第6話 弱者とは
戦いの翌朝、裕は神官に揺り起こされて目を覚ました。
裕は戦闘が終わった直後に道端で眠ってしまったのだったが、いま目覚めたのはベッドの上だ。
神官が裕をベッドまで運んでくれたようだ。裕は一瞬の混乱の後、寝過ごした事に気付き、急いで朝食を済ませて薪割りに向かう。
いつも通りで良い。いつも通りが良い。
そしていつも通りにケンタヒルナが斧を振り廻していた。
裕もいつも通りに玉切りを始め、そしていつもとは違って神官が裕を呼びに来た。
神殿の会議室には、現状の把握と今後の方針の検討をするべく、商業組合や魔術師協会、ハンター組合などの有力者が集まっていた。
本来ならば、町の防衛は領主主導で兵を中心に行われる。だが、前回の騒動で領主や兵士の信用は地に落ちているのだ。だれも兵士を当てにしようとはしていない。
加えて、今回は裕の意見も聞きたいということで、神殿が会議の開催場所として選ばれた。
裕が住民たちの先頭に立ってオーガと戦い、勝利していることは既に多くの人に知れ渡っている。
裕が部屋に入り、挨拶をして空いている椅子に座ると、現在の状況を神官が簡単に説明する。
地図の一点を指し示し、そこから指を移動してある箇所を囲んで叩く。
おそらくこの町、そして骸骨兵のいた場所なのだろう。そして口頭で何かを説明する。
神官が説明を終えると、一同は黙っている。裕の発言を待っているのだろうか。
話が分かったのか分かっていないのか、裕は大真面目な顔をして日本語で意見を述べた。
「まず、第一にすべきは町の防衛体制を整える事でしょうか。他の町から応援を呼ぶことはできないでしょうか。そして、何が起きているかの調査が必要です。索敵と遁走に優れた者を数名見繕って、骸骨兵の数、分布範囲、そして可能であれば大量発生の原因を突き止めること。駆除隊を組むのはその後です。」
裕はドヤ顔で喋るが、誰もその言葉を理解できる者はない。
たまらず、恰幅の良い中年の男が怒鳴り声を上げる。多分「何を言っているのか分からん! 分かるように言え!」とかそんな感じなのだろう。
仕方が無いので、裕は地図上の幾つかの町らしき場所を指し、それを集めるようなジェスチャーをしてみる。
要点を絞り、三つのことを何とか表現する。
物資や援軍を集めること。
守りを固めること。
情報を集めること。
たったそれだけのことを説明するのに四苦八苦し、やっと認識の統一が図られたと思われる頃には疲れきっていた。
だが、大人たちの話し合いはそこからさらに深まる。当然である。物資を集めるにしても、街道が無事なのかの確認もしなければならない。
大人たちの話し合いについて行けず、裕は欠伸を漏らす。
それに気づいた神官が、裕を退室させ、議論に戻る。
部屋から出た裕は、見かけない子どもたちを連れたミキナリーノを見つけた。
昨日のオーガ襲来によってさらに孤児が増えていたのだ。ミキナリーノは子どもたちに神殿での生活を教えているようだった。
「私は何も教わっていないような気がするのですが。やはり私は嫌われているのですか?」
ぼやく裕。
実は裕は孤児扱いを受けておらず、半ば見習いの丁稚のような扱いなのだ。
これは最初の襲撃の際に、骸骨兵の一団を一人で浄化したことによるものだった。裕がやったところを目撃した者はいないが、現場の確認をすると間違いようのないことだ。
もっとも、裕はそんなことは完全に忘れ去っていたのだが……
そのため、寝室も孤児とは別で個室を与えられていたのだが、その辺りには裕は全然気づいていなかった。
裕が午後は孤児と一緒に過ごしているのは、裕はいくら何でも幼すぎるし年が近い者と過ごさせた方が良いという判断からなのだ。
柄にもなくショックを受けたのか、裕はとぼとぼと薪割りに戻り、作業を再開するとともに気持ちを切り替え、すべきことを考える。
——
紙の生産、言語の習得、そして魔法。
あの会議では、誰もメモを取ったり議事録をつけたりしていなかった。
恐らく紙は貴重品なのだろう。子どもの勉強に回して貰えるとは思えない。
