第6話 お子様はお断り!

 お金の問題は喫緊ではないが、切実な問題である。今持っているお金は、節約しても数年で使い果たすだろう。


「俺達はハンターだし、他の仕事は知らないからなあ……」


 ホリタカサが口籠る。


「取り敢えず、組合に行ってみるか。登録して狩をしてこれば金になる。」


 アサトクナが言い、立ち上がる。


「そういえば、皆さんのお仕事は良いのですか?」


 歩きながら裕が問う。


「ああ、俺たちの次の仕事は隊商の護衛。四日後の朝出発だ。それまではゆっくりするさ。」



『紅蓮』に連れられてやってきたハンター組合は、裕のイメージとは違っていた。

 一階にはオープンテラスのカフェ、そして雑貨屋が営業している。裏手には、狩ってきた獲物の換金所があるらしい。特別な依頼の申請・請負は二階、郵便・借金受付は三階となっているらしい。

 裕は『紅蓮』の後に続いて階段を上って二階のカウンターに向かう。


「この子の新規登録をしてやって欲しいんだが。」


 アサトクナが受付の男に言う。


「七歳以下はハンター登録できませんよ。」


 苦笑いしながら受付の男が言う。


「私は三十四歳です!」

「はいはい、あと二年したらね。」


 裕の訴えに、受付の男は呆れた様に返すだけだった。


「本当に三十四歳なんです。魔法でこんな姿にされてしまったのですが。」

「はいはい。お姫様のキスで元通りになってから来てね。」


 受付の態度がなっていない。

 というか、そんな物語がこちらにもあるのか。


『上司出せやゴルァ! こんなガキじゃ話にならん!』


 日本語で叫ぶ裕。

 アサトクナが裕を宥めつつ、ハラバラスが話を引き継ぐ。


「能力は問題ないんだが、どうにかならないのか? 試験に合格したら登録受付するとか。」

「そんな規則はありません。」


 受付男はにべも無かった。



 裕は不貞腐れながら、壁に掛けられた居酒屋のメニュー票のようなものを見に行く。

 獣や草木の名前が並び、その横に金額の札が掛けられているのだ。

 だが、裕には字が読めても、書かれている獣や草木の名前が分からない。

『ミレアイ・レキノーレレ』とか書かれていても、一体何のことやらサッパリである。

 並んでいるメニューは銅貨九十八枚から、金貨数枚までかなりの幅がある。


「これって簡単に採れるんですか?」

「いや、簡単に採れるなら、こんな金額にならねえだろ。」


 裕は金貨二枚の札を指して聞いてみるが、当たり前の答えが帰ってきた。


「どのように難しいのですか?」

「この水トカゲが棲むのは大きな湖や沼だ、このあたりだと、一番近くて北に二日くらいだな。」


 質問を変更した裕に、アサトクナが説明を始めた。

 彼によると、水トカゲはその名の通り、水辺に棲むトカゲなのだそうだ。体長五メートル体重四百キログラムにもなる巨大な体躯で、性格は極めて凶暴。一般的には、彼らの生息域に近づくのはとても危険だという。


「これやりたい!」


 裕はアサトクナに言う。


「どうやって持って帰って来るんだよ! 話、聞いていたか? 体重が四百キロにもなるんだぞ。持って帰って来れねえだろ!」


 水トカゲはこの季節が旬の高級食材で、皮も骨も余さず利用できるから、丸ごと持ち帰ってこなければならないらしい。それで一匹金貨二枚ということだ。普通は、馬車でもないと運ぶことができないということだ。


「私の魔法を使えば大丈夫ですよ。明日の夕方には帰って来れますよ。」


 裕は得意そうに言う。徒歩二日の距離は半日で行けるし、数トンの荷があっても一日で帰って来れると。

『紅蓮』の五人は顔を見合わせる。裕の言うことが本当ならば、金貨数枚はかなり『オイシイ』仕事になる。


「本当に大丈夫なんだな?」

「問題は狩りに掛かる時間だけです。」


 アサトクナは念を押すが、裕は自信を持って言う。



 裕の言葉に、アサトクナはカウンターへと向かう。壁に掛けられたメニュー票が古くなっていないか、他に誰かが狩に行っているという情報がないか、確認すべきことはあるのだ。

