第14話 異世界定番、紙づくりを始めよう!

 岩塩の採集・売却は二週間後ということなので、それまで何か別の仕事を探さねばならない。

 塩の販売益だけでは生活できない。売上は一ヶ月で金貨一枚を超えるが、そこから日々の食費などを出すと、税金と家賃の支払いに足らなくなってしまう。

 家具を買うお金も稼がないと、どんどんと貯蓄額が目減りしていってしまうだけだ。


――

 まあ、紙でも作ればいいだろう。元から紙を売るつもりだったわけだし。

 しかし、紙を作るにしても、道具や材料を揃えないとならない。

 簾や枠は木工屋に注文したら、幾らくらいになるのだろう。

 それ以前に、見積りという文化はあるのだろうか?

――


 ほんの少しだけ悩み、結局、簾は自分で作ることにした。ただし、枠は木工屋に注文する。

 理由は単純だ。

 注文内容を的確に伝えることができるかどうかだ。


 簾が出来上がっていれば、それを入れる枠は簡単だ。「これを囲む木枠を作ってくれ」と言えば良い。形状も簡単なので、注文と違うものが出来上がってくることもないと思われる。


 材料となる竹は、籠を作る際に採ってきたものがまだいっぱいある。

 あと、必要なものは、糸だ。

 だが、裕は糸を売っている店を知らない。



 服を仕立てるのに糸を使わないはずがない。とりあえず服屋に行けば分かるだろうと出向いてみる。


「糸? 何に使うのですか?」

「こう、竹細工を作るのに欲しいのですが……」

「ああ、糸商ならすぐ隣だぞ。ここを出て左側だ。」


 裕は礼を言って店を出ると、糸商の扉を叩く。


「どうぞー。」


 なんか気の抜けた声が返ってきて、裕はドアを開けて店内へと入る。


「あら、坊ちゃん、どうしたのかしら?」

「太めの糸はありますか? 竹細工に使いたいのです。」


 テーブルの奥の椅子に座っているのは年配のどっしりした女性店員だ。彼女には子どものお使いのように思われているようだが、裕はそんなことは気にせずに話を進める。


「竹細工用の糸、というのは無いわ。どんなのが良いのかしら?」

「多少太くても構いません。丈夫なものが良いです。」


 裕としても、細かい注文を付けられるほど言葉が達者ではない。素材の名前も知らないし、太さの単位も知らないのだ。


「この辺りかしら?」


 店員が棚から三つの糸の束を出してくる。

 一つめは青く染められた滑らかで細い糸。二つめは漂白済みの麻のような、少し太めの糸、三つ目の糸は、縫い糸というよりも、レース編みに使うような太さの生成りのものだ。


 裕は明かりの魔法を頭上に放り投げると、三つの糸をじっくりと見比べる。

 指でつまんで引っ張ってみたり、軽く捻って縒りを戻してみたりするが、それほど長い時間迷ったりはしない。

 裕が選んだのは二つ目の糸だった。


「これが良いです。色は、一番安いものでお願いします!」

「長さはどれくらい必要なの?」


 返答に窮した裕は、棒に巻かれた糸全部を買うことにした。会計を済ませて家に帰ると、さっそく簾づくりを開始する。


 まずは竹ひごを大量に作るところからだ。

 鋸で竹を適度な長さに切る。

 A3サイズの紙を作りたいので、竹ひごの長さは最低で297mmは必要だ。まあ、定規も何も無いので適当に、なのだが。


 紙を漉く簾を作るためには、とにかく細く、細く加工する必要があるが、節をまたぐと、その難易度がはね上がる。節はガタガタになるだけではなく、加工するときに余計な力がかかってしまい、そこで折れてしまうのだ。

 そのため、裕は節と節の一番長い部分を使って竹ひごを作っていく。


 やっと完成したときは、一週間が経っていた。

 途中で竹が足りなくなってしまい、再度伐採に出かけて行ったのだがそれは大した問題ではない。

 むしろ、失敗作の竹ひごが大量にできてしまったことの方が問題だろう。


 実は、竹ひごというものは、専用の工具があれば割と簡単に作れる。

 裕は丸太に鉈やナイフを刺して固定して作業をしているのだが、あれでは危険だし、失敗率も高いだろう。



「これに合う枠を作っていただきたいのです。」


 簾ができあがると、早速、おとなりの木工屋へ行って枠の作成を依頼する。


「これに合う枠?」

「これをすっぽりと入れる木枠がほしいのです。」


 裕は完成した簾を渡すと、木工屋の親父キャノンボムは困ったように片眉を上げる。


「これに沿って枠を加工しなきゃならんのか?」

「できれば、こっちの方を、まっすぐ、きれいにしてくれると嬉しいです……」


 裕は視線を逸らし、答える。

 裕の作った簾は、竹ひごの長さがキレイにそろってはいない。片側を合わせると、逆側はガタガタになってしまうのだ。


「ふうん。」


 面白くもなさそうにキャノンボムは鼻を鳴らす。


「これはお前さんが作ったのか?」

「はい、そうです。」

「ヘタクソだな。」


 どうやら、キャノンボムは裕が簾の注文をしなかったことが気に食わないようだ。不機嫌丸出しで「銀貨28枚だ。」とだけ言うと、あとは弟子テルオクスに任せて奥に引っ込んでいってしまった。


 枠の厚みや高さなど、細かなサイズの話をして、裕は一度家に引き上げる。

 簡単なものだから数時間もかからないとは言うが、ずっと横に張り付いて待っているのも退屈なものである。


 家にいてもやることは何もないので、森に紙の材料となる木を採りに行く。ただし、今回は木を切り倒して丸太を、ということではない。


 紙に適した木を探すのは重要だ。大概の木は紙にすることができるが、樹脂や樹液の性質によっては全く向かない。

 ということです今日は持っていくのは鉈だけだ。籠を背負い、家を出る。


「さて、どれにしようかな?」


 畑を縫う畦道を抜けて、森へと着いた裕は左右を見回す。

 この辺りは何種類もの広葉樹が生えている雑木林だ。



「そうだ。」


 ぽん、と手を打ち、重力遮断ジャンプで木の上まで跳び上がると、そのまま森の奥まで駆けて行く。

 少し奥に行くだけで、樹上からでは地面がまるで見えないほど、枝葉の密度が高くなっていく。さらに進んでいくと、樹高がどんどんと高くなり、五十メートルクラスの木が普通に立ち並んでいる。

 もっとも、下の様子が全く見えない裕には、その木の大きさがどの程度なのかは分からないのだが。



 そのうちの一つの枝に下り立つと、慎重に木を下りていく。が、背負った籠が枝に引っかかって、ぜんぜん下りていけない。

 周囲を見回すも、生い茂る枝葉に遮られ、まるで視界がきかない。どこに何が潜んでいるかも分からないし、こんな状態では、重力遮断のアドバンテージは完全に無くなってしまう。


「いくらなんでも、これは危険すぎる。」


 枝の影から何かに睨まれているような感覚に、背筋が凍るような恐怖を覚え、それ以上の探索は早々に諦めることにした。

 一度樹上に出ると、周囲の枝を払って籠に放り込んでいく。

 もとより、巨大樹の枝を取るつもりだったのだ。下の方まで下りていく必要は無い。なにより、紙にするなら若くて柔らかい枝の方が作業が楽なのだ。


 葉がついたままの枝を何本か籠に放り込むと、すぐにその場を退散する。

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