戦闘中に使用しているところを見たことが無かったからあまり気にしていなかったけれど、治療の魔法は以前に見た。
他にどんな種類があるのだろう? 言葉が分かるようになる魔法なんて無いのだろうか? いや、そんな便利なものがあるなら、とっくに神官が使っているか……
とにかく、まずは紙とペンだ。それの有無で知的活動の効率が全く違う。
紙を作るとすると、製紙の道具は何が必要だっただろうか。木を長時間煮込むための
たしか、和紙は、繊維を柔らかくするのにアルカリ煮するはず。西洋紙は知らん。
そして漉くためのアレ。名称は知らない。知らないことばかりだ。
プレス&ドライには板が必要。
釘ってあるんだろうか? 木を組むのはできなくはないだろうが、サイズが大きくなり過ぎないか心配だ。
——
裕は一度考え出すと止まらない。ああだこうだと考えながら薪を割っていく。
昼食後、裕は思い切って町の外に竹を採りに行くことにした。
町の外とは言え、畑のすぐ外側である。然程の危険は無いだろうと勝手に決めつけたのだ。
最低限として、革装備を身に付け鋸片手に出掛ける。
数時間後、竹を二本伐採し、裕は少し後悔していた。
伐採した竹を運ぶのは思っていた以上に重労働だった。
ぐったりしながら、それでも竹を引き摺って神殿に辿り着くと、神官に怒られた。
どこから現れたのかミキナリーノまでそれに加わるのだった。
たっぷり絞られて項垂れながら竹を作業場に運ぶと、ケンタヒルナが薪割りをしていた。
「コイツ、どんだけ斧が好きなんだ?」
裕は呆れながら竹をカットしていく。
幾つかの長さに切り分け、更に用途ごとに割る。
裕が作業をしていると、神官が三人でやってきたので、また怒られるのかと思ったが、神官達は切り落とされた竹の葉を指してなにか言っている。
「葉っぱ? 私は要らないですよ。」
言って、裕は葉を集めて神官に渡す。
神官達は残っていた葉を全て掻き集めると、裕に礼を言って去って行った。
既に陽は傾きかけている。
夕食までに、残りもやってしまおう。
裕は張り切って竹を割っていった。
翌日、昼食を終えた裕は神官に呼び出された。
どうやら、竹の葉の採取に付き合えということらしい。
準備を整え、二人の神官と昨日の竹林に向かう。
なんと、今日は小型の荷車つきである。
竹林に着いた三人は、竹を伐採しまくる。
地下茎で殖える竹は、一帯全部刈り取ってしまわない限り、来年また生えてくる。
二十八本の竹を荷車に積んで、来た道を引き返していく。
竹を引き摺るよりマシだが、やはり重労働だ。
「今日の晩御飯、大盛りにして貰えないかしら?」
夕食の鐘が鳴り、裕が食堂に行くと神官に欲しい物がないかと問われた。
「肉! 大きいの!」
迷わず即答すると、神官が笑いながら首を振る。
残念ながら夕食の話ではないようだった。
「鍋! 大きいの!」さらに「布! 糸! 紐!」
裕はまだ少々の単語しか分からないが、その中で欲しい物を挙げる。
神官が訝しげな顔をしながらも頷き、裕は嬉しそうに席に着いた。
製紙用の道具の調達が何とかなりそうだと気を良くした裕は、魔法の練習も始めてみることにした。
部屋の中で安全に、かつ他の人にも迷惑が掛からない、害のない魔法。
更に言うならば、神官が使用しているのを見たことがある、すなわちこの世界に存在すると分かっているもの。
照明。
これならば、効果も分かり易いし、人の身に害を及ぼす心配もない。
ということで、裕は光をイメージする。光と言えば太陽だ。その力の一端を呼び出す。
「大いなる太陽、天空にありて昼を司りしもの。その光を以って夜の闇を払え。」
呪文と言うほどのものではない。単に集中とイメージを明確にするために言語化して口にしただけである。そして気合いを込めて力を解き放つ。
「光よ!」
魔法は成功した。いや、大失敗した。
裕の寝室の中は、目を開けていられないほどの、凄まじい白光で溢れていた。
「ぎゃあああああ! 何ですかこれは! 光りすぎです! 物には限度というものがあるでしょう!」
裕は自分の魔法に文句を言う。
