第5話 ろうそくが消える

「静かだな」

 舞彩が呟く。部屋は深夜の澄んだ静寂が支配していた。

「深夜だからな」

 当たり前のことを八雲が答える。

「早く出ろよな」

 舞彩が再びイラついて、組んだ腕の先で人差し指をポンポンとしきりに動かし始める。

「でも、そろそろだな」

 八雲が壁に掛かっている古風な振り子時計を見る。時計の針はそろそろ二時を指そうとしていた。

「今日は出ないのかも・・、また明日・・」

「来たな」

 八雲が悲観的な諦めを呟き始めたその時だった。舞彩が突然鋭く言った。

「えっ」

 八雲が驚き、舞彩を見る。それと同時に、ろうそくの明かりが風もなく揺れ、消えた。

「わっ」 

 八雲が驚く。

「・・・」

 そして、訪れた闇の中に薄白い、もや~っとした女の影が、静かに三人の目の前に現れた。

「あ、ああ」

 八雲は驚き、のけぞる。

「で、出た。ほんとに出た」

 八雲が腰を浮かす。しかし、両脇の萌彩と舞彩の二人は落ち着いたままだ。

「ほんとに出るのかよ」

 八雲は、自分の想像通りであったことのうれしさと、実際本当に幽霊が出てしまったことに対するがっかり感との狭間で、複雑に落ち込んだ。

「やっと出たな。待ってたぜ」

 しかし、舞彩はどこかうれしそうに言う。

「よしっ、さっそく、幽霊退治といきますか」

 舞彩は片膝をつき、懐からお札を取り出した。

「まって」

 それを萌彩が止める。

「なんだよ」

 不満そうに舞彩が萌彩を見る。八雲も萌彩を見る。

「あなたは、誰?何がしたいの」

 萌彩は幽霊にやさしく話しかけ始めた。

「・・・」

 幽霊は黙っている。女の幽霊はまだ若く、萌彩たちと同じ十代中くらいだった。しかし、古めかしい着物を着ている。かなり昔の時代に生きていた子らしい。

「あなたの目的な何?」

「・・・」

「あなたはどうしたいの」

「・・・」

 萌彩が話しかけるが、幽霊はどこか悲しそうな表情のまま、うつむいている。

「もういいよ。やっちまおうぜ」

 舞彩が再び立ち上がろうとする。

「君はなんでいつも僕の枕元に座っているんだ」

 その時、今度は八雲が幽霊に話しかけた。

「なんで、いつも僕を見つめているんだ?なんで、そんな悲しい目で・・」

「・・・」

 すると、そこで女の幽霊は、黙ったままま薄っすらと消えていってしまった。

「ほら、もたもたしてるから消えちまったじゃねぇか」

 舞彩がイライラしながら立ち上がった。

「まあまあ」

 多分いつものことなのだろう。萌彩が舞彩をなだめる。

「お前は甘いんだよ。いつも」

 イライラのおさまらない舞彩が萌彩を見下ろし言う。

「だからいつも逃げられちまうんだよ」

「いつもなんか逃げられていないわよ」

 萌彩が冷静に言い返す。

「ううっ」

 それは正論だったらしく、舞彩は黙る。舞彩は口げんかはあまり得意ではないらしい。

「しかし・・、ちゃんと出るんだな・・」

 八雲が一人呟く。テレビなんかだと、こういう時大概出ない。幽霊が出そうな場所まで行って、引っ張って引っ張って結局出ないというのがオチで、それがパターンだ。

「だからいるって言ってんだろ」

 舞彩がイライラを今度は八雲にぶつけてくる。

「なんでいばってんだよ」

「でも、かわいい幽霊でしたね」

 萌彩が言う。

「うん、確かに美人なんだ」

「じゃあ、いいじゃん。かわいいんだから付き合っちゃいなさいよ」

 舞彩が言う。

「無茶苦茶言うな。相手は幽霊だぞ」

「幽霊だっていいじゃない。もう結婚しちゃいなさいよ」

「できるか」

「それで一緒に住んだらもうめでたしめでたしじゃない。そうすれば全て解決でしょ」

「どんなめでたしめでたしだ。解決になってないだろ、全然」

「いいじゃない。幽霊だって」

「憑りつかれたのほっといたら死ぬんだろ。そう言ったのは君たちだぞ」

「うっ」

「まったく適当過ぎるぞ」

「まっ、それはいいとして」

「あっ、胡麻化した」

 八雲が鋭く舞彩を指さす。しかし、舞彩は視線をそらし、明後日の方を見てうそぶく。

「それにしても何が目的なのかしら」

 二人の言い争いの脇で、一人冷静な萌彩が、一人首を傾げる。

「恨みや憎しみは感じなかったけど・・」

「前世の恨みじゃないのか」

 舞彩が言った。

「前世の恨み?」

 八雲が舞彩を見る。

「お前が前世で何かやらかしたんだよ」

「何かってなんだよ。っていうかお前って言うな。俺は一応年上だぞ」

「殺したとか?」

「勝手に決めるな」

「強姦したとか?」

「なんでだよ」

「まあまあ」

 萌彩が間に立つ。

「幽霊よりお前の方が質悪いんじゃないのか。もしかして・・」

 ここに来て、そのことに気付く八雲だった。


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