第7話 一人眠る八雲
萌彩が去って八雲一人になると、なんだか急に今夜一人でこの部屋で寝なければならないことが怖くなってきた。
「あのお札が気になるな・・」
天井裏にあんなものがあったなんて・・。なんだか幽霊以上に不気味だった。
しかし、他に行く当てもない。友だちの家は、幽霊が出始めた頃から泊まり歩き、友だちには、もう完全にうっとうしがられていた。これ以上友だちのうちに泊めてもらうわけにはいかなった。もちろん引っ越すお金もない。
「おいっ、今夜泊まりに来いよ。酒でも飲もうぜ」
八雲は片っ端から友だちに電話するが、全員に体よく断られた。みんな彼女や大学の課題に忙しいらしい。
「クソッ、友だちがいのない奴らめ」
八雲は携帯電話を叩きつけるように畳の上に置いた。
八雲はその夜、一人いつものように四畳半の畳部屋の真ん中に布団を敷き、恐怖にかられながらも、電気を消し一人横になった。明日も大学がある。寝ないわけにはいかない。
「・・・」
八雲は、闇の中、板張りの天井を見つめる。深夜、アパートの他の部屋もみんな寝静まったのだろう、辺りは不気味なほど静かだった。幽霊が出るには最高の雰囲気だった。八雲は小さく身震いした。
「・・・」
八雲は、昨日、目の前ではっきりと見た、あの幽霊の姿を思い出した。確かにはっきりと八雲は幽霊の姿を見た。幻でも、幻覚でもなかった。やはり、幽霊は存在していた。あの、悲し気などこか儚い整った丸い横顔が、八雲の頭に今もはっきりと焼きついていた。
「かわいかったな・・」
しかし、あらためて見たあの幽霊の子は、舞彩の言う通り、確かにかわいかった。
「俺は何を考えているんだ」
八雲は、そこで我に返り、自分の考えを振り払うように呟き、眠るため無理矢理に目をつぶった。
「なんで、あんなに悲しそうな顔をしていたんだろうか」
しかし、やはりあの子はかわいかった。つい、八雲は気づくとあの幽霊のことを考えてしまっていた。
その後、なかなか寝つけなかった八雲だったが、やはり、一時間も布団の中で悶えていると、段々うとうとしてきた。
何か夢を見ていた気がした。その夢がなかなか思い出せない。そんな夢と現実のはざまを漂いながら、意識の混濁の中で八雲はそれでも布団の中でうつらうつらしていた。
「あっ」
ふと目を覚ました八雲は、その瞬間、何か気配を感じた。慌てて顔を上げる。八雲の枕元の横に、またあの幽霊が座ってた。あの子だった。
「・・・」
八雲はもしかしたら、まだ、夢なのかと思った。しかし、それははっきりと目の前に見えていた。あの丸顔の女の子が着物姿でちょこんと座っている。しかし、この時八雲は、不思議と恐怖を感じなかった。むしろ、恐れるよりも何よりもその幽霊の美しさに見入ってしまった。
「やっぱり・・」
やっぱりかわいかった。透き通るような肌。実際透き通っているのだが、かわいい唇にちょこんと乗った鼻。何とも言えずつぶらな目。現代人とは違う素朴な顔つきなのだが、そこには逆に現代人にはない別のかわいさがあった。
「・・・」
八雲は、怖いのも忘れ、その姿に魅入った。
それからも毎晩、幽霊は出た。だが、八雲はだんだん夜が来るのが楽しみになっていた。はっきりとその幽霊の存在を認識してから、以前感じていたような不気味さや恐怖を感じなくなっていた。幸い、萌彩と舞彩からの連絡はない。なんだか八雲は幽霊退治はどうでもよくなっていた。むしろ、もうこのままでいいような気さえしていた。
幽霊は律儀に、毎度、丑三つ時に出た。そして八雲の枕元に座り、じっとうつむいている。八雲はその姿に安心感すら覚えるようになった。自分がどこか守られているような感じもあった。やはり最初の頃になんとなく感じていた、好意のようなものを八雲はここに来てはっきりと感じるようになっていた。
「おいっ、八雲、お前なんかやつれてねぇか」
大学の同級生の小橋が八雲を見て少し驚いた顔をする。八雲といつもの仲間は、午前の授業前の空いた時間、学食で少し時間を潰していた。
「えっ」
八雲が小橋を見返す。
「お前大丈夫か」
小橋は、よく女にモテるその端正な顔を八雲に近づけ、そんな八雲の顔を覗き込む。
「おお、お前なんかおかしいぞ」
隣りの小柄な長友も八雲の顔を覗き込み眉根を寄せる。
「頬がこけてるわよ」
最近、長い髪をばさりと切り、金髪にして垢ぬけた南が言った。
「目の下にクマなんかできてるし」
南は、自分の化粧道具の中からコンパクトの鏡を開き、見なさいというように八雲に渡す。
「そうか・・?」
八雲は南に渡されたコンパクトの鏡を見る。
「・・・」
確かにやつれたような気がするが、自分では分からなかった。
「お前、なんか病気じゃねぇのか。病院行け。病院。滅茶苦茶やばい顔しているぞ」
小橋が言った。
「別に体はどこも悪くねぇよ」
八雲が言い返す。
「ガンだよガン」
長友が笑いながら言った。
「適当なこと言うな」
八雲が怒る。そこでみんな笑った。
「案外幽霊に憑りつかれてたりして」
筋肉質で格闘好きの加藤が言った。
「あり得るかも。なんかそんな顔してるもん」
白いミニスカートからのぞく足を組み替えながら南が言った。そこでまたみんな笑った。
「・・・」
しかし、八雲は一人笑うことが出来なかった。そんな一人沈む八雲を南がチラリと一瞬心配そうに見つめた。
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