根本的に、灯りの魔術とは全身全霊の集中力を以って行使するものではない。しかも、太陽の光を呼び出すものではない。
太陽を以って夜の闇を払え、なんてのは『夜を昼にする』と言っているのと同じである。局地的・一時的なものではあれ、それが実現してしまったのだ。
「もう良いです! ごめんなさい! お天道様、有難う御座いましたあああ。」
裕は泣きながら太陽に謝り、お帰り頂くようお願い申し上げると、光は音もなく消えていった。それは願いが聞き入れられたのか、魔法の効果が切れたのかは定かではない。
室内が再び闇に包まれると、色々な意味で疲れ果てた裕はぐったりとベッドに倒れ込む。
そしてすぐに眠りに落ちて行った。
裕は薪割りをしながら考える。
と言っても、薪割り、というか、玉切りは単調なノコギリ作業なので、考え事をしていることの方が多いのだが。
——
魔法には一体どんな種類のものがあるのか。例えば腕力向上の魔法はあるのだろうか。
しかし、試してみるのは、ちょっと、躊躇われる。
昨夜のように狂った威力で的外れな効果を出してしまったらヤバすぎる。たとえば、心臓が十倍の力で脈打ちだしたら、脳の血管が切れてしまうこと請け合いだ。
鋸や斧の切れ味向上の魔法とかどうだろうか。いや、魔法そのもので木材を切断したりはできないのだろうか。
風や真空の刃ってのは、ファンタジーではよくあるけど、物理的には無理がある。ウインドカッターなんてやりたければ、風で金属片でも飛ばすのが現実的なはずだ。
いやいや、そんなことより魔法と言えば、空飛ぶ魔法だ。大昔から魔法使いや魔女は空を飛ぶものだろう。ついでに仙人・道士も空を飛ぶ……
——
裕は近くの木片が浮くよう念じてみる。しかし、ビクともしない。
当然の結果だ。念力などこの世に存在しない。
ならば、と裕は考える。昨夜は、陽光召喚ができたのだ。それには必ず理由があるはずである。
裕は昨夜したことを必死に思い出す。
分かれば簡単である。昨夜は結果など全く考えずに、過程だけを考えていた。
ということで、裕は早速やってみる。
効果範囲を明確にイメージし、作用を口にする。
「重力遮断、開始。」
木片がスッと浮き上がる。
「重力遮断、終了。」
木片が落ちる。
意外と簡単にできてしまった。上手く制御ができれば重量物の運搬が便利そうである。
ただし、これだけで空を飛ぶことは、恐らくできない。
地球上で重力を遮断した場合、自転の遠心力で飛んで行ってしまう。
それはよく言われていることだが、実はそんなに物凄い勢いでは飛んでいかない。
遠心力の作用は、最も強い赤道でも引力の1パーセントにも満たない微弱なもので、最初は秒速二センチメートル足らずのスピードで浮かび上がる程度である。
空を自在に飛ぶためには、宙に浮いた上で任意の方向に加速する必要がある。それは複数の作用を同時に発現させるということであり、簡単ではないと予想される。
重力遮断された木片は、明らかに秒速ニセンチメートルよりも速いスピードで浮かび上がった。これは、この世界での重力加速度や遠心力は地球とは異なるということである。
万有引力定数が小さいか、この惑星は地球より大きいのだろう。
それらの測定はそのうち行うことにして、裕は次の実験に移る。
「重力九十九パーセント遮断、開始。」
だが、木片は動かない。
「重力九十九・五パーセント遮断。」
「重力九十九・二五パーセント遮断。」
遮断率を変えて試していると99.05%程度で釣り合うようだった。
本当にその精度で遮断率を制御できているのかは不明であるが、裕がその数字をイメージしたときに釣り合っていた。
小さなものではあるが、鍋を買ってもらった裕は紙づくりにも挑戦している。色々足りないながらも一歩一歩確実に進め、六日後に第一段階をクリアした。
できあがったのは、薄汚れてボロボロのボール紙のようなものだが、それでもなんとなく紙っぽい物体ができあがった。
品質が低いのは百も承知である。必要な道具が足りないのだから当たり前なのである。
「板ですよ! 平らな板が無ければ高品質な手漉きの紙はできません!」
