。若いと言うか、年齢はせいぜいが十歳くらいの子どもだ。



「お前が言うな。」

「ヨシノの方が年下じゃねえか。」


『紅蓮』はツッコミを忘れない。



 男の子が三人に、女の子が一人。揃いも揃って頭が悪く、ことある毎にキャーキャーと喚き散らすタイプだ。


 その四人組の謎の言い掛かりに、裕はさっさと行ってしまおうとする。


「待てよ! オマエのせいで大変だったんだからな!」


 何やら喚きながら四人組がついてくるが、裕はそんなものには委細かまわずどんどんと先に進んでいった。


「待てよ! 待てったら!」


 ひたすら叫び、喚きながら追いかけてくるが、裕の方が速い。四人組は全く追いつけないでいた。ひたすら喚き散らしながら裕を追いかけてくる。


 二分ほど走っていたが、ふと、森の方に違和感を覚え、立ち止まった。


「静かに。」

「やっと追いついたぞ! オマエこの野郎! 逃げ足の速い奴め!」


 周囲を警戒する裕とは対照的に、四人組は肩で息をしながら周りのことは全く気にせずにまくし立ててくる。


「黙りなさい。」

「な、何だ。やるのか!?」


 裕は山刀を抜き、四人組に向ける。

 だが、彼らは静かにしろと言っているのに聞きもせず、大声で叫びまくっている。


 そんな中で、裕の視界の端で何かが動く。明らかに獣の気配だ。

 裕は溜息をつくと、大きく飛び上がる。


「逃げた方が良いと思うよ。」


 気配の方を指差し、声を掛けてやるが、遅かった。

 森から一匹の獣が猛然と飛び出してきて、四人組に襲いかかる。


 それが例のイタチだ。


 そのイタチに襲われて、四人組は大パニックになっていた。


「言わんこっちゃない……」


 溜息混じりに、重力遮断百パーセントを展開した。イタチも四人組も、まとめて浮き上がる。


「うわああああ」

「きゃああああ」

「キシャアアアアアア」


 悲鳴が入り乱れ、四人組とイタチはバラバラに飛び去っていく。

 元から大パニックだった四人組はともかく、イタチも驚いたようで、食いついて牙を離して暴れもがいている。


 ある程度離れたところで重力遮断を解除して地上に下ろすが、イタチはまだパニック状態なのか、しきりに鳴き叫びながらキョロキョロと周囲を見回していた。


 そこに再度重力遮断をかけて宙に浮かせたら、あとはタコ殴りにするだけだ。




「とまあ、そんなわけで、山刀の背の方で、動かなくなるまで殴り続けたのです。」


 裕の説明に、紅蓮の五人は嫌そうに首を横に振る。


「どんな拷問だよ。」

「はやく楽にしてやれよ。」

「まあ、そんなこんなでイタチを狩ったので、持って帰ってきたのです。」


 説明が終わると、同じポーズで頬杖をついていた紅蓮の五人は、背筋を正す。


「それで、その四人組はどうしたんだ?」

「どうもしませんけど? 治癒の魔法が使える者がいるようですし、少々の怪我なら自分たちで治せるでしょう。」

「十歳で治癒の魔法を? それは凄いな。十歳くらいなら、簡単な魔法しか使えないのが普通だ。」


 ハラバラスが感心したように言う。

 念のためにいっておくが、『紅蓮』全員の認識として、裕は普通ではない。

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