204 毒牙と16番目の嫁


「――はっ!?」



「うん? なんじゃ、いきなり不細工な顔になりおって」



 その頃。


 ミノタウロスの里で作業中だったナザリィは、突如愕然と固まり始めたポルコに半眼を向けていた。


 どうせまた好みの人妻でも見つけたのだろう――そう嘆息し、ナザリィが再び手を動かし始めると、ポルコが青ざめた顔で言った。



「い、いえ、何故か一瞬聖女さまがあのお胸でお色気をむんむんにしようとしているお姿が頭を過ぎりまして……。も、もしや御身に何かあられたのでは……っ!?」



「いや、むしろ何かあったのはおぬしの頭の方じゃろうが、この助平デブ!」



「あうちっ!?」



 ばちんっ! と容赦なく平手をお見舞いした後、ナザリィはポルコの胸ぐらをぶんぶん振り回して声を荒らげる。



「大体、〝あのお胸で〟とは一体どういう了見じゃ貴様!? よもやわしら〝持たざる者〟には色気がないとでも言いたいのか!? おおん!?」



「あばばばばばばばばっ!?」



 そうして一通りの憤りをぶつけたナザリィは、びくんびくんと白目をむいているポルコの胸ぐらからぱっと手を放し、「……しかし、じゃ」と腕を組んで言う。



「こう言ってはなんじゃが、エルマがそのような行動をとるとはわしも思えぬ。となれば、一応〝盾〟に選ばれておるおぬしゆえ、何かそういう予見めいたものを感じたのではなかろうか」



 ――がばっ!



「そ、それは一体どういうことですか!?」



「いや、おぬしこういう話じゃとすぐ起き上がってくるのう……」



 瀕死から一瞬で回復したポルコに若干引く中、ナザリィは肩を竦めて言う。



「つまりはあれじゃ。今まさに最後のフェニックスシールがあやつに刻まれておるのやもしれんということじゃな」



「ぐ、うぅ……。ついに聖女さまにもその時が訪れてしまったのですね……」



「そんな泣かんでもええじゃろうに……」



「これが泣かずにいられますか……っ。オフィールさまにマグメルさま、テラさまにシヌスさま、シヴァさまにアルカディアさま、イグニフェルさまにトゥルボーさま、フィーニスさまにフルガさま、ザナさまにティルナさま、そして聖女さままでもがイグザさまの毒牙……いえ、奥方になられたのですぞ……っ」



「おぬし、今〝毒牙〟って言ったじゃろ? いや、それよりもなんか並び方に悪意を感じるのは気のせいかのう……」



 よよよよよ、と人魚のような座り方ですすり泣くポルコに、ナザリィはそう胡乱な瞳を向け続けていたのだった。



      ◇



「と、とにかくこれで女神さまたちを含め、あたしたち全員にフェニックスシールが刻まれたわけだし、さっさとあの仏頂面をぶちのめしにいくわよ!」



 女子たちに揉みくちゃにされた後、エルマが恥ずかしそうにそう勢い込む。


 確かにこれで条件は全て揃ったので、いつでも向こうの世界に戻れる準備は出来ているのだが、



「いや、それは別に構わんのだが……あまりにも唐突すぎるお前のその嫁ムーブは一体なんなのだ?」



「……えっ?」



 ふとアルカにそう指を差され、エルマが呆然と瞳を瞬かせる。


 そんな彼女が視線を下ろした先にあったのは、俺とがっつり腕を絡めながら手を恋人繋ぎまでしている自身の姿だった。



「……」



 その光景を無言で見つめること数秒ほど。



「な、何よこれええええええええええええええええええええええっ!?」



 ばばっと真っ赤な顔でエルマが俺から距離を取る。


 その台詞はむしろ俺の方がずっと言いたかったのだが、まああれだけ大きな声で言ってくれたのでいいか……。



「ど、どういうつもりよあんた!? た、確かにこのあたしを抱いたんだから責任を取ろうとしてるのは分かるけど!?」



「いや、俺何もしてないんだけど……」



「そ、そんなわけないでしょ!? だ、だったらなんであたしはあんたとあんな……こ、恋人みたいなことしてたのよ!?」



 むしろそれは俺が聞きてえよ。


 話の途中でいきなり腕を絡めてきたかと思いきや、手まで繋いできてびっくりしたわ。



「まあ落ち着け、人の子よ。腕を絡めたのは間違いなくそなたの方だ。大方、一度抱かれたことで無意識のうちにイグザを愛おしく思っているのだろう。何も問題はない。むしろ身体の方は正直だったというだけの話だ」



「いや、それ全然意味違うでしょうが!?」



「はっはっはっ、そなたは実にうぶで愛らしいな」



 そう鷹揚に笑い声を上げるイグニフェルさまに、「〝うぶ〟とか言わないでよもおおおおおおおおおっ!?」とエルマが再び頭を抱える。


 確かにイグニフェルさまの言うとおり、そういうことをして距離が縮まると、いつも以上に愛しく思えたりするからな。


 まあエルマはああいう性格なので、意地でも認めようとはしないと思うけど。



「ふむ、なるほど。そういうことであれば仕方あるまい。さすがに多すぎだとは思うが、お前を14番目……いや、アイリスを入れたら15番目か。の妾として認めてやろう」



「15番目!? え、イグザの嫁ってそんなにいるの!?」



 ぎょっと目を見開くエルマに、アイティアから抗議の声が上がる。



「ちょっとぉ~、その前にあたしがダーリンのお嫁さんになるって言ってるんだけどぉ~」



「む、では16番目だな。おめでとう、エルマ。お前は16番だ。とくと励むがよい」



「いや、何もめでたいことなんてないわよ!? というか、どんだけ上目線なのよあんた!?」



 エルマがそう鋭い突っ込みを入れる中、「おい、ちょっと待て」とトゥルボーさまが話に割ってくる。



「そもそも我はこの男の嫁になった覚えはないのだが? テラやシヌスにしてもそうだろう?」



 が。



「え、私は別に……」



「……はっ?」



「そうですね。永く神として崇められてきましたが、これほど心地のよい温もりははじめてでしたので……」



「お、おい、シヌスまで何を言っている……?」



 恥じらうように頬を朱に染める両者に、トゥルボーさまが唖然としていると、そんな彼女の肩をオフィールがぽんっと叩き、にやにやとこう告げたのだった。



「そろそろ素直になれよ、ババア。つってもあたしは〝3番〟でババアは〝14番〟だけどな」



「……(イラッ)」



 ぐい~っ、とトゥルボーさまがオフィールの両頬を容赦なく引っ張る。



「い、いててててててててっ!? わ、悪かった!? あ、あたしが悪かったって!?」



「ならば3番の座を我に渡せ。今日からお前が14番だ」



「あ、あの、トゥルボーさま、それまったくなんの解決にもなってないです……」



 俺がそう窘めるも、トゥルボーさまは「知るか! 今日から我が3番だ! いや、むしろ我を1番にしろ!」ともうぶっちゃけヤケクソになっているようなのであった。

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