裕は誰にともなく叫ぶ。
板は鋸で丸太から切り出すしかない。だが裕の鋸技術では表面がガタガタである。どう頑張っても、平らな板とは到底言い難い代物である。
いくら考えても良い方法が思いつかなかった裕は、石で磨くことにした。ただの根性業である。
そして、魔法でどうにかして木材加工ができないかと実験を繰り返す。
さらに八日後、板の完成を間近にして、裕は神官に木材を無駄にしないよう言われた。何をどう考えても、一番木を無駄にしているのはケンタヒルナなのだが、神官は何故かそれを考えに入れないようにしている。
作業場に積まれた丸太が残り少ないことは裕も知っていたが、それが当分補充されないのだと言う。
突如現れた骸骨兵の大群のため、森に伐採に行けないのが原因であった。そのため、街の門扉の修理・強化の目途も立っていなかった。
他の町から購入するにしても、木材を必要としているのは神殿だけではない。大量の木材を運ぶ手段などないし、大量に買い付ければ値段も高騰する。
「私が森を見に行きます。」
暫く考え込んで、裕は言った。
裕は反対されると思っていたのだが、神官の反応は意外なもので、まずハンター組合に行くよう言われた。骸骨兵の警戒、調査を行っているのはハンター達であり、一番情報を持っているのは彼らである。
裕としても、ハンターの持つ最新情報を得ること自体に異議は無いので、言葉にはまだまだ不安があるが、とりあえず話を聞きに行くことにした。
曰く、骸骨兵はとても数が多く、森からあふれ出している。
曰く、その一方で、一体の力は弱い。ただし、剣や槍などの武器を所持しているため油断は厳禁である。
曰く、骸骨兵の活動は昼夜で変わりはない。
曰く、森の奥には恐ろしい化物がいる。それが骸骨兵の元凶と思われる。
彼らの話を端的にまとめるとこんな程度だった。
彼らの話では分からないことも多く、また、自分の魔法がどの程度戦闘で使えるのかを知りたかったため、裕は出向いてみることにした。
革装備で身を包み、手に持つ武器は斧を選ぶ。神殿を出た裕は、さっそく魔法を発動させる。
「重力遮断九十七パーセント、開始!」
そして、全力で跳んだ。
家や木を軽々と飛び越えながら裕は進み、五分程度で森の手前に着く。
重力遮断をしたからといって、慣性まで消えてなくなるわけではない。体力消費がすくなくなるというだけで、スピードはそこまで出ない。
なお、この世界でいう一分は百九十六秒である。そして十四分で一時間になる。十四進数おそるべし。
森に近づくと、情報通りに、徘徊する骸骨兵が手前にも広がってうろついている。
その手前で裕は重力遮断魔法を終了し、徒歩で骸骨兵に向かっていく。
「目標補足! 重力遮断九十九・五パーセント、開始!」
裕が骸骨兵に向けて魔法を放つと、数十の骸骨兵が浮かび上がった。
裕は平然と歩いて近づき、斧で殴りつけて上向きに吹っ飛ばす。
「なにこれ、便利すぎです。笑いが止まらないですことよ!」
裕は、余りにも一方的な展開に自分で呆れてしまう。宙に浮いた状態で振り廻している骸骨兵の剣や槍など、全く怖くないのだ。普通に歩いて相手の背後を取れる。
そして、斧で殴って上に吹っ飛ばしたらそれで終わりである。重力遮断魔法の届く限界である二百メートル程度まで上昇したら魔法の効果が切れて自由落下が開始される。
二百メートル上空から落ちれば結果は見るまでもない。地面に激突して砕け散るのみである。尚、二百メートルという高さは東京都庁第一本庁舎の展望室と同じくらいである。
裕は余裕綽々で百九十六匹の骸骨兵を倒し、叫ぶ。
「さあ、もっと出てきてください。全部倒して差し上げます!」
さらに骸骨兵を倒すこと百九十六匹とちょっと。いい加減飽きてきた裕が木を伐採してみようかと森に入る。
そもそも、裕が手にしている斧は木を伐るための物であって、戦闘用ではない。
周囲に敵が無いことを確認し、本来の用途で斧を振るう。
何事もなく二本の丸太を入手し、裕は帰路に着く。もちろん、帰りも重力遮断しての移動である。重力遮断すれば、丸太だって軽々と持ち上がるのだ!
