第2話 宇宙戦艦

「別に大金を毟り取ったりしませんよ。今日の晩御飯と寝る場所、それと銀貨を何枚かでも頂ければ。」


 軽く言うが、裕は少々勘違いをしている。

 子供たちだけで月に銀貨数十枚を稼いでいた裕は、銀貨数枚という金額は、一人で払える額のつもりなのだ。だが、少なくとも地方の農村では、銀貨数枚は大金である。外貨を得やすい産業が無ければ、通貨での貯蓄はほとんど無い。


 顔を曇らせて村中から集めて何とかすると言う村の青年アンノリオムの言葉に裕は驚き、難しかったら銅貨数十で良いと譲歩しておく。裕は別に喫緊でお金に困っているわけではない。単に無報酬で魔物を駆除してもらえる、などと思われては困るだけである。


「その代わりと言っては何ですが、この辺りのことを教えて頂けますか?」


 裕の言葉に、アンノリオムは怪訝な顔をする。


「ずっと西の方から旅をしてきたので、この辺りのことは全然知らないのですよ。」


 アンノリオムの顔が少し晴れたのを見て裕は少し安心し、休める場所に案内してもらうことにする。

 井戸で手と顔を洗い、喉を潤すと裕は案内されたアンノリオムの家に入る。その家は部屋に区切られておらず、何本か柱が立っているのと隅に竃があるだけの何も無い小屋だった。


 裕は、その内装の驚きを隠せない。

 この家を含め、村の家屋はほどんどが木造建築だ。直ぐ近くに森があるし、木材には不自由しないのだろう。だが、外壁しか壁が無いというのは、裕には不自然に見えて仕方がないようだ。


 きょろきょろと屋内を見回しながら裕が荷物を降ろすと、アンノリオムが改めて感謝の意を述べる。裕も名乗って、話を始めようすると、竃の前で女性がゴソゴソしている。


「火、点けましようか?」


 言って裕が近づくと、火打石を持った女性が驚いた顔をしている。


「それ、大変なんですよね。」


 言って裕は爪先を弾いて火花を放つ。

 裕の魔力の火花はやたらと大きい。普通はもう少し出力を絞るのだが、加減がまだ良く分かっていない裕は、一発で確実に着火することを重視するため、大きめに放つのだ。

 実はこの火花魔術は二日前に覚えたものだ。旅をするなら覚えておけと神殿の厨房のおっちゃんが教えてくれたのだ。


「魔術師様だったのですか。」


 アンノリオムの言葉を裕は否定する。今使ったのは魔術であるが、裕が使える魔術はこれ一つだけである。使える魔法も初歩的なものを三つだけしか使えない。そんな程度では、せいぜいが『見習い魔導師』くらいにしなければ先達に失礼というものである。

 だが、普通の見習い魔導師が一人でオークに戦いを挑めば、間違いなく命を落とす。苦もなく勝てる裕が異常なのである。アンノリオムもその辺りは分かっているようで、裕の言葉に苦笑する。


 アンノリオム曰く、この村はハキソリア領ヘイゾ村。人口約二百人。小麦の産地で、オークは数ヶ月前から出没するようになったということだ。

 この村から北に徒歩で二日も行けばソレスタ領。そこから馬で三日程で王都があるらしい。南東に一日行けば領都。この領も国も、はるか東に見える山までで、その山を越えた者は無いらしい。


 地理の説明はその程度だった。

 村の外にでる住人は少なく、せいぜいが領都にしか行かないため、それ以上はよく分からないらしい。

 僻地の村で得られる情報はそんな程度だろう。王都など、村民も旅商人から話から聞いただけで、行ったことがある者などいないのだ。



 翌朝早くに裕は村を出て、さらに東を目指す。重力遮断魔法を使って走る裕のスピードは旅慣れた大人よりも遥かに早い。

 パンを買うために途中で町に寄りはしたが、それ以外は一直線に進み続けた結果、昼過ぎには山の麓に着いた。二千五百メートル級の山が連なる山岳地帯。


 国境となる山脈らしいが、その向こう側の情報は無い。どの町で聞いても、この山脈を越える者がいないのだという。


 さすがに誰も越えることが無いという山の中の野宿に不安を感じた裕は、登山のスタートは翌朝にすることにして山の麓で野宿するのに良さそうな場所を探す。


 夕食の獲物を捕らえ、野宿する場所を確保するのには、それなりに時間がかかる。インベントリを開いてアイテムをクリックするだけのゲームとは違うのだ。


 しばらく森の中を歩き、茂みの向こうに獣を発見した裕は静かに浮き上がり、宙から獲物を確認する。そこにはウサギが三匹。ただし、体長一メートル程あり、鋭い爪を持っている。草食性であり、肉食獣ほど凶暴では無いが、攻撃すると普通に反撃してくる危険な動物だ。


