第3話 八雲の部屋にて

「きったない部屋ねぇ。掃除くらいしときなさいよ」

 古い文化アパートの二階の角にある八雲の部屋のドアを開け、その中を見るやいなや、開口一番舞彩が吐き捨てるように言った。

「いや、来ると思ってないから」

 八雲が言うが、八雲の言い訳など聞く間も与えず、舞彩はどかどかと部屋に入り込んで行く。

「おいっ、靴」

 八雲が叫ぶ。舞彩は土足のまま八雲の部屋に入っていた。

「幽霊が出そうな雰囲気はあるな」

 しかし、舞彩は八雲の声など全く聞こえていないみたいに、そのまま八雲の部屋の畳の上をあちらこちらとと歩き回る。

「おいっ、だから靴」

「やはり、霊気が出ていますね」

「えっ」

 八雲の背後から、萌彩が、なにやら難しい漢字のいっぱい刻まれた、やたらと古い中国の羅針盤のようなものを手の平に乗せながら、八雲の隣りに立つ。羅針盤の中心にある針はゆっくりとだがくるくると回っている。

「微弱ですが、確かに霊気があります」

「いや、あの・・、靴」

 萌彩も土足で入っていた。

「あっ、ごめんなさい」

 萌彩は慌てて玄関まで戻ると靴を脱いだ。

「すみません。つい・・」

 萌彩は、少し顔を赤くして頭を下げる。

「いや、いいんだけど」

 その顔を赤くする感じが、なんともかわいくて、八雲はあっさりと許してしまった。

「まあ、今回はかんたんに片付きそうだな」

 舞彩はそう言いながら、相変わらず土足のまま八雲の部屋の中を歩きまわる。

「だから、靴!」

 さすがに八雲が強く言うと、舞彩はめんどくさそうに靴を脱いだ。そして、それを八雲に投げた。

「なんで俺に投げるんだよ」

「なんでってここはあんたのうちでしょ」

「ああ、そうか」 

 八雲は舞彩の靴を玄関に起きに行った。

「ん?だからなんだ」

 八雲は靴を置く瞬間、理屈の無茶苦茶さに気付き、舞彩を振り返った。しかし、すでに舞彩は別のことに意識がいっていて、八雲のことなど気にもしていない。

「ここが俺の部屋だからって、なんでお前の靴をわざわざ俺が玄関に起きに行かなきゃいけないんだよ」

 八雲が舞彩に近づきながら叫んだ。

「しっ」

 その時、舞彩が、人差し指を口に当てる。

「えっ」 

 八雲は舞彩を見た。舞彩は真剣な表情で何かを見ている。八雲も舞彩の視線の先を見る。そこは天井の片隅だった。

「あそこだな」

「そう、あそこから出てくるんだ。いつも」

 八雲は、なぜ舞彩にそれが分かったのか不思議に思いつつ答えた。

「・・・」

 舞彩は、しばらく黙ってその天井の片隅を見つめていた。

「あそこから霊気が出ていますね」

 萌彩も、八雲たちの横に並ぶと先ほどから手に乗せている羅針盤のようなものを片手に乗せながら、天井の片隅を見上げる。八雲が萌彩の手の上の羅針盤のようなものを見ると、羅針盤の針がさっきよりも激しく回転している。

「しかし、なんかやっぱりいまいち張り合い出ないな。幽霊じゃなぁ。やっぱ やめようぜ」

 舞彩が言った。

「おいっ」

 慌てて八雲が叫ぶ。

「やっぱやめるって、無責任過ぎるだろ」

「だって、幽霊じゃ張り合いないもん」

 舞彩はしれっと言う。

「張り合いの問題なのか」

「そうは言ってもなぁ」

「まあまあ、困ってらっしゃるんだから」

 萌彩が横から舞彩を説得するように言う。

「ふ~ん」

 舞彩は、口を尖らせながらも、とりあえずは納得したように返事をする。

「いつも丑三つ時に出るんですね」

 萌彩が、メモを取りながら八雲に訊く。

「そう、その時間になると、あそこの天井の隅辺りからスーッと」

 八雲が天井を見上げ、端の方を指差した。

「今どきちゃんと丑三つ時に出るなんて律儀な幽霊だな」

 舞彩が天井を見上げながら言う。

「それで、その後はどうなるんですか」

 舞彩を無視して、萌彩が訊く。

「毎晩、僕の枕元に・・、こう、ただ正座して座っていて・・」

「なるほど」

 萌彩は、几帳面に小さな手帳に書き記していく。

「毎晩出るんですか」

「うん、必ず」

「憑りつかれてるな」

 舞彩が言った。

「えっ」

 八雲が舞彩を見る。

「そうみたいですね」

「えっ」

 八雲は今度は萌彩を見る。

「憑りつかれてるの?俺」

「まだはっきりしたわけではないですけど、その可能性が高いですね」

 八雲の慌てる様子とは対照的に、萌彩が落ち着いた様子で言う。

「え、あの、憑りつかれてるって、どういう・・」

 八雲は気が気ではない。

「じゃあ、その時間にまた来ましょ」

 しかし、萌彩はマイペースに舞彩を見る。

「そうだな」

「えっ、帰っちゃうの」

「はい、でも、幽霊の出るその時間になったらまた来ます」

 萌彩が言った。

「いや、でも・・」

「大丈夫ですよ」

 萌彩が励ますように言う。

「そんなに邪悪な感じはしませんから」

「ほんと?」

「はい」

 しかし、その横で舞彩は、天井の片隅を見つめながら、真剣な表情で何かを考え込んでいる様子だった。


「・・・」

 二人が帰り、八雲一人になると、やはりなんだか不安な気がしてきた。邪悪な感じはしないと言われても、やはり幽霊の出る部屋に一人いるのは、んだか気味が悪い。

「あんな幼い女の子に任せて大丈夫なのか・・」

 それになんだか、かわいくはあったが、やはり幼い感じの残るあの子たちでは頼りない感じがする。しかし、他に頼る当てもないのも事実だった。

「・・・」

 八雲は一人、天井の片隅を見つめた。

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