201 同胞と疑念


「――なるほど。まさかあのヴァエル王までが魔族として転生させられていたとはな。それは加勢出来ずにすまなかった。こちらもエデンなる魔族を仕留めたまではよかったのだが、やつを相手に少々力を使いすぎてしまってな。不甲斐なくもその場から動けずにいたのだ」



「いや、気にしなくていいさ。アルカたちの方こそ大変だったな。二人が無事で本当によかったよ」



 ヴァロンを倒した後、遅れて合流してきたアルカとフィーニスさまに、俺はそう微笑みかける。


 すると、アルカもふっと口元を和らげ、「ところで」と俺を指差して言った。



「その女はいつまでお前に抱きついているつもりなのだ?」



「……」



 それは俺の方が知りたいです……、と俺は一転して死人のような顔色になりながら、件の女性――アイティアさんを見やる。



「ねえ、ダーリン。あたしもあなたのお嫁さんになりたいわ。ねえ、いいでしょ?」



「え、えっと……」



 彼女は床に尻餅を突く俺の首元に両腕を回し、これでもかと言わんばかりに媚びっ媚びの視線を向けていた。


 しかもその服装はとりあえず大事なところが隠れていればいいという痴女仕様である。


 スタイルもやたらといいので、当然色々なところが惜しみなく当たっていた。


 というか、向こうからぐいぐい当ててきていた。



「あ、あの、アイティア……さん?」



「もう、〝さん〟はいらないわ。もっと親しげに〝アイティア〟って呼んで?」



「じゃ、じゃあ……アイ、ティア……?」



「うふふ、なあに? ダーリン」



『……(イラッ)』



「ひいっ!?」



 しかし一体何故こんなことになってしまったのか。


 それは言わずもがな、ヴァロンが吐き出した塊が彼女だったからである。


 助けた当初は消化されかけの瀕死状態だったのだが、どうやら本体の方に丸呑みにされたことでぎりぎり治療が間に合ったらしい。


 もう一人〝トウゲン〟という名の魔族もヴァロンに食われたそうなのだが、彼は触手に散々咀嚼されてから取り込まれたようで、すでに影も形もありはしなかった。


 まあ彼の相手をしていたオフィールたち曰く、子どもを実験材料に使うようなド外道だったらしいので、そもそも助ける価値すらなさそうだったのだが。


 ともあれ、そうして意識を取り戻した彼女に事情を説明したところ、何故か俺に抱きついてきたというわけである。


 恐らくはヴァロンに呑み込まれた恐怖がトラウマとなり、誰かに縋りたいのではないかと思っていたのだが、



「あらあら、今度は私たちのダーリンに取り入るつもりかしら? さっきまではあのヴァロンとかいう魔族にご執心だったくせに。さすがは《超擬態ディスペランサ》のアイティアさんね」



 珍しく苛立っているらしいシヴァさんの物言いを聞く限り、どうやらトラウマとかそういう話ではなさそうだった。


 そして当のアイティアもまたそのとおりだと言わんばかりの口調で言う。



「そんなの当然でしょ? だってそれがあたしに与えられた異能であり、生き方なんですもの。で、現状彼かエリュシオンさまがあたしの理想……つまりは〝最強の騎士ナイトさま〟なわけだけれど、エリュシオンさまはあたしのことなんてただの駒としか思っちゃいないでしょうし、だったらたとえ敵だったとしても、あたしを助けてくれた優しいダーリンになびくのは当然じゃない」



 ねっ? ダーリン、と再び熱い視線を向けてくるアイティアに、俺もどうしたものかと顔を引き攣らせる。


 すると、「あらそう」とシヴァさんがやはり不機嫌そうに腰に手をあてて言った。



「別にあなたの事情なんて知ったことではないのだけれど、いい加減その〝ダーリン〟という呼び方はやめてもらえないかしら? なんだか私のアイデンティティが汚されているようで非常に不愉快だわ」



「ふーん。ならあなたがやめればいいんじゃない? というか、その歳で〝ダーリン〟とか恥ずかしくないの? おばさん」



「……」



 ぶんっ! とシヴァさんが無言で聖神器を振り上げる。



「お、落ち着いてください、シヴァさん!? その盾はそんな物理で殴るようなタイプの代物ではないです!?」



「そ、そうだぜ、盾ババ……じゃなくてシヴァ!? あんなエロ魔族の言うことなんか真に受けてんじゃねえよ!?」



「ちょっと待って。今〝盾ババア〟って言わなかった?」



 マグメルたちに羽交い締めにされつつ、シヴァさんが血走った眼でオフィールに詰め寄る。


 正直、こんなことをしている場合じゃないんだけどなぁ……、と俺が黄昏れたような視線を彼女たちに向けていると、



「――何故アイティアを助けた?」



『!』



 ふいに聞き覚えのある男性の声が広間に響き、俺たちは揃って声のした方を見やる。



 そこにいたのは、アイティアと同じ《八斬理サクリフィス》の一人――ヨミだった。



 どうやら俺のあとを追ってきたらしい。


 なので俺はアイティアを手で制し、腰を上げて言った。



「そんなの決まってるだろ? 俺たちの目的は〝仲間の奪還〟であって、お前たちを殺すことじゃないからな。たとえ敵であろうとも、ヴァロンのようなクソ野郎じゃない限りは普通に助けもするさ」



「そうか。であれば俺は貴様らに感謝をせねばならないのだろうな。――礼を言う」



『――っ!?』



 これに一番驚いたのは、ほかでもないアイティア本人だったらしい。


 彼女は「あら、意外」と目を丸くして言った。



「あなた、私のことを仲間だと思ってくれていたの?」



「ああ。以前我が主にパティとは〝兄弟のようなもの〟だと言われてな。ならば同じ魔族であるお前たちは数少ない同胞なのだと考えていた」



「そう。でもヴァロンはどうやらそうは思っていなかったみたいだけれど?」



 皮肉交じりに肩を竦めるアイティアに、ヨミもまた頷いて言う。



「そうだな。ゆえに俺は今困惑している。ヴァロンほど主の命に忠実な者はいなかった。そのヴァロンが我らを食らおうとした以上、恐らくは元より〝食らう許可〟が主より下りていたのだろう。つまり我らははじめからただの〝贄〟にしかすぎなかったというわけだ」



「そうね。あたしも駒であること自体は別に構わないわ。創造主であるエリュシオンさまに尽くすのは当然のことだもの。でもそれはあたしがあたしとして成すべきことであって、あんな思いをするために生み出されたというのであれば話は別よ」



「ああ、同感だ」



 アイティアの言葉に再度頷き、そしてヨミは俺たちにこう告げてきたのだった。



「ゆえに我らは主にその真意を問いに赴く。未だ休戦の協定は有効か? 救世主」



「ああ、もちろんだ。俺たちもやつには大事な用があるからな。案内してもらうぞ――エリュシオンのもとへ」

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