《閑話》聖者サイド6:創世樹


「はあ、はあ……がふっ!?」



 どさり、と地に片膝を突きながら、エリュシオンは肩で大きく息をする。


 なんとか移動術を使ってこの〝聖者の隠れ家〟へと逃げ果せたのはいいものの、よもややつらがあれほどの成長を遂げているとは思わなかった。


 いや、むしろ未だに理解が出来ていない。



「何故やつらがこの俺を上回る……っ」



 エリュシオンが手に入れたのは紛う方なき神々の力。


 それも全てを束ねた最強の力のはず。


 なのにそれを搾りカス風情と、たかがレアスキル持ちの女どもを取り込んだただの人間如きに打ち破られた。



「何故だ……っ」



 ぎりっと唇を噛み締め、エリュシオンは憤りを露わにする。


 あの男の成長速度が化け物並みだというのは理解している。


〝不死〟というのもその一つの要因なのであろう。


 だがそれでもやつはただの人間。


 神々の力の一端を得ただけの取るに足らない存在だ。


 それが何故唯一無二の〝完全なる神〟となった自分を上回ったのか――エリュシオンにはそれがまったく理解出来なかった。


 まさか本当に〝絆〟の力だとでも言うのだろうか。



「くだらん……っ。〝絆〟など……〝仲間〟などと……っ」



 ぐっと血が滴るほどに拳を握りつつ、「だが……」とエリュシオンは独りごちる。



「確かに物量で押し負けたのは事実……っ。であればこちらも相応の物量を以てやつらをねじ伏せるしかあるまい……っ」



 しかしただの魔物どもでは、たとえどれだけぶつけたところであの浄化の力の前には無力だろう。


 それは魔族どもにしても然りだ。


 とはいえ、新たな魔族を生み出せるような力も時間もエリュシオンには残ってはいない。


 となれば現存する魔物どもを全て取り込むのが最善の策。


 その膨大なる力を以てやつら自身をもこの身に取り込んでくれる。


 たとえあの男が太陽の如く〝汚れ〟を焼こうとも、宇宙の闇の前ではただの小さな光の点にしか過ぎないのだから。



「待っていろ、救世主……っ。貴様の言う〝絆〟の力とやらが、いかに無力かということをその身を以て教えてやる……っ」



      ◇



 そうしてエリュシオンが向かった先に聳えていたのは、青々と茂った葉をどこか寂しげに風に揺らしている一本の大樹だった。


 大地の〝汚れ〟を取り込み、浄化する生命の樹。


 そう、テラが依り代としていた〝世界樹〟である。


 エリュシオンは考えていた。


 この状況でどうやってやつらの追撃を躱しつつ、世界中の魔物どもを取り込むのかを。


 その答えがこれだ。



「クックックッ、よい置き土産をしてくれたものだ……っ」



 世界樹を見上げ、エリュシオンが薄らと口元に笑みを浮かべる。


 この大樹は世界中に張り巡らされたエネルギーの流道――つまりは〝地脈〟を通じて〝汚れ〟を吸い上げて浄化する。


 地脈は毛細血管のように世界を包む、言わば〝根〟のようなもの。


 たとえ人知の及ばぬ深き海の底であろうとも地脈は必ず存在する。


 文字通り〝世界を統べる樹〟――それがこの世界樹なのだ。



「感謝するぞ、女神テラ……っ。貴様の人間どもを思う愚かな心が――この俺に〝救世主の抹殺〟という最高の絶望を果たさせてくれるのだからなッ!」



 ずどっ! とエリュシオンの突き出した手刀が世界樹の幹に深々と食い込む。


 すると、エリュシオンの身体がずずずと世界樹に取り込まれていった。


 いや、〝取り込まれている〟のではない。



 ――〝融合〟しているのだ。



 エリュシオン自身が世界樹となり、地脈を通じて全ての魔物どもを取り込むために。


 ごごごごごっ! と大地がうねるように轟き、世界樹がさらに天へとその幹を伸ばしていく。


 だがそれはもう先ほどまでの雄々しく生命力の漲っていた世界樹の姿ではなかった。


 大きく、太く、幹は成長を続ける代わりに、青々と茂っていた葉を全てゴミのように捨て去っていったからだ。



 ――めきめきっ!



 そうして幹が象っていったのは、人の上半身と思しき造形。


 額に二本の角を生やし、背に備わるのは八枚の翼。



「――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」



〝創世樹〟――〝ハデス=エリュシオン〟であった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る