第2話 諦め切れない夢
『忘れたい夢、ありませんか? 頭から離れない悪夢、ありませんか? その夢、私が引き取ります』
こんな怪しいサイトに頼ろうと思った俺はもう、末期だろう。
サイトを開くとまずなぜか言語を選択させられたのち、その文言が大きく表示される。訳がわからずサイト全体を見回すと、下の方に小さく『料金:夢 連絡先:yumenoatesaki@----------.--.--』とも書かれている。
このサイトにどうやってたどり着いたのかは覚えていないが、目の前にはそんな怪しいサイトが開かれていて、俺はいま、それに頼ろうとしている。
どうやっても諦め切れなくて、どれだけあがいても叶わない夢なら、もういっそ忘れてしまった方がマシだ。
『斎藤 響様
ご注文、承りました。2日後、料金を頂きに参ります』
メールはすぐに返信がきた。
ただただ名前と、『夢を忘れさせてください』とだけ書かれたメールには似つかわしい質素な返信だった。
しかし、住所を書いていないのに2日後にくるとは、無茶苦茶だ。
やはり暇人のお遊びサイトだったかと俺はほんの少しだけ落胆して、パソコンの画面を閉じた。
「斎藤響様、でしょうか? ご注文有難うございます。私、夢をいただきに参りましたサイトの責任者、朱里と申します。朱色のしゅに里と書いてしゅり。さて、では、どんな夢を頂けばよろしいのでしょうか?」
午前6時。学校に行くために目を覚ますと、視界の真ん中に着物を着てピシッと背を伸ばした女性が正座をしている姿が映る。
事態がわからずさけびそうになると、朱里と名乗った女性が慌てて口を塞いでくる。
「斎藤様、私は不審者ではございません。ご依頼を果たしに来ただけなのです。どうかご理解くださいませ」
そう言われて、ようやく俺は自分がしたメールを思い出す。
「住所なんて、俺は書いてないはずだ!」
「はい。そこは知り合いの魔法使いにどうにかしていただきました」
訳のわからないことを言いながらニコニコ微笑む朱里は、柔和な表情とは裏腹にてこでも動きそうになく、ため息をつく。
そして、不思議な彼女に、一縷の望みをかけてもいいのではないかと、思ってしまった。
「……本当に、夢を忘れさせてくれるのか」
「はい! 悪夢でも、将来の夢でも、夢と名のつくものであれば全て貴方の中から取り除くことができます。そして、それがそのまま料金にもなります」
「じゃあ、とっととしてくれ。俺は、将来の夢とか言う類の夢を、忘れ去りたいんだ」
投げやりにそう告げると、朱里の表情が急に曇る。
「そんな風に、簡単に手放してよろしいのですか? 確かにそのご依頼はすぐに受けることができます。ですが、失礼ながら貴方はその夢を手放されたくないように感じます」
そう言われて、俺はついグッと息を飲んだが、本当に、もう忘れるしかないのだ。
ついさっき出会ったばかりの奴に、わかる訳ない。
「うるさいな! いいから早くしてくれよ! 学校だってあるんだ!」
そう怒鳴りつけると、朱里は眦を下げて、悲しげな表情を浮かべた。
「承知いたしました」
目を覚ますと、時計がいつもより1時間も遅い時間を指していて慌てる。
「やっば!? 遅刻すんじゃん!」
慌てて飛び起きると、床の上に転がる使い古されたサッカーボールに足を取られる。
「いっ……! なんでこんなもんがここにあるんだよ!?」
それをとりあえずクローゼットの奥に放り込んで、俺は駆け足でリビングへと向かった。
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