第7話 不死者のあっけない最期
ヒュルキニスは苛立っていた。時間をかけ、苦労して生み出した部下の大半がたった二日で壊滅的打撃を受けた。
骸骨兵を一日約四十二体。それが彼の生み出せる限界であった。それが一三七〇体、すなわち約三十二日分の労力が文字通り粉砕されたのである。
しかも、その戦場跡には一滴の血の跡もなく、炎や氷などの攻撃魔法が使用された形跡もない。一体どんな化物がこの地にいると言うのか。
伝説にある秘術により不死化した彼には、恐れるものなど無いはずだった。
その伝説では神の使いに滅ぼされているが、そんな存在がそこらにいるはずが無い。
「忌々しい奴らめ。死を超越した私の力を見せてくれる。」
一人、虚空に向かって叫ぶヒュルキニス。
本来、まだ町と直接的に敵対していない彼は、和睦を結べばそれで済むはずだったのだが、悲しいことに、彼はそんなことは思いつきもしなかったのだ。
ヒュルキニスは、たった二カ月前までは人間であったのだが、研究一辺倒の魔導士だった彼には他者と話し合うと言う概念は持っていなかった。そして、何も考えずに、森の獣やゴブリン、オークといった在来生物たちを追い出した結果、それらが町へ向かうこととなったのだが、それはまだ誰も知らない。
不死者ヒュルキニスは、敵がいつ来ても対応できるよう待ち構える。アンデッドは排泄も睡眠も不要なのだ。
そして、太陽が二度昇って沈んだ。
「何故、来ぬのか? 今頃私に恐れをなしたか!」
ヒュルキニスは夜空に吼える。
待っている間、減った骸骨兵の補充もしないのだから滑稽としか言いようが無い。
そして、太陽が再び上る頃、人間の子どもがやってきた。
「何だ? 迷子か? 子どもに用は無い。去ね。」
ヒュルキニスは別に、人間を滅ぼそうとか考えているわけではない。積極的に人を殺す理由は無いのだ。去れと言って終わるならそれが一番楽である。
しかし、子どもは彼を嗤い、叫んだのだ。
「ここは私の森。お前が去れ!」
ヒュルキニスは激怒した。超越者となった自分が、子どもに命令されるなど我慢がならなかった。
杖を掲げ、呪を紡ぐ。
杖を振り、子どもに向けて火炎球を放つと、子どもは慌てて逃げ出していく。
「ふん、躾のなっていないガキめ。最初からそうしておれば良いのだ。」
ヒュルキニスは勝ち誇り、逃げる子どもの背中に言葉を投げかける。大人げない引きこもりは、子ども相手に勝ち誇るのだ。
本当に、情けないものである。
裕は討伐隊の本体に戻って報告する。
「攻撃されました。」
隣町からの応援を待ったため、骸骨駆除から二日を開けての親玉討伐である。その先遣として、取り敢えず立ち退き要求をしてみようと裕が出て行ったのであった。
結果は、失敗。もっとも、成功すると思っていた者もいないし、裕の態度は成功させる気があるようにも見えないのだが。
裕の不死者への態度は交渉ではなく、どう考えても挑発だ。
「では、行きます。」
裕は、巨大な岩に重力遮断魔法をかけると、腕力派ハンター数人で浮き上がった岩を押す。
事前の話し合いで裕がハンターたちに提案したのは、上空から巨大質量での攻撃である。
リスクは比較的小さく威力は絶大。上空二〇〇メートルから巨岩を自由落下させれば、地表に到達したときの速度は時速二〇〇キロを軽く超える。
その岩と地面の間に挟まれるのだ。普通の人間であれば、なす術なくぺちゃんこになるだろう。
今回使う岩は、直径が五メートル以上もある。この巨岩の重量は十トンどころではないだろう。マッチョな漢たちが掛け声をかけながら押しても、じわりじわりとしか加速しない。
岩の進行方向を不死者のボスの方へと向けると、ハンター達は獣のいなくなった森を二つのチームに分けて進む。
一つは、残っている骸骨兵の掃討。
もう一つは、敵ボスの気を引き付ける役割。