 頑張って狩って帰って来たら、半額になっていましたというのでは笑い話にしかならない。



 急ぎ拠点に戻り、装備を整えて出発する。

 が、裕は何もしようとしない。


「どうやって行くんだ?」

「門を出るまでは普通に歩きますよ。町の中で走ると危ないです。」


 アサトクナの質問に、事も無げに裕が答える。だが、そりゃそうかと納得する面々。



 そして、町の門を出たところで裕が声をかける。


「そろそろ行きます。」


 裕が低く構え、『紅蓮』もそれに倣う。


『レッツゴー!』


 日本語で合図すると共に重力遮断八十パーセントを発動して、裕は前へと大きく跳ぶ。後に続いた『紅蓮』の五人が驚きの声を上げる。


 二分もしないうちに、彼らは半日で二日の距離を行けると言った意味を理解した。全速力に近い速さで走りながら、しかし、体力を殆ど消耗しないのだ。

『紅蓮』は時速にして三十キロメートル程度で駆けていく。荷物があれば、馬でもそのスピードは出せないし、荷物が無くてもそのスピードを維持することなどできない。



 そして裕はアサトクナに引っ張られていた。子どもの足にサンダル履きの裕は、そのスピードに付いていけないのだ。


「ヨシノは魔法に集中してしていてくれ。」


 アサトクナはそう言うが、実は一度発動すると寝ていても持続できるほど負担は少ない。

 一時間程度経った頃、裕は休憩を提案し、一同は地に降り立った。


「なんだこれ! 体が重てえ!」


 口々に叫ぶ『紅蓮』。


「あの魔法に慣れすぎると、身体が動かなくなります。」


 体操をしながら注意を促す。


「少し歩きましょうか。」


 予定よりもかなり早いスピードで進んでいる。


 二分ほど歩いた後、再び重力遮断しての移動に移る。途中の川をノンストップで飛び越えて進む一行は、三時間も経たない内に行程の八割を進んでいた。

 三度目の魔法解除をする頃には、組合でみせた裕の自信の根拠をうんざりする程理解していた。


「このまま行くと、今日中には着きそうだな。」

「川をひとっ飛びとか、オカシイから。」


 休憩の際に地図を広げて現在地を確認する。早く進めるのは良いのだが、そのスピードは彼らの常識からかけ離れているようだ。

 実際、休憩時間を含めて考えて、並の馬よりもかなり早いペースで進んでいるのだ。


「今、急いでもしかたがない。晩メシでも探しながら行くか。」

「さっさと行って水トカゲを狩るのはだめなのですか?」


 アサトクナの提案に、裕は首を傾げる。


「狩った獲物を一晩置いておきたくはないな。獣が寄って来るし、状態も悪くなる。」

「それとも、狩ったあと、夜中に帰りますか?」


 アサトクナとタナササに言われて、裕は「なるほど」と納得した。


「今日はのんびりして、明日の日の出から狩り開始。それで良いか?」


 アサトクナが確認する。全員が首肯し、少し広がって獲物を探しながら行くことになった。



 タナササが茂みの奥にウサギを見つけ、弓で狙いを付けつつ静かに近づく。

 距離と風を計りながら弓を引き絞り、一矢放つ。

 同時に裕が走り出す。

 矢が一匹に命中し、近くにいた三匹が散り散りに走り出す。その内の一匹を射程に捉え、裕が重力遮断を発動する。

 ウサギが大きく上に跳ね上がったのを見て、裕は重力遮断を一度解除し、着地寸前に再び掛け直す。

 バランスを崩したウサギは完全に勢いを殺された状態で浮き上がる。

 後は普通に歩いて近づいて止めを刺すだけである。


 それを後ろで見ていたハラバラスは愕然としていた。


 重力遮断魔法の恐るべき特性に今更気付いたのだ。

 彼らもバカではない。重力遮断が戦闘に有用なことは最初に自分たちが体験したときに理解している。だが、この魔法が恐ろしいのはそこではない。


「魔族の魔法……? ヨシノ、オマエはいったい何者だ……?」

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