207 讃えられるべき者


 時は少々前へと遡り、俺たちの一撃が飛竜種ごと周囲の暗雲を吹き飛ばした直後のこと。



「イグザ、さま……?」



「間に合ってよかった。お怪我はありませんか? カヤさん」



 呆然と佇んでいたカヤさんに俺がそう笑いかけると、彼女はその宝石のような双眸に涙を浮かべ、「イグザさま!」と俺の胸元へ飛び込んできた。



「おっと」



 なので俺もカヤさんを優しく抱き止める。



「イグザさま……っ。イグザさまぁ……っ」



 よほど怖かったのだろう。


 彼女はその華奢な身体を小刻みに震わせながら、俺の名を呼び続けていた。



「大丈夫。俺はここにいます。カヤさんが無事で本当によかった」



 そんなカヤさんを安心させるように優しく頭を撫でてあげると、彼女は悔しそうに首を横に振って言った。



「ですが、ですがおじいさまが……町の皆さまが……っ」



 相変わらず優しい人だな、と俺は思った。


 自分が襲われそうになったこの状況でもなお、真っ先に他人のことを思いやれるのだから。


 こんな優しい人をいつまでも悲しませておくわけにはいかない。



「大丈夫です」



「……えっ?」



 だから俺は彼女に微笑みかけながら言った。



「町長さんも町の皆さんも、全員俺が救います。なので少しだけ離れていてください」



「イグザさま……?」



 困惑した様子のカヤさんにゆっくりと頷き、俺は彼女に背を向けてマグリドの町を見下ろす。



 そして未だ町を蹂躙し続けている魔物たちに右手をかざして言った。



「――消えろ」



 ――ばしゅうううううううううううううううううううううううううっ!



『――なっ!?』



 一瞬にして町を包んでいた火とともに全ての魔物が光の粒子になり、カヤさんたちが驚愕に目を見開く。


 最中、俺はさらに続けて言った。



「範囲完全蘇生――〝オールリヴァイヴァル〟」



 しゅいいいいいいいいいいいいいいいいんっ! と今度は光の粒子が集い、人の形を象っていく。


 それらはやがて完全な人としてそこに再誕したのだった。



      ◇



 人々の泣いて喜ぶ声がそこかしこから聞こえる中、カヤさんに連れられ、見覚えのある老人がこちらへと近づいてくる。



「お久しぶりです、町長さん」



 そう、彼女の祖父であり、このマグリドの町長を務めている男性だ。


 ヒヒイロカネの生成時にもお世話になっているので、俺としては割とフランクな感じでご挨拶をさせてもらったのだが、



「お、おお……。なんと神々しいお姿……。やはりあなたさまは我らが神――ヒノカミさまの化身だったのですね……」



「えっ?」



 何故かめちゃくちゃ平伏されてしまい、思わず目を瞬いてしまった。



「い、いや、あの……」



 とりあえず頭を上げてもらおうとしたものの、



「ヒノカミさまだ……」



「やはりあのお方がヒノカミさま……」



「ヒノカミさまが我らをお救いになられた……」



「ヒノカミさま……」



 ぞろぞろと島民たちが町長さんに続いてひれ伏し始め、恐らくは島外の冒険者であろう方々も「あれが神……」と全員が俺に跪いていた。



「……」



 え、どうすんのこれ……?


 俺は別にそんな平伏して欲しかったわけじゃないんだけど……。


 困ったなぁ……、と俺が頭を掻いていると、



「――否ッ!」



『――っ!?』



 突如イグニフェルさまの声が辺りにぴしゃりと響き渡り、俺を含めた全員が目を丸くする。



 ――ごごうっ!



『わあっ!?』



 すると次の瞬間、俺の身体から出でた炎が一度不死鳥の形となって人々の頭上を羽ばたき、そしてイグニフェルさま本来の姿となってその横に降り立ち、言った。



「我が名はイグニフェル。創世神の片割れ――創まりの女神オルゴーの半身にして〝火〟の元素を司りし者。つまりはそなたらの言う〝ヒノカミ〟というやつだ」



『――っ!?』



 ざわざわと人々の間に動揺が広がる中、イグニフェルさまは続ける。



「そしてそなたらが我だと思い込んでいたこの者の名はイグザ。元はそなたらと同じ人の子ゆえ、断じてヒノカミなどではない」



 どうやら俺の意を汲んで事情を説明しに現れてくれたらしい。


 それでも融合状態が解けていないのは、恐らくスサノオカムイの力によるものだろう。



「で、では我らをお救いになられたのはヒノカミさまではないと……?」



 ヒノカミさまを信仰している町長さんたちにとってはショックだったかもしれないが、まあそれも致し方あるまい。


 ああ、そうだ、と大きく頷き、イグニフェルさまは言った。



「確かにこの者はそなたらの信ずるヒノカミではない。が! 我ら五大神と七人の聖女たち、そして終焉の女神フィーニスを従える紛う方なき救世主である!」



『!』



 ……うん?


 あれ、ちょっとイグニフェルさま……?



「ゆえに讃えるべきはヒノカミにあらず! ここに立つまことの救世主――〝イグザ〟の名を讃えよ! それがヒノカミたる我の意思と知れ!」



『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』



 イグニフェルさまの言葉に呼応するかのように人々が歓声を上げる。



「イグザさまー!」



「ありがとうございます、イグザさまー!」



「イグザさま万歳ー!」



「イグザさまー! マグリドを救ってくれてありがとうー!」



「い、いや、ちょっと……」



 そして大イグザコールが沸き起こる中、俺は唖然とイグニフェルさまを見やる。


 すると、イグニフェルさまはにっと不敵な笑みを浮かべてこう言った。



「やはり讃えられるべき者が讃えられるというのはなんとも心地のよいものよな。それが我が夫となればなおさらのこと。うむ、まさに〝内助の功〟というやつであろうな」



「いや、〝内助の功〟って……」



 そう半眼を向ける俺に、イグニフェルさまはいつも通り鷹揚に笑って言った。



「はっはっはっ、まあよいではないか。そなたは人の笑顔を見るのが好きなのであろう? であればここには笑顔が溢れておる。そなたに向けられた人々の笑顔だ」



「!」



 イグニフェルさまの視線を追った先で俺の視界に入ってきたのは、確かに俺に向けられたであろう大多数の笑顔だった。


 ……そうだな。


 うん、こういうのもたまにはいいかもしれない、と胸に熱いものを感じた俺は、イグニフェルさまにお礼を言う。



「ありがとうございます、イグニフェルさま」



「うむ、よい。それより分かっておろうな?」



「ええ。こんな素敵な笑顔を壊すわけにはいかない」



「ああ、そのとおりだ。ならば全力で迎え撃つぞ」



「はい!」



 そう力強く頷き、俺はここに向けて真っ直ぐ飛んでくる忘れようもない気配――エリュシオンを迎え討つべく大空へと翔上がったのだった。

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