200 二度と姿を現すな


「おらあッ!」



 ――どばんっ!



「ゲギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」



 浄化の炎を纏わせた強烈な回し蹴りが、そのぶよぶよの胴体へと深く食い込む。



「ふんッ!」



 ――どごおっ!



 間髪を容れず、逆側に回り込んだ俺は突き上げるようにボディーブローを叩き込む。



「ゲブエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!?」



 その瞬間、どちゃりとやつの大顎から何か塊のようなものが吐き出された。



「マグメル!」



「は、はい!」



 それが恐らくは人であることに気づいた俺は、念のためマグメルに治療を頼む。



「……ゲ……ギギャアッ!!」



 ――どひゅうっ!



「きゃあっ!?」



「そうは――させるかッ!」



 ――ずどんっ!



「ギゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!?」



 卑劣にも駆け寄ってきたマグメルに触手を伸ばそうとしたヴァロンを、再び高速の回し蹴りでぶっ飛ばしてやる。


 やつは身体の組織を崩壊させながらずずんっと床を転がっていた。



「あ、ありがとうございます!」



「気にするな! それよりその人を頼む!」



「はい!」



 そう告げ、俺は地を蹴ってヴァロンに追撃をかける。


 確かにフェニックスフォームを発動させた今の俺ならば、たとえやつが複数の異能を持つ強力な魔族であったとしても容易に倒すことが出来るだろう。


 いや、恐らくは瞬殺出来るはずだ。



「はあッ!」



 ずがんっ! と今度は天井を蹴り、上から踏みつけるようにやつを叩き潰す。



「……グゲェ、ガ……ッ!?」



 だが俺はあえてそうしなかった。



「どうした? もう俺の嫁を盾にするのはやめたのか?」



「グ、ガァ……ッ」



 誰かの親しい人を盾にするような、こんな最低のやつを楽に死なせてやる理由など、何一つとしてありはしなかったからだ。


 すっとやつの頭の上から飛び降りた俺に、ヴァロンが血走った眼かつ大口を開けながら襲いかかってくる。



「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」



 どうやら散々タコ殴りにしてやったことで、人の言語を忘れるほどに怒り狂っているらしい。



 ――ばくりっ!



『イグザ(さま)!?』



 そのまま俺を丸呑みにすべく一口でかじりついてきたヴァロンだったのだが、



 ――どぱんっ!



「~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!?」



 次の瞬間、やつの大顎……いや、顔の下半分が内側から弾けるように消し飛んだのだった。



      ◇



 ――何故食べられない!?



 ――何故食べられない!?



 ――何故食べられない!?



 今まさに自慢の大顎ごと顔の下半分を吹き飛ばされたヴァロンだったが、それよりも彼の思考を埋め尽くしていたのは、目の前の男をどうしても〝食べることが出来ない〟という理解不能な現実だった。



 ――何故!?



 ――何故!?



 ――何故!?



 ――何故!?



 ヴァロンは今までに数え切れないほど多くのものを食べてきた。


 男も食べた。


 女も食べた。


 大人も子どもも構わず食べた。


 立ち向かってくる勇敢な冒険者も、


 命乞いをするか弱き者も、


 どちらも平等にヴァロンは食い散らかした。


 もちろん人間だけではない。


 亜人に魔物、その他の動植物、そして同胞である魔族すらをもヴァロンは食らい、己が糧とすべく取り込み続けてきた。


 それが彼に与えられた異能――《超飢餓グラトール》の力だったからだ。


 だからヴァロンは食べた。


 食べて、食べて、食べ続けた。


 絶えず湧き上がってくる食欲の赴くままに、無機物だろうと有機物だろうと、その全てを食らい続けてきたのである。


 なのに――。


 ばしゅうっ! と伸ばした触手群が全てあの男に触れる直前で消し飛ぶ。



「無駄だ。あんたに俺は取り込めない」



「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!?」



 何故あの男だけは食べることが出来ないのか。


 何故あの男を食べようとすると身体が崩壊していくのか。


 何故取り込んだはずの力が全て失われていくのか。


 何故。


 何故。


 何故。


 何故――。


 ヴァロンにはそれがまったく理解出来なかった。


 それどころか、



「……随分小さくなったな。まああれだけ殴れば当然か。だがあんたにはお似合いの最期だよ」



「!?!?!?」



 何故あの男を見下ろしていたはずの自分が――今は遙かに見下ろされることになっているのか。



「今までに一体どれだけの人たちが犠牲になったのかは分からない。けれど、きっとあんたはさっき彼女らを食おうとした時のように、笑いながら皆を見下して、その尊厳を踏みにじってきたんだろうさ。何せ、あんたのもとになったヴァエル王がそうだったからな。そりゃ平気で人の嫁も盾にしてくるだろうよ」



 だから、とあの男が右足を上げる。



 ――ばちばちっ!



 だがただ上げたわけではない。


 その右足にはエネルギーが集束されているのか、青白い火花を放つ白銀の炎が目映く纏われていた。


 そして彼は告げる。



「あんたも俺に見下されながら、何も出来ず屈辱に塗れたまま死ね。今まで散々皆の心を踏みにじってきたんだ。踏まれて死ぬのは本望だろう?」



「~~~~~~~~~~~ッッ!?」



 懸命に声を出そうとするが――叶わない。


 何故なのか。


 答えは単純だ。


 だってすでにヴァロンの身体で残っていたのは、そのぎょろりと蠢く目玉と、耳を含む頭の一部だけだったのだから。


「――」


 いつの間にこんな、


 こんなにも、


 自分は、


 弱く――。



「じゃあな。二度と俺たちの前に姿を現すな――このクソ野郎」



 ――ぐしゃっ!



 そうしてヴァロン……いや、ヴァエルは命乞いどころか、声を上げることすら叶わず、その存在を永遠にこの世から抹消されてしまったのだった。

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