212 故郷


 そうして俺たちは世界中を飛び、ラストールのような大国から山間の小さな村まで実に様々な場所を回った。


 もちろんベルクアにはザナ、ノーグにはシヌスさまなど、縁のある場所にはそれに連なる女子たちに赴いてもらい、現状の説明や協力要請なども円滑に行った。


 アイリスたちもかなり頑張ったようで、珍しく泣きながらザナの胸元に飛び込んできたらしい。


 よほどぎりぎりの状態だったのだろう。


 間に合ってよかったと本当に思う。


 やはり俺の選択は間違ってはいなかった。


 たとえ結界術に浄化の力の大半を持っていかれることになったとしても、そんな状態の彼女たちを放っておくことなど出来なかったからな。


 ほかの町の人たちや、亜人たちも皆満身創痍だったって言うし。


 ちなみにラビュリントスのポルコさんたちは地下に隠れていたおかげで難を逃れたらしく、説明に訪れたオフィールの胸元に飛び込もうとして彼女にぶっ飛ばされたらしいのだが、あの人は一度マジで焼いておいた方がいい気がする……。


 ともあれ、そんな感じで移動を続けていた俺たちだったのだが、



「……」



 とある村の上空でふと足を止めていた。



 決して豊かとは言えない辺境の小さな村――〝トピア〟。



 そう、俺とエルマの生まれ故郷である。


 こんな小さな村でもやはり魔物の襲撃があったらしく、ところどころにその爪痕が残っていた。


 俺の家も多少の被害を受けたようだが、父さんと母さんは無事なのだろうか。


 一応 《オールリヴァイヴァル》もかけてあるし、生きているとは思うのだが……。


 と。



「ここはあたしが行くわ。おじさんたちの様子も見てくるから、あんたは気にせず次の場所に行ってちょうだい」



 ふいにエルマがそう言いいながらごうっと姿を現す。



「いいのか?」



「ええ。あんたにはあんまりいい思い出のある場所じゃないでしょうしね」



 まあほとんどあたしのせいなんだけど……、と気まずそうに視線を逸らすエルマに、俺はふっと微笑んで言ったのだった。



「ありがとう。じゃあ頼むよ、エルマ」



「ええ、分かったわ」



      ◇



 イグザが次の場所へと向かっていったのを確認した後、エルマは炎の翼を羽ばたかせながら村の中央へと下りていく。


 すると、それに気づいたらしい村人たちから次々に驚きの声が上がった。



「おお、エルマだ!」



「エルマが帰ってきたぞ!」



「俺たちの聖女が村を救ってくれた!」



「おかえり、エルマ!」



 そして一斉に駆けてた村人たちによって、エルマはあっという間に周りを囲まれる。



「「エルマ!」」



 当然、その中には両親の姿もあり、二人は村人たちを掻き分けるようにしてエルマのもとへと近づいてくる。


 本当はそのまま抱き締めたかったのだろうが、今のエルマは背に炎の翼を生やした状態ゆえ、どうすべきか躊躇したようで、ならばとエルマも話を始める。



「ただいま、パパ、ママ。二人とも無事で本当によかったわ」



「あ、ああ、お前のおかげだ。てっきり母さんを庇って死んだものだとばかり思っていたんだが、お前の治癒術のおかげでこのとおり傷も全快している」



「本当にありがとう、エルマ……」



 涙ぐみながらお礼を告げてくる母と、彼女の肩をそっと抱く父に、エルマは「いえ、違うの。それはあたしじゃなくて――」と首を横に振って言う。



「――おお、帰ってきたか、聖女エルマよ!」



「!」



 だがその時、再び村人たちを掻き分けるように村長が姿を現し、彼の後ろにはイグザの両親の姿もあった。


《オールリヴァイヴァル》のおかげか、見た感じ二人とも大事はないようだ。



「お久しぶりね、村長さん」



「うむ、そなたも元気そうで何よりじゃ。そして皆を救ってくれたことを心より感謝する。よもやこれほどの奇跡を起こせるまでに成長を遂げていたとは……。さすがは村の希望――聖女エルマじゃ!」