裕は、情報収集を主たる目的としていたことは完全に忘れていた。
裕が丸太二本を手に神殿に帰ると、神官に怒られた。
どこから現れたのかミキナリーノまでそれに加わる。
既視感を覚えながらも裕は頑張って説明する。森まで行ったこと。骸骨兵を三百九十二匹倒したこと。それらは意外と簡単だったこと。
話を聞いた神官は怒りながら神殿を出て町に向かっていった。
そして、ミキナリーノはさらに怒りはじめる。興奮しながら裕にクドクドと叱り付けるが、裕はその半分も理解できていない。
小一時間の説教が終わり、やっとミキナリーノから解放され、裕は丸太を作業場に運ぶ。今日は珍しくケンタヒルナの姿が見当たらない。
しかし、裕はそんなことは気にせず、手早く丸太を片付けて手足を洗いに井戸に向かう。
何しろ、夕食の時間が迫っているのだ。
夕食後、裕は呼び出された。
薄暗い部屋に通されると、中には何人かの客人が既に来ていた。
「明かりぐらい点けましょうよ。」
言って裕は光を呼び出した。以前のような陽光ではない。自分の魔法で何故か大きなダメージを受けて、裕は照明魔法を適切に使えるように練習したのである。
今回の魔法は四十ワット程度の蛍光灯の光のイメージである。
「好野裕です。よろしくお願いします。」
軽く挨拶をし、裕が適当に椅子に座ると、男たちが挨拶を返す。
「エミフィルテ。商業組合支部長だ。」
「私はキスエイノム。農業組合支部長をしています。」
「ハンター組合のヘナイチャンだ。以前にもお会いしたな。」
挨拶を終えると、キスエイノムが早速切り出す。
「森で木を伐ってきたというのは本当か? 骸骨兵はどうした? 安全なのか?」
「落ち着いてください。それらが死活問題なのは君の所だけではないだろう。その話は全員が揃ってからだ。」
興奮気味に捲し立てるキスエイノムをヘナイチャンが押さえる。
そういえば、神殿での打ち合わせであるのに、神官もまだ席に着いていない。メンバーが揃ったらまた同じ話を繰り返すことになるのだ。
勝手に話を進めるわけにもいかず、四人は黙って残りの参加者が来るのを待つ。
ほどなく、工業組合支部長のヨロミアスス、魔術師協会支部長ハバラーントが揃って部屋に入ってきた。そして神殿からは神官長が参加する。
一通りの堅苦しい挨拶の後、広げられた地図を指して裕が話を始める。
ミキナリーノの特訓の成果か、裕の話す言葉は前回よりもかなり流暢になっている。というか、少ない単語を並べることしかできなかった彼が、ちゃんと話すことができるほどにまでなっていた。
裕が行ったのは町の南方の森。その北端付近。
森から溢れ街道付近にまで出てきていた骸骨兵を三九二体ほど倒してきたこと。
それでその辺りの敵は一掃されたこと。
森の奥にはまだ大量の骸骨兵の気配があったこと。
しかし、森の入り口周辺での伐採・採集は問題なく可能であったこと。
そして、伐採した丸太を一人で持ち帰られる便利な魔法を使えること。
裕が一通りの説明を終えると、皆、ぽかんと口を開けて間抜けな顔をしている。
一呼吸の後、我に返ってヨロミアススが声を出す。
「その、三九二と言うのは本当なのか?」
「はい、多少の数え間違いはあるかも知れませんが、それくらいです。」
裕が答えると、間を置かずにエミフィルテが次の質問をする。
「街道は安全なのか?」
この質問は、『安全』の言葉の意味が通じずに苦労するが、裕があまり広範囲を見ておらず、街道の安全は改めて確認する必要があるという結論で落ち着く。
「森の中の敵の数はわかるか?」
