205 大事なことこそきちんと伝えた方がいい
「アルカディア……」
「うん? どうした? 女神フィーニス」
未だわちゃわちゃしているトゥルボーたちを微笑ましげに見つめていたアルカディアに、ふとフィーニスが声をかけてくる。
何ごとかとアルカディアが小首を傾げていると、フィーニスはちらりとイグザを見やり、声量を抑え気味にこう尋ねてきた。
「彼には伝えなくていいの……?」
「ああ、余計な心配をかけたくはないからな。それに今この状況でほかの者たちの耳に入れるのもあまりよいことではないだろう。まああいつらならばとくに問題はないと思うのだが、それでもマグメル辺りはうるさそうだからな。なので今はまだ我らだけの秘密にしておいてもらえると助かる」
「そう……。分かったわ……」
こくり、と静かに首肯したフィーニスに、「すまない」とアルカディアも微笑みながら優しく下腹部に手を添えていたのだが、
「――私がどうかしましたか?」
「――うおっ!? な、なんだお前のその高度な気配遮断術は……っ!?」
突如笑顔で姿を現したマグメルに、びくりと肩を震わせる。
すると、マグメルは可愛らしく頬を膨らませて言った。
「もう、そんなに驚かれなくてもいいじゃないですか。というか、私は普通に近づいてきただけです。あなたがお話に夢中で気づかなかっただけでしょう?」
「そ、そうか。どうやら私も少々気が抜けていたらしい。おかげで今一度気を引き締めることが出来た。礼を言うぞ、マグメル」
げふんっ、と一つ咳払いをし、アルカディアはそうマグメルに告げる。
と。
――じー。
「な、なんだ?」
ふいにマグメルがじっと顔を寄せてきて、アルカディアは思わずたじろぐ。
「いえ、なんかいつものアルカディアさんとは少々様子が異なるような気がしまして」
「そ、そんなことはないぞ? わ、私はいつもの元気な正妻――アルカディアさんだ」
えっへん、とその豊かな胸を張るアルカディアだが、やはりマグメルの目は誤魔化せなかったらしい。
彼女は「……はあ」と小さく嘆息して言った。
「あなたは本当に嘘を吐くのが下手な人ですね。あんな優しいお顔でお腹を撫でていれば嫌でも分かります。――あなたの身体にはすでに新しい命が宿っているのでしょう?」
「い、いや、私は……」
「別に今さら隠す必要はありません。まあ正直、勝負に負けてしまったのは悔しい限りですが、思えばイグザさまとは私と出会う以前からのお付き合いですからね。その間に授かっていたとしてもなんらおかしくはないでしょう」
「う、うむ。なんかすまんな……」
気まずそうに視線を逸らしたアルカディアに、マグメルは首を横に振って言う。
「いえ、別に構いません。それより私が気になっているのは、何故それをきちんとイグザさまをはじめとした皆さんにお伝えしないのかです」
「そ、それは……その、大事な作戦の前だし……。皆の士気を下げるわけにはいかぬわけで……」
つんつんとアルカディアが両手の人差し指同士をくっつけたり離したりする。
「まったくあなたという人は……」
そんなアルカディアの姿に再度大きく嘆息したマグメルは、声を張り上げてイグザを呼んだ。
「イグザさま! アルカディアさんから大事なお話があるそうです! 出来れば皆さんも集めて欲しいと!」
「お、そうなのか? 分かったよ」
「お、おい!?」
ぞろぞろと皆が集まってくる中、アルカディアがマグメルに詰め寄る。
すると、マグメルは「いいですか? アルカディアさん」と諭すように言った。
「大事な作戦の前だからこそ、そういうことはきちんと伝えるべきなのです。何故なら伝えることすら叶わずにこの世を去られた方々を、私はオルグレンでたくさん見てきましたから」
「マグメル……」
「なのでその機会があるというのであれば、それを絶対に無駄にしてはならないのだと私は思います。絶対にです」
「……そう、だな。確かにお前の言うとおりだ」
「ええ。それにあなたのお話はきっと皆さんの活力になります。士気が下がるなんてあり得ません。だってこうしてそのお話を知った私ですら、あなたに追いつくべくさっさとあの聖者を倒してしまいたいと思っているくらいなのですから」
「うん、分かった。……ありがとう、マグメル。お前はよい女だな」
そう優しく微笑んだアルカディアに、マグメルが「と、当然です。それとこれは〝貸し〟ですからね? あとでしっかりと返してくださいまし」と恥ずかしそうにそっぽを向く。
「ああ、もちろんだ」
そんな彼女に力強く頷いたアルカディアは、そのまま皆の方へと向き直る。
『?』
そして不思議そうな顔をしていたイグザたちに、彼女は後悔しないようきちんと全てを伝えたのだった。
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