211 彼らは足枷なんかじゃない
時は少々前へと遡る。
「はあっ!」
――ずしゃっ!
「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ――……」
袈裟斬りの一閃とともに中型の竜種をその禍々しい刀身へと取り込んだのは、〝光の英雄〟と呼ばれていた件の男性だった。
イグザたちと別れて以降、彼は仲間たちとともに諸外国を回って警鐘を慣らしつつ、故郷である小国――〝ヴィヴァルク〟へと戻り、そこで来たるべき魔物たちとの戦いに備えた。
決して敵を侮っていたわけではない。
むしろあのような経験をした彼だからこそ、綿密に計画を練り、たとえどんな魔物が攻めてこようと迎撃出来る万全の態勢を以てこれを迎え撃った。
ヴィヴァルクは正面を除いた残り三方向を切り立った崖に囲まれた、まさに〝天然の要塞〟とも言うべき国であり、〝守り〟に関しては城塞都市であるオルグレンにも匹敵すると言われるほどだったのだ。
「はあ、はあ……っ」
にもかかわらず、ヴィヴァルクの町は噴煙に包まれ、一面真っ赤に染まっていた。
聞こえてくるのは人々の悲鳴と、それを掻き消すかのような魔物たちの咆哮。
最奥に控えていたはずの城もすでに半壊状態であり、王や王妃も崩落した城の瓦礫に巻き込まれたという報告を少し前に聞いた。
――そう、ヴィヴァルクは落とされたのだ。
「くっ……」
言わずもがな、原因は想像を遙かに超えた魔物の大群である。
それも全ての種族がいがみ合うことなく真っ直ぐに押し寄せてきたことだった。
その上、やつらは弱点となる属性攻撃や、忌避する罠の類なども一切恐れなかった。
通常ではまずあり得ない魔物たちの行動に、当然従来の策など通じるはずもなく、瞬く間に城門を破られてしまったのだ。
「何故こんな……っ」
ぐっと唇を噛み締め、男性は悔しさに身を震わせる。
だが今は嘆いている場合ではない。
確かに国は滅び、王や王妃も亡くなった。
しかしまだヴィヴァルクの民たちは生き残っている。
ならば足を動かせ!
手を止めるな!
一人でも多くの民たちを救うんだ! と男性は剣を握り直し、再び前を見据える。
が、その時だ。
――ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!
「――っ!?」
『うわああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?』
突如として巨大な黒色の球体……いや、恐らくは術技であろうエネルギー体が轟音とともに飛来し、人々の顔から一切の希望が消える。
それは男性にしても同じで、ただ漠然と飛んでくるエネルギー体を見据えていることしか出来なかった。
あんなものが直撃したら、〝ヴィヴァルク〟という国があった痕跡すら残さず消え去ってしまうことだろう。
今までの必死の抵抗も、散っていった人々の思いも、何もかもが無に帰してしまうに違いない。
「……」
これで、終わりなのだろうか……。
これで……、と男性が無意識のうちに剣を下げた――次の瞬間。
――ずばあああああああああああああああああああああああああああああああああんっっ!!
『――なっ!?』
唐突にエネルギー体が砕け散り、それに連なるかのように空の暗雲と、国中を包んでいた火や噴煙、そして魔物たちすらもが全てまとめて消し飛ぶ。
一体何が起こったのか。
呆然と息をすることすら忘れてしまった男性だったが、驚きはそれだけに留まらなかった。
「!」
次いで空から優しい光が降り注いできたかと思うと、疲労を含めた身体中の傷が一瞬にして癒された上、そこかしこに粒子が集って人の形を成していったのである。
それが今まで魔物たちによって命を奪われた人々だと気づいた瞬間、男性は再び空を見上げ、この奇跡を起こしている〝彼〟の姿に思わず口元を緩めたのだった。
「……なるほど。確かに君は救世主だ……」
◇
「――よし、これでもう大丈夫だ」
《オールリヴァイヴァル》で人々の蘇生と治癒を同時に行った後、俺は先ほどまでエリュシオンがいた方へと視線を向けて嘆息する。
「で、あいつには逃げられたか……」
「よっしゃ、じゃあさっさと追いかけてぶっ飛ばそうぜ。あのおっさんを放っておいたらろくなことになんねえし」
「そうだな。でもその前に一つやっておきたいことがあるんだ」
「やっておきたいこと?」
小首を傾げるティルナに、俺は「ああ」と頷いて言った。
「確かに今の俺なら、たとえあいつがどこにいようとその気配を辿れるし、追いかけるのは正直簡単だと思う。ただオフィールの言ったとおり、追い詰められた今のあいつは、何かろくでもないことを考えていそうな気がするんだ」
「そうね。今までの彼の行動から考えて、最悪私たちどころか、この世界の全てを道連れにしかねないわ」
「うん、その可能性が高い気がする。だから俺はこれから全ての町や村に《オールリヴァイヴァル》と結界術をかけて回ろうと思う」
「す、全ての町や村って……。で、ですがそうなるとかなりの時間を要することになるのでは……?」
「大丈夫。人の気配で大体の場所は把握しているから、一回の移動に数秒もかからないと思う。たださすがに数が数だし、皆の力を俺に貸して欲しい」
「無論だ。具体的に私たちは何をすればいい?」
「俺が術をかけたあとに現状の説明と、出来れば付近の人々を結界術のかかった町や村に避難させるよう協力を求めて欲しいんだ」
「ふむ、それで全ての人間と亜人どもを守るつもりか?」
「ええ、そうです」
素直に首肯した俺に、トゥルボーさまは「非情だと思うかもしれんが」と前置きして言った。
「どうせ蘇生させるのであれば、今は捨て置き、あの亜人を倒したあとにした方が効率がよいのではないか? やつにも言われたであろう? 誰かを庇おうとするその思いこそがそなたらの弱点なのだと」
「……そうですね。確かに言われました」
事実、彼らを庇ったことでエリュシオンにも逃げられている。
トゥルボーさまの指摘は実に的を射ていると思う。
けれど。
「でも、だからこそです。俺はあいつになんの罪もない人たちが〝足手まとい〟だとか〝弱点〟だって言われているのが正直気に入らない。だから見せつけてやりたいんです。彼らの存在は決して足枷なんかじゃない。それを背負っているからこそ俺たちは強いんだってことを」
「なるほど。ゆえにわざわざ結界術で力を割き、蘇生までしてやると?」
「ええ。たとえ故郷を焼かれたとしても、皆の大切な人たちが生きていれば希望はなくなりません。マグリドの人たちがそうだったように、また皆で頑張ろうという気持ちになれるはずです」
そう力強く頷いた俺に、トゥルボーさまはふっと納得したように言った。
「そうか。そこまで言うのであれば我が言うことは何もない。ならば全力で守り切るがよい」
「ええ、もちろんです!」
ぐっと力強く拳を握る俺だが、この時はまだ知らなかった。
この決断こそが、後に俺たちの運命を大きく左右することになるということを。
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