ウェヌイアスが核心を切り出す。骸骨兵をどうにかしなければ、町は立ち行かない。
しかし、裕の答えは「分からない。とても多い。」の一点張りである。大凡で良いと言われても、根拠のない憶測で変な作戦を立てられたのではたまったものではない。裕は前回のような惨劇はもう見たくなかった。
「運搬の魔法を教えてもらえないだろうか?」
「無理です。」
他の質問がすぐには出てこなさそうなのを見てハバラーントが問うが、裕はこれを即答で却下する。
それでもしつこく食い下がるハバラーントに対して裕は言う。
「言葉が十分には分かりません。間違った魔法は何が起きるか分かりません。」
裕としては実感していることだし、魔術師協会の支部長をしているハバラーントが分からないはずもない。ヘナイチャンにも「しつこい」と言われて仕方なく黙り込んだ。
その後もいくつかの質疑があり、裕の側からの情報提供が終わると、今度は逆に裕が質問をする。
現在の町の防衛戦力、そして、そこから骸骨駆除に出せる兵力。森の偵察の状況、周辺町からの援軍の可否についてだ。
「それでは明日また、今後とるべき策についての話を行おう。」
神官長がそう言って解散しようとするのを、裕が止める。
「ちょっとまってください。私は明日から攻撃します。偵察をしてください。」
地図を示して繰り返すが、いまいち伝わらない。まあ、この言葉ですぐには分かるとは思えないが。
要するに、裕は『陽動を自分がやるから、その間に偵察を進めてくれ』と言いたいのだ。問題は、陽動を意味する言葉が分からなくて説明ができないことだ。
この辺りは紙に図を書いて説明すれば、割と簡単にコミュニケーションできるものである。だからこそ、裕は紙を渇望しているのだ。
身振り手振りをし、駒を動かして、ようやく意図が伝わり、長い会議が終了した。
部屋の中はまるで蛍光灯で照らされているように明るいが、外は完全に夜の闇が広がっていた。裕としては少し暗いと感じているのだが、普通は、照明をここまで明るくはしない。その少々過剰なまでの明るさは、裕の魔力制御が甘いからだと思われていた。
翌朝、食事を早々に終えて裕は神殿を出る。薪割りはお休みである。今日は伐採はせずに、骸骨兵の掃討だけのつもりなので斧は持っていない。荷物は水とパンだけという軽装が重力遮断によってさらに軽くなり、子どもとは思えないスピードで町の中を駆け抜けていく。とはいっても、大人の全速力よりは遅いのだが。
そして、街門を出たところで、呼び止められた。
以前の駆除隊のリーダーだ。そしてもう一人の戦士。何やら二人は裕と一緒に骸骨駆除に行くらしい。見ると二人とも槍ではなく槌矛を持っている。
リーダーの名前はオレオクジオ。もう一人はアミエーニエと名乗った。裕も名乗り、二人にも重力遮断の魔法をかける。
「行きますよ!」
言って跳んだ裕の後を、二人の戦士は子どものようにはしゃいで飛び跳ねながらついてくる。
——何のために高く跳び上がっていると思っているんだか……
裕はため息をついて二人に言う。
「敵に注意して! 遠くまで見て!」
高い位置からの方が遠くまで見通せる。当たり前の話だ。
その利を活かさない裕ではない。
森の手前で重力遮断を解除した裕たちは、森の辺縁部に沿って進んでいく。
その辺りには、裕が昨日倒した骸骨兵の残骸が大量に残っている。足早に、だが慎重に少し進むと、丘の手前に骸骨兵が何体かうろついているのが見えた。
二人のハンターが槌矛を構えて走ると同時に、骸骨兵が空中に浮かんでもがきだす。
「は?」
間の抜けた声を上げて骸骨兵を見ている二人に向かって、裕は笑いながら声を掛ける。
