第8話 鍵が開いている

「ん?」

 八雲が大学から帰って来て、いつものようにアパートの自分の部屋の玄関ドアの鍵穴に鍵を差し込み回す。

「あれっ?」

 鍵が開いている。玄関のドアの鍵はいつもちゃんとかけている。

「あれっ?」

 八雲は不思議に思いながら玄関のドアを開けた。

「よっ」

「あっ」

 舞彩だった。その後ろには萌彩もいる。二人が八雲の部屋に勝手にあがっていた。

「何やってんだよ。ていうか、どうやって入ったんだよ」

 八雲は、すぐに靴を脱ぎ、部屋に入っていく。

「おっ、完全に憑りつかれているな」

 だが、舞彩は八雲の言葉を無視して、やって来た八雲の顔を覗き込む。

「えっ」

「お前のそのやつれっぷり。完全に憑りつかれているぞ」

 舞彩が、八雲のやつれたクマの浮き出た顔をしげしげと眺める。

「ほんとやつれましたね」

 萌彩も、後ろから八雲の顔をしげしげと覗き込む。こういうところのしぐさは二人ともそっくりだった。

「そうなのか・・」

 大学の同級生にも言われ、舞彩や萌彩にも言われ、そこまで言われたらやはりそれは確かなのだろう。

「・・・」

 しかし、そう言われてもやはり、自分では実感がなかった。むしろ、自分はあの幽霊に守られている気さえしていた。

「すみません、来るのが遅くなってしまって。色々と文献を調べていたものですから」

 萌彩が申し訳なさそうに言った。

「あのお札の?」

「はい、あのお札は江戸時代のもので、しかも、かなり珍しい種類のもので、なかなか出所が分からなかったんです」

「でも、調べたんだぜ」

 舞彩がどうだと言わんばかりに言った。

「萌彩ちゃんがだろ」

 すかさず八雲が言う。

「うっ」

「で、分かったの?」

 八雲は萌彩を見た。

「はい、分かりました。あのお札は、やはり、簡易的な祠ですね」

「祠・・」

「はい・・、何かを祀っているんです。この場所を守るために」

「この場所を?」

「はい、非常に局所的なものです。あれはとても特殊なお札なんです」

「・・・」

 八雲はあのお札のある辺りの天井を見上げた。

「あの子を祀っているってこと?」

 八雲は再び萌彩を見た。

「分かりません。ただ」

「ただ?」

「昔、ここで何かがあったんです」

「何かって?」 

「それは分かりません」

「だから、今晩、直接訊こうってわけさ」

 舞彩がそこで会話に入って来た。

「直接?」

 八雲が舞彩を見る。

「ああ、幽霊にな」

「・・・」

 なるほど、確かに調べるよりもその方が、かんたんで早い。

「じゃあ、今夜泊まるから」

「えっ」

 八雲は驚いて舞彩を見る。

「と、泊まるって」

 そして、振り返って萌彩を見る。

「あ~あ、今夜も徹夜か」

 しかし、舞彩は、両腕を思いっきり上に伸ばして伸びをすると、もう畳の上に座り込んでくつろぎだす。前回も深夜まで起きて、幽霊を待っていたため、ほぼ徹夜だった。

「深夜料金かっちり払ってもらうからな。というか、お茶ぐらい出せよ。気が利かねぇな」

 舞彩が言った。舞彩は完全にくつろぎモードに入っている。

「いきなり来て何言ってんだよ。しかも、勝手に入って」

「あ、私が淹れますよ」

 そう言うと、萌彩が居間のすぐ隣りの台所に立った。

「お茶っ葉ここですか」

 萌彩が茶箪笥を開ける。

「ああ、うん」

 慌てて、八雲も台所に行く。

「ところで、どうやって入ったの?」

 八雲が萌彩を見る。

「ダメだって言ったんですけど・・」

 萌彩が困ったような顔で舞彩を見た。

「三秒で開いたぜ」

 舞彩がどや顔で言う。

「・・・」

 どうやら、舞彩が八雲が来る前に、玄関のカギを勝手に開けて入ったらしい。

「鍵替えた方がいいぞ」

 舞彩が言った。

「・・・」

 古いアパートで、鍵もかなり昔のものだった。

「まっ、新しくしても開けちゃうけどね」

 舞彩がにやりと笑う。

「お前それ犯罪だからな」

 八雲が舞彩に向かって指をさしながら怒る。

「まあまあ、固いこと言うなよ」

 しかし、舞彩はまったく悪びれる風もない。

「まあまあじゃないよ。まったく」

「そういえば、少しはかたづいているじゃん」

 舞彩が話を誤魔化すように部屋を見回した。

「うん・・」

 八雲の部屋は、前回より、格段にきれいになっていた。八雲は、舞彩たちがまた来る事を考えて、一生懸命部屋をかたずけていた。そして、あの幽霊のことも考えて・・。

「まあ、深夜まではまだ時間はあることだし飯でも食いに行くか」

 舞彩が言った。

「今お茶淹れてるとこだろ」

 八雲がツッコむ。

「いいよそんなの」

「お前が淹れろって言ったんだろ」

 八雲がさらにツッコむ。舞彩は無茶苦茶だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る