195 不測の横槍


「……くっ」



 武技で突出させた床石の陰に身を隠しながら、ヨミは一人考えを巡らせていた。


 もちろんこの程度ではあの強烈な浄化の光を完全に防ぐことは出来ず、今も身体からは絶えず煙が立ち上り続けている。


 当然、〝汚れ〟による再生になど期待出来るはずもなく、ヨミは悔しげに唇を噛み締める。


 しかしまさか救世主にあのような力があるとは思いもしなかった。



 ――〝フェニックスフォーム〟。



 対魔族戦を想定した究極の戦闘フォーム。


 いや、魔族だけではない。


 魔物など、〝汚れ〟を元にしている者であれば、たとえ誰であろうと強制的に浄化させることが出来る即死級の力だ。


 その凄まじい威力は直接対峙しているヨミが一番よく理解していた。


 これだけ距離を取り、かつ岩陰に身を隠していたとしても身体を焼かれ続けるのだ。


 懐になど飛び込んだ暁には、瞬く間に肉体が消滅することだろう。


 ただ一つ解せないのは、それだけ強大な力を持つ救世主が先ほどからまったくと言っていいほど攻勢に出てこないことである。


 あれほどの力だ。


 やろうと思えばヨミを消すことなど一瞬で出来るはずなのだが……。


 まさか動けないのか……? と訝しむヨミに、救世主は言った。



「いい加減分かっただろ? お前じゃ俺には勝てない。死にたくなければそのまま大人しくしていろ」



「戯れ言を。俺はまだ敗北したわけではない」



 いや、恐らくはそうなのだろう。


 なんのリスクもなしにあれだけの力を行使出来るはずがない。


 言ってみれば、あれは自らを中心とした結界などの〝全方位放出系術技〟と同じ。


 その場から動かず瞑想することで術の効力を最大限に高めているのだ。


 ならば攻略法は存在する。



「――グランドエクレールブレッドッッ!!」



 ――どぱんっ!



「!」



 最速の一撃で目の前の床石を殴りつけたヨミは、同時にこれを盾にして救世主へと特攻を仕掛ける。



「くっ!?」



 ずがんっ! と救世主がその場から後方へと離脱した瞬間、浄化の光が弱くなったのを確認したヨミは、やはりと床石を蹴り、最速の抜剣術を以てやつに斬りかかった。



「グランドレイ――ゼロッッ!」



 あの時、鬼人の里で受けた光属性の抜剣術である。


 その一閃は確実にやつの胴体を真っ二つに斬り裂いた――はずだった。



「――なっ!?」



 だがそこでヨミが目にしたのは、柄から先の剣身部分がぽっかりと消滅した自らの剣だった。


 最中、救世主は逆に白銀の炎に包まれた双剣を身体の前で交差させて言う。



「……悪いな、ヨミ。お前は力の放出をやめさせればいいと思ってたみたいだけど、こいつは術技とは勝手が違ってな。放出はあくまで勝手にされているだけであって、それをやめれば力はそのまま俺の身体にまとわりつき、滞留し続ける――つまりは〝凝縮〟されるんだよ」



「なん、だと……っ!?」



 だから剣身が消滅したのだ。


 凝縮されたというやつの炎に触れてしまったから。



「じゃあな、ヨミ。別にお前を殺すつもりはなかったんだが、こっちも仲間の命が懸かってるんだ。ここで決めさせてもらうぞ!」



「ぐっ!?」



 咄嗟に防御姿勢をとるヨミだが、そんな程度ではあれが防げないことくらい理解していた。


 ゆえに全てを察し、ヨミは(申し訳ございません……)と主であるエリュシオンに不甲斐ない敗北を謝罪する。


 が、その時だ。



「――っ!?」



 ――どごおっ!



「がはっ!?」



 突如腹部に鈍痛が走り、ヨミは救世主に蹴り飛ばされたことを知る。


 刹那。



 ――ぐばああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!



「「――っ!?」」



 なんの前触れもなく床下から触手のようなものが襲ってきて、先ほどまでヨミたちがいた場所に大顎を走らせていったのだった。



      ◇



 なんだこいつは……、と俺は突如現れた異形の触手に嫌悪感を募らせる。


 それは人一人くらい優に呑み込めるほど巨大な触手で、先端部だけでなく、側面部にも口のようなものがびっしりと蠢いていた。



「消えろッ!」



 ――どばああああああああああああああああああああああああああああんっ!



 直感的に放置してはダメなものだと悟った俺は、浄化の炎でそれを容赦なく焼き尽くす。



「ギゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!?」



 すると、触手は耳障りな断末魔を上げながら光の粒子へと変わっていった。


 だが今消し飛ばしたのは恐らく触手の一部――それを伸ばしている〝本体〟がまだあの穴の先にいるはずである。


 そいつが何者なのかは分からないが、たぶんヨミと同じ《八斬理サクリフィス》の一人で間違いはないだろう。


 しかも。



「今のはあきらかに〝お前〟を狙ってたぞ? 仲間割れでもしたのか?」



「……っ」



 同胞であるヨミに狙いを定めてくるくらいだ。


 何か不測の事態が起こっているのかもしれない。


 ……さて、どうしたものか。


 見た感じ、ヨミは戦意を喪失……というか、今の襲撃に動揺を隠せないようだし、このままやつをパスしてエルマのもとに行くというのも一つの選択肢ではある。


 だがあれをこのままにしておくのは正直気が進まない。


 もちろん皆のことは信じているのだが、あの触手に関してだけは俺の炎で焼き尽くさなきゃいけないような気がするのだ。



(……ごめん、エルマ。もう少しだけ辛抱していてくれ)



 ゆえに俺はエルマに申し訳ないとは思いつつも、



「悪いが一時休戦だ。別に追ってきたければ好きにすればいい。決着はあとでつけよう」



 そうヨミに告げ、触手のあとを追って穴の中へと飛び込んでいったのだった。



※明けましておめでとうございます!

 今年もどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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