第7話 魔導士、弓士に魔法の才能で敗ける
「魔族といわれても、私にはそれが何なのか分かりません。」
裕は困惑の表情でハラバラスに向かってひらひらと手を振る。
だが、ハラバラスは「発動するまで視認できない魔法なんて、魔族の使う原初魔法以外に無い!」と譲らない。
裕の魔法は、お伽噺の魔族とまったく同じだと言うのだ。
「今、そんな話をしなくて良いだろう。彼と敵対する価値など無い。それが俺たちの結論のはずだ。」
タナササが非難するように言う。
気まずい雰囲気の中その後しばらく歩き、夜営の場所を見つけると、早速食事の準備に取りかかる。
とは言っても、ウサギを捌くところからだ。首を切って逆さ吊りの状態で持ち運んでいたため血抜きは終わっているが、毛皮を剥いで解体しなければ食べる以前に料理もできない。
その一方で石を積み上げて竃を作り、薪となる枯れ枝を集めて積み上げる。
ウサギ肉を切り、串に刺して火にかけてから焼き上がるまで少々時間がかかる。その間に裕は桶に水を汲み、呪文を唱える。魔法の効果を宿した水で手や顔を洗うと、キレイサッパリ爽やかちゃんなのである。
「これを何処で覚えた……」
裕に勧められ、顏や手の汗と埃を洗い流して歓喜するメンバー達とは逆に、ハラバラスは苦々しく言う。
「言ったじゃないですか。これが洗濯の魔法です。以前にいた町では、子どもが使っていたものですよ。呪文を唱えるだけでできる、簡単な魔法です。」
この魔法が門外不出であるはずが無い。神殿の孤児達はいずれ独り立ちして、神殿を出て行くものだ。時が経てば広まるはずである。裕も、「これは秘密だ」などと言われていない。
裕に呪文を教わり、『紅蓮』の者たちも洗濯の魔法を使ってみる。
そもそもこの魔法は、子どもでも苦労なく使うことができるものだ。べつに、魔導士ではなくとも、呪文を正しく詠唱すれば使う事ができる。槍使いや斧使いでも、全く魔力を持たないわけではない。
「さて、ここからが本番です。魔族とやらの魔法を教えましょうか。」
裕が多少嫌味を含めて言う。『紅蓮』のメンバーが苦笑いをしながらハラバラスを見ると、浮かない顔をしている。
裕は構わずに、薪を少し分けて火を点ける。
「まずは明かりの魔法です。これは神殿の子ども全員ができました。火を、見てください。この火を覚えてください。」
裕が説明で、全員が火を見る。
「目を閉じて、この光を手元に呼びます。光を。手元に。呼ぶ。」
裕の手元に明かりが灯る。
「やってみてください。」
「いや、やれって、そんな簡単にできるかよ!」
何故か『紅蓮』は揃って文句を言う。神殿の子どものような素直さは無いようだ。
「え? 神殿の子は二人、これだけでできましたよ。」
「それ、絶対魔導士の才能あるって……」
言いながらやってみると、タナササがあっさり光の呼び出しに成功した。
「なんでできるんだよ!」
思わず叫ぶヨヒロ。目を剥くハラバラス。
「仕方ないですねえ。では詠唱してみてください。」
『輝き燃える炎の力。光よ此処へ、此処へ、此処へ。明かりを灯せ』
「最初にそれ教えろよ!」
五人のツッコミが唱和する。
「火をよく見て。その光を呼ぶ。詠唱しながら。」
裕は説明を繰り返す。何度かやって、ハラバラスが成功し、ホリタカサ、アサトクナが続く。一番梃子摺ったのはヨヒロだった。
火を見ながら詠唱してやるのが第一段階である。第二段階で詠唱をせずに、最終段階で火を見ずに光を呼ぶ。
肉が程よく焼けるころまでには、全員が最終段階をクリアした。
「そろそろ食事にしましょうか。」
裕が空を見上げながら言う。『紅蓮』のメンバーは、食事の用意に動き出す。
火にかけた鍋は既に簡易雑炊ができている。水に乾燥野菜と麦を放り込んだだけの本当に簡単なものだ。