「私の魔法です。」
そして、裕が骸骨兵に近づき後ろから蹴り上げると、骸骨兵は空高く飛んでいく。オレオクジオとアミエーニエが呆けて見上げていると、空の彼方に飛んで行った骸骨兵が落ちてきて地面に激突する。
そこには、先ほど見た骸骨兵の残骸と同じものができあがっていた。
ハンター二人は、これほど楽な戦いは初めてだと苦笑する。もっとも、裕はこれを『戦い』とすら認識していないのだが。
裕の認識は、ただの駆除作業である。
一々倒した敵を数えるのも莫迦らしくなった三人は、片っ端から骸骨兵を倒していく。
「休憩にしませんか。疲れました。」
一時間ほど暴れた後、裕が言う。ハンター二人には反対する理由などない。裕は手頃な岩に腰かけて、リュックからパンを出して口にする。そして空を見上げてぽつりと言った。
「今日も良いお天気ですねえ。」
遠い目をしながらアミエーニエがツッコミを入れる。
「なんかついさっきまで、骸骨が降っていた気がするが……」
「まだまだ降りそうですねえ。」
「そうだな……」
遠い目をしながら、ハンター二人も荷物から携行食を取り出す。
揃って軽く食事をとって、一息つくと、骸骨兵打ち上げ作業を再開する。
ハンターも、最初は大笑いしながら骸骨兵を倒しまくっていたが、慣れるとこんなのはつまらない作業に過ぎない。三人はこまめに休憩を取りながら、無言で駆除作業を進めていく。
一人当たり二百を超えると、数えるのも面倒なものだ。ウンザリする数の骸骨兵を倒し、森の外の駆除作業はひと段落した。叫んでも騒いでも、もう、森の中から出てくる骸骨もいない。
「そろそろ帰りましょうか。」
裕は疲れの混じった声で言う。いくら浮遊の魔法の消耗が少ないとはいえ、百を超える回数を使っていれば疲れもする。
むしろ、そんなにポンポンと使えることの方が驚きだ。
「うぁー、これちょーらくちんだー。」
重力遮断して宙に浮いた裕は、ハンター二人に引かれて運ばれていた。
二人の体力はまだまだ十分に残っている。さすがに鍛えられた大人とただの子どもでは体力は段違いである。さらに言えば、彼らは魔法の一つも使っていないのであるから、裕よりも疲労度が少ないのは当然である。
町に着いた三人は、報告のため、まずハンター組合に向かう。
オレオクジオが受付に行き用件を伝えると、すぐに支部長室に通された。
三人が支部長室に入り、軽く挨拶をする。
「随分と帰りが早いな。」
ヘナイチャン支部長は何故か不満である。
「私の魔法は便利ですから。」
裕は自慢で返してソファーに座る。
ハンター二人もソファーに座り、ヘナイチャンは補佐役に紅茶を出すよう命じる。
「それで、どんな様子なんだ?」
支部長が問う。
「少なくとも七八四匹、恐らく九八〇匹ほどの敵を倒してきました。」
「昨日と合わせて一三七二匹ですね。敵の数、減りました。」
オレオクジオがとんでもない数を言うが、紅茶を口にしながらも裕はさらに足して数字を増やそうとする。
「その骸骨兵はそんなに弱いのか?」
だが、ヘナイチャンには、さっぱり状況が伝わっていない。眉間に皺を寄せて、ぐぐいっと三人に詰め寄る。
「たぶん、普通に戦ったらそんなに弱くはないと思いますよ。ヨシノゥユーの魔法がなければ、一九六匹も倒せていないでしょう。」
「うむ。あんな魔法は見たことがない。」
オレオクジオとアミエーニエが口々に答えるが、ヘナイチャンの眉間の皺は深くなる一方であった。
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