『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』



 村長の言葉に皆が歓喜の声を上げる。


 以前までのエルマであれば、この称賛を喜んで受け入れていたことだろう。


 自分は聖女なのだから、特別な存在なのだからと、それを支えていてくれた人のことを忘れて一人で舞い上がっていたに違いない。


 こうして戻ってきた今だからこそ分かる。


 だって彼らの口からは、エルマの側にずっといたはずのイグザの〝イ〟の字も出てこないのだから。



「……あのね、皆に聞いて欲しいことがあるの」



『?』



 ゆえにエルマは静かな口調で語り始める。



「確かにあたしは以前よりもずっと成長したわ。女神さまたちの力だって授けてもらったし、聖剣も聖神器に進化した。今だって神さまの力を手に入れたすんごい強いやつと戦い続けている。でもその中心にいるのはあたしじゃない。こうして皆の命を救い、村に結界術を張って守ってくれているのは――」



 そこで言葉を区切ったエルマは、イグザの両親を見やって言った。



「ほかでもないあなたたちのご子息なんです、おじさん、おばさん」



『――っ!?』



 一体どういうことなのかと困惑する一同に、エルマは肩を竦めながら続ける。



「話せば長くなるけど、あたしは一度あいつに見放されているの。まあ当然よね。ずっと支え続けていてくれたのに、無能だなんだと馬鹿にし続けてきたんだから。そりゃ愛想も尽かされるわよ」



『……』



「で、あたしと別れたあいつはほかの聖女たちを仲間にしたどころか、女神さまたちの心さえ動かして、今となっては創世の神さまにすら匹敵する史上最強の英雄になった。むしろ〝救世主〟の方がいいかしら? 皆そう呼んでるしね」



「救世主……。じゃ、じゃがあやつの、イグザのスキルはそなたの《剣聖》に遠く及ばぬ最底辺のものじゃったはずじゃ!?」



「そうね……。確かにあたしもそう思っていたわ……。聖女であるあたしのダメージを引き受けるだけの弱っちくて使えないスキルだって……」



「な、ならば……」



「でもたぶん違うのよ」



 そうエルマは首を横に振って言う。



「あいつが《身代わり》を与えられたのは、単にあたしを守るためだけじゃない。苦しんでいる誰かの痛みを代わりに背負えるやつだったからこそ、あいつはあのスキルを与えられたんだと思うわ。だってそうじゃなきゃ、こうして自分が不利になるのを覚悟で世界中の人たちを守ろうとなんてしないでしょ?」



『……』



 エルマが上――つまりは〝結界術〟を指差しながら言うと、村人たちの間になんとも気まずそうな空気が漂う。


 そりゃ村人全員で〝聖女に尽くせ〟と彼の気持ちを蔑ろにしてきたのだから当然だろう。


 イグザの両親も申し訳なさそうに肩を寄せ合っていた。


 そんな中、エルマは小さく息を吐いたかと思うと、再び肩を竦めて言った。



「で、まあそういうわけだから、全部終わったらちゃんとあいつにお礼なり謝罪なりを言ってあげてちょうだいな。今のあいつならきっと笑って許してくれると思うわ。あたしが言うのもなんだけど、あいつ凄くいい男になったしね」



「……そうじゃな。今思えば、あやつには少々辛く当たりすぎていたのやもしれん」



「そうね。あたしなんて見事に〝パワハラ聖女〟だったしね。でもこうして許してもらって、今は仲間として背中を預けてもらっているわ。だから真摯に謝ればきっと許してくれる。あいつ、優しいから大丈夫よ」



「うむ、分かった。では一足先に伝えておいてもらえると助かる。トピアの村一同から〝すまなかった〟――そして〝ありがとう〟と」



「ええ、分かったわ。しっかり伝えておく。じゃああたしは戻るから、皆は絶対にこの中から出ないようにね。もし外に誰か出ているなら急いで連れ戻してちょうだい。久しぶりに皆に会えてよかったわ」



 そう微笑みながら告げ、エルマの姿はごうっと風の中に消えていったのだった。

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