俺の好きな相手は、俺のことを好きじゃない。
あまかみ唯
部室の中にはこの世の喜びと悲しみが詰まっている。
放課後、所属している天文部の部室の中で他の部員を待っている。
今日は全員集合する予定なのに未だに誰も現れずここには俺一人。
まあ全部で5人しかいない小さな部活のうえに、一人は遅れてくるって事前に聞いてるんだけど。
「おはようございまーす」
その時よく通る声を響かせながら、後輩が部室のドアを開けて入ってくる。
パーマをかけたセミロングの髪を今日は一部編み込んでて、はた目に見てもセットするのに時間がかかっているのがわかる。
そして薄いピンク色のカーディガンと短いスカート、よく見ると気付くくらいのさりげなさで塗られたネイルでわかるように陽キャの極みのような女である。
ちなみにネイルは校則違反だし、膝上20センチ以上ありそうなスカートの丈もおそらく校則違反だ。
「げっ、
「おうおう、露骨に嫌そうな顔してくれるじゃねえか、この後輩が」
酷い反応に相応の威嚇をして返したのに、純香は全く意に介さずにテーブルを挟んで斜め前の席に座る。
視線が冷たいのはいいんだけど、せめてリアクションはしてくれねえかな。
寂しいから。
「それで、
もうちょっと後輩らしい反応をしろと思うけどこれがこいつの平常運転。
まあ俺だって慣れたものでわざわざそんなことに怒ったりはしない。
「春樹先輩が来ないなら帰りたいんですけど」
「なら帰っていいぞ、春樹にはそう伝えとくから」
「来るなら帰りませんよっ!」
ちなみに春樹というのは俺の親友で同じ部活のクラスメイトで、フルネームは
俺と違って人当たりが良く、交遊関係が広い八方美人だ。
「光先輩の愛想が人一倍悪いだけだと思いますけど」
「うるせえよ」
それは俺も自覚してるから言うんじゃねえ。
時に真実が一番人を傷付けるということを知らないのかこの後輩は。
「それで春樹先輩はいつ頃くるんですか?」
「ちょっと遅れてくるって言ってたからもう少ししたら来るんじゃねえかな」
「それじゃあ待ちますかねー」
言いながらスマホを取り出す後輩。
来なかったら本気で帰る気だったんだな。
「ところで、
「先生に呼ばれてたので先に来ましたけど、終わったらちゃんと来るって言ってましたよ」
先輩を先輩と思わないような言葉を喋るこいつとは、友人同士なのが信じられないくらい礼儀正しい上に性格も良いし顔も良い美人な後輩だ。
ちなみにスカートの裾はいつも膝下。
「栞ちゃん早く来ねえかなー」
「栞に光先輩が早く来ないか待ってるって伝えてあげましょうか? そしたら今日は来ないかもしれませんね」
「栞ちゃんはそんなことしないだろ、お前と違って」
「どうですかねー、試してみましょうか」
「おい馬鹿やめろ」
それで本当に来なかったら俺の心が壊れちゃうだろ。
「まあ栞も春樹先輩が来るならちゃんと来ると思いますよ、光先輩はともかく」
「うるせ」
と純香に悪態をついて、彼女がスマホを弄り始めたので俺スマホを取り出す。
部室にふたりでいても和やかに談笑が続くわけでもないので、こういう状態になるのはわりといつものこと。
そのままアプリのゲームを起動してタイトルコールが流れると、純香がこちらに視線を向けた。
「あっ、ちょっと、限定クエスト行くなら連れてってくださいよ」
限定クエストというのはこのゲームの一人につき一日の受注に回数制限があるクエストで、報酬が美味いのでなるべく相互の招待が推奨されている。
機嫌が良いときは事前に声をかけて誘うんだけど、今日はめんどくさかったのでノー。
「受け付け時間に間に合ったら連れてってやってもいいぞ」
「今から起動して間に合うわけないじゃないですか」
うん、知ってる。
とはいえ流石にこれで置いていくのはかわいそう、というか恨まれて復讐されるのが怖いので、一回キャンセルして後輩を待ち、一緒にクエストを開始する。
ゲームの内容はパズルゲームで、俺はそんなに熱心にプレイしていないけど後輩は最近熱中していて、やる気にわりと差がある。
「ほら、先輩の番ですよ」
「んー」
促されて画面を見るとたしかに俺の番が回ってきていて、人差し指で画面をなぞる。
そのまま特に会話もなくゲームが進み、クエストが終了してリザルト画面を送ると報酬の画面が輝く。
「あっ、レア素材落ちた」
「ちょっと先輩だけズルいじゃないですか!」
「これも日頃の行いだな」
俺がドヤ顔で後輩を見ると、冷ややかな目でスルーされる。
「馬鹿なこと言ってないでもう一回行きますよ、今度はあたしがクエスト招待してあげますから」