 裕は慌てず騒がず、ウサギに重力遮断の魔法を使って無力化して近づく。一番小さいウサギの首に山刀を突き立てて仕留めると、残り二匹は無視して仕留めたウサギを引っ張ってその場を離れる。


 崖下の少し開けた場所をみつけた裕はそこを野宿の場所に決め、火を熾して夕食の準備を始める。

 大きすぎるウサギを苦労して解体バラし、夕食の分を火で炙り、残りは少し離れた木の高い枝にぶら下げておく。寝床のすぐ横に血の滴る生肉など置いていたりすれば、寝ている間にオオカミやクマに襲われること請け合いである。



「今の所、旅路は順調だな。」


 そう独り言をつぶやき、裕は我に帰る。


――

 順調も何も旅の目的が無いだろう。

 一体何のために旅をするのだ? どこへ行きたいのだ? そもそも自分が何をしたいのか? 元の世界には帰りたいのか?

――



 自問を繰り返す。



――

 のんびり楽しく平和に暮らしたい。

 たまには刺激も必要だ。

 元の世界は、微妙だ。

 ツマラナイ仕事は嫌だ。

 働きたくないでござる。絶対に働きたくないでござる!


 日本は確かに娯楽は多かった。だが、現実の生活はツマラナイ。だから、ファンタジー作品が売れるのだ!


 元の世界に大切なものは何もない。


 結論。帰ることは目標にはしない。

 のんびり楽しく平和にくらしたい。理想は高く、全人類の恒久的平和、とでもしようか。

 ならば、今為すべきことは。

 知識をえること。

 知識はどこにあるか。

 学校や図書館、研究施設。

 だが、学校は無い。あったとしても貴族向けだろう。

 学校が無いのに蔵書を公開するなんて概念があるとは思えない。

 研究施設は、恐らくある。王宮は歴史研究くらいするだろうし、魔術師協会や工業組合には研究畠の者もいるだろう。きっと。

 その前に一般常識レベルの知識は不可欠。

 大きめの町ならば、各方面の知識も得られるだろう。

 結論。行き先は領都、もしくは王都。ただし、定住の予定は無しで。二、三回は住む町を変えるつもりでいこう。

 明日、この山を登ったら大きな町を探す。

 もう日が沈む。今日はもう寝よう。

――



 裕の思考は時々明後日の方向に飛び、ワケの分からない結論に至る。

 裕は火に蒔きを放り込んで横になると、すぐに眠りに落ちた。



 裕は山頂で日の出を眺めていた。重力を無視する彼の移動速度は山地でも平地とほとんど変わらない。一跳びで崖を登り、谷を跳び越える。麓から山頂まで直線距離で約四キロ。普通に登山をすれば数時間は掛かるだろうが、裕にとっては一時間も掛からない。

 尚、一時間は二七四四秒だ。十四進数ややこしい。


 幾つかの山を越えて進みと、広大な草原を東に見下ろす峰へとたどり着いた。遥か東の彼方、地平線の手前には湖がある。見える範囲には町らしきものは無いが、湖周辺には村の一つや二つはあるだろう。


 斜面を駆け下り、裕は一気に飛ぶ。重力遮断魔法は本当に便利だ。便利すぎて運動不足にならないよう気をつける必要があるほどに。



 草原に降り立った裕は、東に向かって走る。風は南西の微風。

 草原を走って数分後、湧き上がる違和感に裕は足を止める。


――何かがおかしい。何かが間違っている。


 辺りを見回して裕は考え、ようやく気付いた。

 すぐに全周を見回して探す。森が最も近い方角を。

 一秒で判断し、全速で北に向かい走る。



――

 この草原には大型の動植物が全く無い。草は生えているし、虫もいる。そこまでは、良い。


 だが!

