208 たった一人の心優しい女の子
ばちばちっ! と互いに火花を散らしながら鍔迫り合う中、エリュシオンが声を荒らげて問うてくる。
「何故 《断絶界》から戻ってこられた!? 俺の計画は完璧だったはずだ!」
「そうだな。確かに完璧だったんだろうよ。俺たちもパティがあんたに成り変わってるとは思いもしなかったからな」
「そうだ! そのためにやつには気配すら欺ける異能――《
「そんなの決まってるだろ? ――あんたが〝人間を見下してた〟からだよ」
「なんだと……っ!?」
意味が分からないとばかりに眉根を寄せるエリュシオンに、俺は告げる。
「だから見抜けなかったんだよ。気にかける価値もないゴミのような存在だと決めつけていたから。聖女たちや女神さま方以外の普通の女の子にもフェニックスシールが刻まれてたってことをな!」
がんっ! とやつを弾き飛ばすも、直後に再び刃を振るってきて鍔迫り合う。
「馬鹿な!? 貴様の紋章は聖女どもを強化するために発動されたはずだ!? 何故ただの人間如きにそれが刻まれる!?」
「そりゃ彼女も俺の嫁なんだから刻まれるのは当然だろ?」
「ふざ、けるなッ!」
――どぱんっ!
「ぐっ!?」
憤りに身を任せて俺を蹴り飛ばしたエリュシオンは、そのまま太刀にどす黒いオーラを纏わせて振り下ろした。
「砕け散れッ! ――エンドオブゲヘナッ!」
――ぶうんっ!
ドワーフの里で使ってきたやつの必殺剣である。
が。
――がきんっ!
「ぬうっ!?」
俺はそれを進化した〝拳〟の聖神器で受け止める。
当然、エリュシオンは唖然と両目を見開いて言った。
「何故斬り裂けぬ!? 一度は貴様の身体を両断したはずだ!?」
「ああ、そうだな。確かにあの時はヒヒイロカネ製のフェニックスローブごと見事に真っ二つにされたよ。でもあんたのそれは〝汚れ〟を纏わせた一撃なんだろ? ならたとえ女神さま方の力があろうとも今の俺には効かねえよ。よく目を凝らして見てみろ」
「何っ!?」
未だ左腕でやつの一撃を受けながらそう告げる。
「これは……っ!?」
どうやらエリュシオンも気づいたらしい。
すでにその刀身に〝汚れ〟など一片も存在していないということを。
「まさか貴様……っ」
「ああ。あんたの纏わせた〝汚れ〟はとっくの昔に浄化済みだ!」
――どばんっ!
「ぐおあっ!?」
最上位武技にも匹敵する右拳を容赦なくその身体へと叩き込む。
神の力を得ただけあって遠距離からの浄化は効かなかったが、さすがに直接叩き込んでやれば多少の効果はあったらしい。
まあ散々魔物たちを取り込んできたのだからそれも当然だろう。
「ぐっ……」
苦悶の表情を浮かべながらこちらを睨みつけてくるエリュシオンに、俺は「それとな」と語気に憤りを孕ませて言った。
「ふざけてんのはてめえの方だ、このクソ野郎。何度も人の嫁を泣かせやがって。てめえにとってはただの人間如きかもしれねえけどな、俺にとっては何よりも大切な人なんだよ。だからこそフェニックスシールが刻まれたんだ――その〝絆〟の証としてな」
「絆の証、だと……っ!?」
「ああ、そうだ。そしてそれが俺を……いや、俺たちを再びこの世界へと立たせてくれた。一体どんな気持ちだ? 神さま気取りのクソ野郎。てめえの考えた完璧な計画とやらが、たった一人の心優しい女の子にぶち破られた気分は」
「人間、風情が……ッ」
びきびきと額に青筋を浮かべながら、エリュシオンがその禍々しい太刀を構える。
ゆえに俺も〝拳〟の聖神器から〝剣〟の聖神器へと型を変えて言った。
「その人間風情に負けたんだよ、てめえはな」
「黙れッ! その減らず口を二度と利けないようにしてやるッ!」
ごうっ! と身体中から闘気を迸らせながら、エリュシオンが流星の如く突っ込んできたのだった。
◇
一方その頃。
「――ファランクスブローッ!」
――どばああああああああああああああああああああああああああああああんっ!
『ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?』
ずずんっ、と城門付近に死骸を積み上げていく魔物たちを、アイリスは息も絶え絶えに城壁の上から見据えていた。
「はあ、はあ……うっ!?」
が、堪らずどさりと地に両膝を突く。
一体今までにどれだけの魔物たちを屠ってきただろうか。
倒しても倒しても一向に減る気配のない彼らの侵攻に、もはやアイリスを含めた妹たちの体力は限界を迎えようとしていた。
ほかの兵たちにしてもそうだ。
自国の防衛のみならず、ラストールからの避難民を守りつつ戦い続けているのである。
すでに気力、体力ともに限界であった。
このままではラストール同様、ベルクアが落ちるのも時間の問題であろう。
「一体どうすれば……」
ぐっと唇を噛み締め、アイリスは項垂れる。
こんな時にイグザたちがいてくれたらと溢れ出しそうになる涙を懸命に堪えていた――その時だ。
『――グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
「……えっ?」
一部ではあるものの、突如魔物同士が互いを攻撃し始めたではないか。
今まで完璧に統率がとれていたのに何故……、と呆けていたアイリスだったが、ふと彼女の脳裏に愛しい〝彼ら〟の姿がよぎる。
「まさかイグザさんたちが……?」
いや、きっとそうに違いない。
ならばここが最後の踏ん張りどころだ。
「ぐ、うぅ……」
そう歯を食い縛り、アイリスは疲弊しきった身体に鞭を打って再び立ち上がったのだった。
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