第3話 命拾い

 夕刻、モンスター駆除を終えて、ハンターパーティ『紅蓮』は空に漂うモノを見つけた。それは、南から北へとふわふわ流れていく。一同顔を見合わせて、それを追ってみることにした。


 丘の向こうに消えて行ったそれを探して丘に登ってみると、意外と近い所にそれは落ちていた。一行は恐る恐る近づいてみる。新種のモンスターかも知れない。近付いたらいきなり襲い掛かって来る可能性があるのだ、油断するわけにはいかない。

 遠巻きに見ると、それは、人の様な形をしているが四肢がデタラメな方向を向いている。


「いや、あれは本当に人間じゃないか?」


 斧を持った重装備の大男の呟きに軽装備の大男が反応し、治癒魔法の詠唱を開始する。領都は目の前。帰り道の途中である彼らには、今ここで魔力を惜しむ理由はない。目の前の死にかけた子供を見捨てる選択は無かった。

 だが、彼らの治癒魔法では応急処置しかできない。軽い傷なら治せても、骨折を元通りにすることなどできないし、内臓に傷ができていれば、それも修復不能だ。

 命に関わるような傷からの回復には、神殿での治療が必要である。


「治療費は出せないぞ……」

「とにかく、此処に放置するのはかわいそうだ。」


 大男は苦い顔で唸るが、弓士は裕を抱き上げる。


「コレもこの子のかね。」


 魔導士が傍に落ちている山刀を拾う。その鞘から伸びるベルトに括り付けられた革袋を覗いて魔導士は一息を吐く。


「治療費は問題なさそうだ。このお金もこの子だろう? 金貨十四枚ほどあるし心配無いだろう。」


 そう言って取り出して見せた金貨に、メンバーは目を剥いた。

 金貨など、子どもが持つものではない。当然の反応だ。



 領都に付いた紅蓮は二手に分かれる。前衛三人が組合にモンスター駆除の報告に、後衛二人が子供を抱えて神殿に向かう。


「重傷者です。緊急でお願いしたい。」


 神殿に付いた魔導士は、後ろの仲間を指して受け付けの神官に告げ、金貨を一枚テーブルの上に置いた。

 神官は子供の状態を確認すると、一室に案内して神官長を呼びに行く。

 治療魔法には七つの等級があり、治療できる範囲が異なる。

 第一級では皮膚組織のみ。第二級で筋肉・毛細血管まで、といった具合に、等級が上がるにつれて、より深刻な負傷に対応できるようになるのだ。


 ここの神官長の使うことができるのは第五級治療魔法までであり、火傷や骨折はどうにかなっても、内臓に受けた傷までは治療できない。


「治療はするが、助かるという保証はできない。」


 神官長は静かに言った。治療魔法は決して万能ではない。傷が癒えるにも時間が掛かる。重傷の場合、傷が治る前に体力・生命力が尽きてしまうこともある。

 ゲームのように、呪文を唱えたら即時に傷が治る、なんてことはない。


「承知しています。しかし、生きている者を見捨てることはできません。」


 魔導士の返答に頷き、神官長が治療魔法の詠唱を開始する。


 治療魔法は発動した後は術者が付いている必要はない。術の発動後、神官長は『紅蓮』の二人に治療費の話をする。


「第五級治療魔法と宿泊、合わせて一日金貨一枚をいただきたい。ただ、この子の怪我の状態から考えると、今日、明日の二日では治りきらない可能性もある。」


 金貨二枚を払っても治らないと聞いて、魔導士は驚きの声を上げる。


「そんな、治療魔法を重ねて掛ければ、回復も早くなるはずだ。以前に仲間が負傷したときはもっと早くに治っている。」

「日ごろから鍛えているあなた達と子供を一緒に考えないでいただきたい。私も出し惜しみしているのではありません。治療魔法を重ねても、この子には、それを受け入れるだけの体力が残っていない。」


『紅蓮』の二人はそれ以上はどうにもならないと諦め、翌々日の朝に来ると告げて拠点に引き上げて行った。




 裕の目が覚めた。

 少し身動きして、苦悶の表情を浮かべる。


「まだ動かないで。」


 部屋に控えていた神官見習いの少年が言いながら裕の顔を覗き込む。


「心配いりませんよ。今神官様を呼んできますね。」


 そう言い残して少年は部屋を出て行った。

 一分も経たずに老齢の神官が来ると、治療魔法の詠唱を開始した。

 神官の指先から魔法の力が裕の身体の中に流れ込み、傷を修復していく。

 裕の瞳はまだ焦点が定まらず、視線は宙を彷徨っている。


「おなかすいた。」


 虚ろな目をしたまま呻くように呟いたその言葉に、神官は苦笑いをする。


「痛みよりも空腹を訴えられるなら、もう大丈夫だろう。ボノスト、食事を持ってきてあげなさい。」


 治療魔法を三連続で使った後、控えの少年に指示をしてから部屋を出ていった。

 少年が持って来た芋粥を食べ終えた裕は再び眠りに落ちた。




 裕が神殿に運ばれて三日目の朝、『紅蓮』のメンバー五人全員が裕の病室に来ていた。神官の治療魔法を終えた裕の体は完全ではないにしろ、十分に動ける程まで回復している。驚きの回復力である。


「では、入院治療はこれで終了です。」


 神官長の宣言に頷き、裕はベッドを下りる。


「私の服と荷物はどこですか?」


 裕の質問に、紅蓮の魔導士がボロボロになった服だったものと、山刀、そして財布を差し出す。それらを受け取り、裕は大きく息を吐き出した。


「治療費は幾らですか? それと、服を貸してもらうことはできますか?」


 財布の中を検めながら質問を投げる。


「今までの治療費は金貨二枚を既にお支払いいただいています。今来ている服であればお貸しできます。七日を目途に返却をお願いします。」



 元々着ていた服は、もはや服の形をしていない。破れ、焼け焦げ、革や布の残骸や破片としか形容できない物体に成り下がっている。新しい服を調達するまでの間、何かしら着る物が無ければ街にも出られない。事情を察したのか、神官は快く服の貸し出しに応じてくれた。


「治療費はその中から払ってある。心配要らない。」


 魔導士の言葉に、裕が財布の中身を数えてみると、確かに十三枚あったはずの金貨が十一枚に減っている。


「何てこと!? 金貨が二枚も減っている!」

「おいおい、見知らぬ子どものために金貨を払ってやるほど俺たちはお人好しじゃないぞ。」


 裕の反応に、見てゴツイ男が釘を刺す。


「そうですね。ここまで運んでくれたのはあなたたちでしょうか。助けていただき、有難うございます。」


 裕は素直に頭を下げて礼を言う。


「なんだ、案外素直じゃないか。で、お前は何だ? 何があった? どこで誰にやられた?」

「え、と。落ち着いて話ができるところに行きませんか?」


 ゴツイ男が畳み掛ける質問に、話が長くなりそうだと感じた裕は、場所を変えようと提案した。横で神官が苦笑いをしているのは、裕の気のせいではないだろう。

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