 何故灌木すら生えていない? ウサギもネズミもいない。

 基本的に温帯の気候下であれば、草原は数百年も放っておけば森になるはずだ。


 すぐ見えるところに森が繁っているということは、ここを草原として保っている何かがいるということである。


 目的不明、手段も不明。

 しかし、動物を寄せ付けず、木を成長させない何かがある。

――



 その何かを裕は恐れた。

 遭遇したら、絶対に対処できない。そんな確信があった。

 この面積を維持できる何かが、姿も気配も見せていない。



 そして、裕の懸念は当たっていた。

 裕のいる場所から十キロ東の湖に異変が起きていた。

 静かな湖底から【それ】は浮かび上がってくる。


 水面から数メートルで止まったそれは、強力な衝撃波を放つ。

 侵入者は地平線の向こう、西に約十キロメートル。十分に衝撃波の射程範囲内である。



 突如、音速の攻撃を受けて、裕は吹っ飛ばされた。

 何が何だか分からぬまま起き上がり、攻撃を受けた側を見るが、何もいない。当然である。視認範囲にそれはいないのだ。


 代わりに、衝撃波の第二波がた。

 反射的に目を閉じ耳を塞いで西の上空に向かって飛び上がる。ほぼ無防備で食らった一撃目と違って、二撃目のダメージはかなり抑えられたが、それでも、そう何度も食らっていられるような代物ではない。着地してすぐに北側の森に向かって全力で走る。


 だが、既に大きなダメージを負ってしまっている。今すぐ命に関わる傷ではないが、重力遮断が無ければ走ることすらできない程度の怪我はしているのだ。

 いきなり数メートル吹っ飛ばされるほどの衝撃を受けて、平気でいられるはずがない。


 森までの距離はまだ一キロ以上はある。全身に打撲と裂傷を負っているが、そんなことは一切構わずひたすら走る。

 裕は死が間近に迫って、自分を呑み込もうとしているのを感じていた。体力はもう既に限界である。止まれば楽になれる。だが、彼はその選択をしない。


――どうせ死ぬなら、誰かにとって価値のある死に方が良い


 裕の怠惰で強欲な精神はまだ死んでいない。今ここで死んでも、何の意味も価値も無い。そんなことは認められないのだ。


 森はもうすぐそこである。森に入れば、木が衝撃波に対する盾になる。

 そこに第三波が来た。

 裕は目と耳を塞いで地面に突っ伏して耐える。


 なんとかやり過ごした裕は、立ち上がり懸命に森を目指す。森の被害も深刻な状態だった。多くの木々が倒れ、枝が折れ、葉が吹き飛ばされている。


 それでも裕は森に飛び込み、折れた木の間を進んでいく。衝撃波が幾度となく発せられる中、裕はひたすら北の山を目指して進み続けた。

 斜面を駆け上がり、崖を跳び越えて進み、岩陰を見つけた裕は一旦そこに身を隠す。


 とりあえず一息付けるかと気を緩めたところで、眩い光条が大気を貫いて山肌に突き刺さり、轟音が響き渡る。

 爆風に吹き飛ばされ岩肌に叩きつけられる裕。立ち上がり見上げると、山の形が先ほどとは変わってしまっている。


「一体、どこの宇宙戦艦ですか……」


 呆れたように呟き、再び走り出す。山を越えられる最短コースを全力で。



――

 ビーム攻撃がかなり上に逸れた理由は何だ?

 今更威嚇なんてこともないだろう。

 命中精度の問題でもない。

 出力からすると、数十キロメートル先の敵に命中させることは前提になっているだろう。


 ならば、答えは簡単。逸れたのではなく、狙えなかった。

 単に、地平線スレスレに撃ったら上過ぎた。


 ならば敵は次にどう動くか。

 近寄るか、上昇する。

 それで標的の捕捉ができる。

 自分はどう動けば良いか。

 最短最速で尾根を越える。敵のビーム砲次弾発射までに。

 間に合わなければ、死ぬ。

――



 ビーム攻撃後、衝撃波が裕を襲う。

 地形と木を盾になんとかやり過ごし、必死に登っていくと、尾根はもう直ぐそこ、十数メートルほどに見えてきた。


 裕は、全身全霊の力を振り絞り、斜面を駆け尾根を蹴る。

 直後、ビーム砲が嶺の一角を消し飛ばした。


 裕の意識はそこで途切れた。

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