六人は肉を囓り、器に取った雑炊を啜り込む。肉の量は十分にある。全員が大満足で食べ終えた頃には、星空が広がっている。
「そういえば、昼にする魔法はもう使えるようになっているはずです。」
裕が唐突にとんでもないことを言い出す。
そんなことできるはずが無いだろう。『紅蓮』の五人は、声にこそ出さないが、そう言いたそうな表情で裕を見る。
「火ではなく、陽の光を呼ぶだけなんですよ。」
裕はサラッと言ってやって見せる。
「なんじゃそりゃああああ!」
辺りが陽の光に包まれて、『紅蓮』五人衆は絶叫する。
「やってみましょうか。」
裕は陽光召喚を解除して、促す。
『大いなる太陽、天空にありて昼を司りしもの。その光を以って夜の闇を払え』
「さあ、詠唱してみましょう。」
『紅蓮』の五人が空を仰ぎ詠唱すると、太陽が五つ呼び出された。
「ぎゃああああああああ!」
六人の悲鳴が虚しく重なる。全員、あまりの光量に目をやられていた。
「消してください! 光よ消えよ、で!」
なんとか陽光召喚が解除されて、夜が戻ってくる。なぜか、皆疲労困憊である。陽光召喚魔法に本来そんな作用は無いはずのだが、不用意に使うと精神力が不思議と削り取られるのだ。
「寝るか……」
肩で息をしながらアサトクナが呟いた。
裕は重力遮断して手近な樹に登り、枝に突っ伏す。
「あ、それズルい……」
ヨヒロが恨めしげに呟く。他のメンバーも「俺も頼む」と言いたげな顔で裕を見ている。
「はいはい。」
裕が『紅蓮』五人衆に重力遮断を掛けると、それぞれ適当に木に登る。
「もう良いですか?」
問いに全員が肯定の意を返し、裕は重力遮断を解除した。
東の空が白んできたころ、裕は目を覚ました。気温は思いのほか下がっていて肌寒い程だ。樹上で寝ると身体が冷えやすい。
裕は木を下りて火を熾す。水を汲み湯を沸かすとともに、火に当たって冷えた身体を温める。
裕が火の前に座ってうつらうつらしていると、樹上から声が掛かる。見上げると、『紅蓮』のメンバーも皆めを覚ましたようだ。裕が重力遮断すると、木から下りて集まってくる。
「結構冷えるな。」
ホリタカサが震えながら言う。
「お湯沸いてますよ。」
「助かる。」
裕が火の前を空ける。そして、少し離れた場所に、炎熱召喚の魔法を放つ。
「明かりの魔法と同じです。光だけでなく火の力全てを呼び出せば良いだけです。危ないので、出す場所に注意してください。」
タナササが試してみると、赤く熱を放つ光が呼び出される。
「だから何でそんな簡単にできるんだよ!」
一発で魔法を使って見せるタナササにハラバラスが文句を言う。まあ、これでは魔導士としての立場が無いし、ハラバラスが怒りたくなるのも分からなくはない。そう、ただの八つ当たりだ。
「火の力を呼び出せば良いだけです。」
実際問題、この魔法で呼び出すのは火の放つ電磁波であり、炎そのものではない。
ここでいう炎とは、燃焼ガスがプラズマ化して酸素と反応しているものであり、物質である。物質召喚は一段階高等な魔法であり、そう簡単には修得できるものではない。
「火を呼び出すのではなくて、火の力を呼び出します。」
裕にはそれ以上説明の詳細を説明する語彙力が無い。昨夜から重力遮断を教えようともしないのは、説明するための言葉が全く分からないからである。
「コツを教えてくれよ。」
ハラバラスがホリタカサに泣きつく。
最初からできたタナササでは言語化できないと踏んで、何度かの試行の後に成功したホリタカサに聞く。さすがに魔導士である。冷静かつ客観的に判断する能力はちゃんとある。
全員が火の魔法に成功した頃には身体も温まっている。
火を完全に消し、荷物を纏めると、水トカゲ狩りに向かう。
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