203 聖女エルマ、暁に散る


「「……」」



 現在、俺はエルマとともに彼女用に宛がわれていたという部屋のベッド脇に座っていた。


 理由はもちろん彼女にフェニックスシールを刻むためである。


 一応無理はしなくていいと伝えたのだが、これ以上皆に迷惑はかけたくないということで、ついに覚悟を決めてくれたらしい。


 ならばその決意を無下にするわけにはいかないと、互いに湯浴みを済ませた後、皆に見送られる形でこの部屋へと赴いたのだ。


 と、そこまではよかったのだが……。



「「……」」



 き、気まずい……。


 いくら俺にそこそこの経験があるとはいえ、この雰囲気の中で始めるのはさすがにちょっと厳しい。


 というか、普通に無理である。


 だって、



「え、エルマ?」



 ――びくっ!



「……な、何?」



「い、いや、その、そんなに緊張しなくてもいいからな?」



「え、ええ、ありがとう……」



「……」



「……」



 め、めちゃくちゃ怖がってるし……。


 これではちょっと肩に触れただけでも泣いてしまいそうだし、はてさてどうしたものか……。


 マグメルやフルガさまみたいに強引にいくのもよろしくなさそうだからな。


 まずは抱き締めて安心させてあげるとか……?


 でもこれだけ怖がってるとなぁ……。


 う~ん……、と俺は一人頭を悩ませていたのだった。



      ◇



 ど、どどどどうしよう!? とエルマもまた頭を抱えていた。


 こんなところまで助けに来させた上、今は永久に閉じ込められるかもしれない危機なのだ。


 これ以上、皆に迷惑をかけるわけにはいかないし、かけたくもない――そう覚悟を決め、エルマはこの場へと臨んだ。


 しかし今まで恋愛ごとを一切してこなかった彼女にとって、いきなり抱かれるというのはやはりハードルが高すぎたのである。



「……っ!?」



 覚悟を決めたはずなのに、自然と身体が震えてくるのだ。


 もちろんイグザが嫌とかそういうことではない。


 むしろ玉座の間で彼の顔を見た瞬間、涙が出そうなほど嬉しかったのも覚えているし、そんな彼をちょっとカッコいいと思ってしまったのも事実だ。


 だから正直、彼になら抱かれてもいいと思っている。


 思ってはいるのだが、やはり怖いのである。


 でもそんなことも言っていられない。


 向こうではエリュシオンが皆を苦しめているし、一刻も早く戻らなければいけないのも分かっている。


 ゆえにエルマは、なんとかして心を落ち着かせようと懸命に努め続けていたのだ。



「……っ」



 が、不思議なもので、そういう時ほど不安というのは大きくなっていくものである。


 なのでこのままではいけないと、エルマは少し気分を変えるべく何か飲み物でも口にしようとしていた。



「え、えっと……」



「うん? どうした?」



「い、いえ、ちょっと喉が渇いたなって……」



「あー……」



 とはいえ、この部屋に飲み物の類はない。


 イグザもそれに気づいたようで、気を遣ってこう言ってくれる。



「なら水でももらってくるか? その方が落ち着くだろ?」



「え、ええ、そうね。じゃあ……うん?」



 と、その時だ。


 ふとポケットに何やら硬い感触があることに気づき、エルマはそれを取り出す。


 それはピンク色の液体が入った小瓶で、恐らくは回復薬の類であった。


 今からイグザに水を持ってきてもらうのも気が引けるし、むしろ回復薬でも飲んでおいた方が精神的にも安定するのではないだろうか。


 そういう効能が少し入ってるというのも聞いたことがあるし……、とそう考えたエルマは、ベッド脇から腰を上げようとしていたイグザを手で制して言う。



「あ、ちょっと待って。回復薬があったからこれでいいわ。ちょっと喉を潤したかっただけだから」



「そ、そうか? 分かった」



 頷き、イグザが再び腰を下ろす。


 それを確認したエルマは、回復薬の蓋を開け、それをぐいっと一気に飲み干す。



「あら、美味しい……」



 まるで甘いジュースのような味わいの回復薬に、思わずエルマは目を丸くする。


 こんな味の回復薬は飲んだことがないのだが、いつの間にポケットに入れておいたのだろうか。


 というか、この回復薬、どこかで見たことがあるような……。



『――それより聖女さまにこれをお渡ししておきたく思いまして』



「――っ!?」



 と、そこでエルマは思い出す。


 この回復薬を手に入れた時のことを。


 いや、回復薬などではない。


 この薬は、この薬は……っ!?



『――いえ、奥手なあなたには必要なはずです。そのドワーフ族特製――〝超絶ド淫乱媚薬〟が!』



「~~っ!?」



 ぶ、ぶぶぶ豚ああああああああああああああああああああああっ!? とエルマは比喩抜きで両目が飛び出しそうになっていたのだった。



      ◇



「……うん?」



 ころんっ、と小瓶を落としたエルマに、俺はどうしたのかと小首を傾げる。


 と。



 ――がばっ!



「うおっ!?」



 なんの前触れもなくエルマが抱きついてきたではないか。


 しかも。



「イグザぁ~」



「ちょっ!? い、いきなりどうした!?」



 いつものエルマからは考えられないほど積極的に甘えてきて、本当にどうしたのかと俺は困惑する。



「……?」



 すると、エルマは一旦身体を離し、熱っぽい視線を俺に向けながら一言こう言った。



「ねえ……しよ?」



「ええっ!?」



 ほ、本当にどうしたの!?


 さ、さっきまであんなに怖がってたのに!?


 というか、絶対これ正気じゃないだろ!?


 と、とりあえず彼女を止めないと!?



「ちょ、ちょちょちょちょっと待てエルマ!? と、とりあえず落ち着いて俺の話をおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――…………」



 うん、ダメでした……。



      ◇



 そうして無事(?)皆のもとへと戻ってきたエルマだったが、



「おめえ、相当溜まってたんだな……」



「ち、違う!? 違うのぉ~!?」



「だ、大丈夫ですよ? み、皆さん大体あんな感じになりますし……」



「だから違うんだってばぁ~!?」



「別に恥ずかしがらなくたっていい。エルマもイグザが好きだった。だからあんなにも大声で好き好き大好きって言ってたんでしょ?」



「いやあああああああああああああっ!? 言わないでええええええええええええええっ!?」



「でもまさかここまで声が届いてくるなんて思いもしなかったわ。あなた、意外とはっちゃける性格だったのね」



「ひぎぃっ!?」



「ふふ、可愛らしくていいじゃない。私は好きよ? そういうギャップみたいなの。なんか凄くいやらしい感じだし」



「あああああああああああああああああああああああっ!?」



「ふむ。とりあえず落ち着け、エロマ……じゃなかった、エルマ」



「いや、誰が〝エロマ〟よ!? っていうか、あたし全然エロくないし!?」



『……えっ?』



「何よその反応!? あたしはエロくないの!? エロくないのぉ~!?」



 というように、完全に淫乱聖女扱いされていたのだった。

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