裕は、岩とともに数百メートル上空を進み、一時間ほどで敵ボス上空に差し掛かっていた。裕は注意深く下の様子を窺うと、ハンター達は順調に進んでいるようだった。
質量攻撃は周囲への影響が少ない。それは、森を破壊する心配が無いということなのだが、外れたら意味が無いということでもある。
裕はタイミングを見計らって、岩の進行方向に水を撒く。魔法ではない。単に水筒の水を撒き散らすだけである。そこを目印に、ハンターたちが敵を誘き出す作戦である。
ハンター達が敵ボスの下に辿り着き、戦闘が始まる。矢を射かけ、魔法を放ち、敵をポイントまで誘い出す。
不死者も反撃してくるが、元が研究一辺倒の魔導士である。戦闘能力などあるわけがないのだ。いや、厳密には高い戦闘能力を有している。身に帯びている魔力は、常人とは比べ物にならないし、膂力も鍛え上げた戦士に匹敵する、
だが、彼自身には戦闘に関する知識が無い。戦い方を知らないのだ。
魔法は放つ前から種類は丸分かりだし、撃つタイミングも方向もバレバレなのだ。
ましてや、勢いよく振りかぶったパンチに当たるバカはここには来ていない。
ハンター達は優勢に戦いを進め、不死者を誘導して。
「計画通り!」
裕は狙いを定めて、岩を落とす。
凄まじい轟音と大地の震えが森中を駆け抜ける。少しの間を置いて、裕もゆっくり下りてくる。
「うまく当たりましたか?」
問う裕に、ハンターたちが首肯する。
「おーい、生きていますかー?」
裕は岩の下に問いかける。
返事は無い。先ほどまで不死者が放っていた禍々しい気配もない。
「終わったのか?」
「俺、何もしていないぞ……」
「まだ骸骨狩りが残っているって。」
半ば呆れながらハンター達が口々に言いあい、骸骨兵の掃討を開始する。
陽が傾き、リーダーが作戦終了の合図を上げる。森の入り口に戻った討伐隊の一団は、互いの無事を確認し、帰路に着く。
途中、裕は魔法の練習と称して陽光召喚を試みた。実際は、これがどの程度の範囲を照らせるのか知りたかったのだ。その結果は、裕の想像を遥かに上回っており、『明かりの魔法』の次元を超えるものであった。
光源の高さにもよるのだろうが、半径数十メートルくらいは完全に昼である。
「明かりです!」
裕は自信満々に言った。
しかし、何故かハンターの皆さんには不評で、裕はツッコミと不満を浴びまくっていた……
翌日、裕は森に伐採に来ていた。
裕以外にも樵が何人か来ているのだが、彼らとは完全に別行動である。
敵のボスを圧し潰した岩の前まで来て、気配を探る。
念のためである。
周囲を見て回るが、岩の下から抜け出したような跡も見当たらない。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」
巨岩の下に向かって手を合わせて念仏を唱える。
圧し潰した上で、成仏魔法を叩き込むとは、裕の念の入れようには恐れ入る。
既に、周囲には清浄な森の気配しかない。ここに不死者がいたと思うことすらないだろう。これでもう大丈夫なようだ。
裕は、安心して木を伐り倒し、町へと帰っていった。
「ただいま帰ったでござるよー。」
裕が四本の丸太を伴って神殿に着くと、神官は呆れた顔をしている。裕の非常識っぷりに、もはや怒る気力も無いようだ。
丸太を作業場に持っていくと、いつも斧を振り下ろしているケンタヒルナがいない。
代わりに、十二歳くらいの子と、十歳くらいの子が二人で薪割りをしていた。いや、二人とも、丸太に斧を叩きつけていた。まるでケンタヒルナのように。
だが、それは断じて薪割りではない!
「ケンタァァ!!」
叫んで裕は頭を抱える。
裕は二人の作業を止めて、正しい薪割りの仕方を教える。鋸や斧の使い方、作業に関して注意すべきこと。一つ一つ、実際にやって見せながら。一通り終わったところで、昼の鐘が鳴った。
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