「そんなこと言って本当は手伝いがほしいだけだろ」
俺はこのクエストを一人でクリアできるけど、後輩はまだ一人だと安定してクリアできないのだ。
「違いますよ、あたしが優しさで先輩を誘ってあげてるんです」
「まあそういうことにしておいてやるか」
ということでふたりでクエストを受け、待ち時間の暇に窓の外を見ると『カキーン』と金属バットと硬球のぶつかる音が響く。
「しかし誰も来ねえなぁ」
「そうですねぇ」
遅れるって聞いた二人はともかく、部長も来る気配がない。
部長はこの部で唯一の三年生なので普段なにしてるのかあんまり知らないんだよな。
まあだからといって、こっちから連絡するほどのことでもないけど。
なんて考えながら、バッグから取り出したポ◯キーの箱を開けると、後輩がそれを見て口を開く。
「あたしにも一本ください」
言われて袋から一本抜いて差し出すと、純香が両手でスマホを支えたまま、直接口に咥えてポリポリと噛っていく。
「ありがとうございます。やっぱりポッ◯ー美味しいですねー」
「そうだなー」
純香の口へ短くなって消えていく様子を見ながら、俺も一本咥えて食べ終えると、ゲームの順番が回ってくる。
「お礼にこれどうぞ」
「さんきゅ」
今度は後輩からチ◯コボールをひとつ貰って口に含む。
「キャラメル味食うの久し振りだわ」
「いつもは何味食べてるんですか?」
「いちご」
「あー、いちごもいいですね」
なんていつも通りのしょうもない話をしていると、最後のボスを倒してクエストクリアの画面が表示される。
「素材落ちませんかねー」
「俺はまた落ちそうな気がするけどな」
まあそういう時は大抵いつも気のせいだけど。
「もし落ちたら殴りますからね」
「なんでだよ!?」
「だって先輩に二度も落ちるなんて、あたしの運を奪ってるとしか思えないじゃないですか」
「理不尽すぎる……」
まあ、低確率のレア素材がそんなにホイホイ落ちるわけ無いけど。
「あっ、落ちた」
「ちょっと先輩!」
「いやいや、俺は悪くないだろ」
流石に言いがかりである。
「そもそもお前の方でも落ちるかもしれんだろ」
「そんなこと……」
言ってスマホをタップした後輩が目を輝かせて画面をこちらに向ける。
「あたしもレア素材落ちましたよっ」
「やったじゃん。俺のお陰だな」
「なに言ってるんですか、あたしの日頃の行いの賜物ですよ」
なんて冗談めかして言った後輩が、こちらを向く。
「でもありがとうございます、先輩」
その不意の感謝と素直な笑顔に、俺の心臓が跳ねる。
そしていつか見た、心を打たれた笑顔を思い出した。
あぁ、俺はあの時も、こんな後輩の笑顔を見て好きになったんだ。
その気持ちはたとえ純香が俺の親友に恋をしている今でも変わることはない。
「なあ、後輩」
「なんですか、先輩?」
なにも考えずに口にした呼び掛けに後輩が応えて、俺は言葉に詰まる。
僅かに沈黙が流れ、それを破るように部室のドアが開いて人影が現れた。
そしてその姿に、純香が顔を輝かせる。
「お疲れさまです、春樹先輩!」
「お待たせ、純香ちゃん」
わざわざ立ち上がって春樹を迎えるその姿は、もし犬だったら尻尾が千切れんばかりにぶんぶんと左右に振られる様子が見れただろう。
その対応は明らかに恋する女の子のそれで、おそらく気付いていないのは春樹本人だけ。
はぁ、と気付かれないようにため息をつく。
どうして俺は、俺の親友を好きな後輩に好きになっちまったんだろうな……。
嬉しそうに話しかける純香と、その勢いを受け流しながらも嫌じゃない様子で答える春樹。
本当はその光景を見ているだけでも胸の奥に
それでも俺は純香と一緒にいる時間を失いたくなくてここにいる。
結局こうしてても俺にチャンスがある訳じゃないのにな。
そんな可能性があり得ないことくらい、純香の様子を見ていればわかる。
あいつは本当に春樹のことが好きで、俺の入る隙間なんてないのは、もしも彼女が失恋しても変わらないだろう。
どうして人は、自分以外の相手を好きな相手を好きになるんだろうな。
俺の好きな相手が、俺を好きになってくれたらいいのに。
俺を好きな相手を、俺が好きになれたらいいのに。
そもそも人を好きになるってなんなんだろう。
その答えは、この先いくら考えても、わかりそうになかった。
俺の好きな相手は、俺のことを好きじゃない。 あまかみ唯 @amakamiyui
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