196 共食い
その少し前のこと。
「冗談じゃないわよ……っ」
アイティアは苦虫を噛み潰したような顔をしながら通路を駆け巡っていた。
「おいこら待ちやがれ!」
「ふふ、逃げるのは感心しないわね」
そして彼女のすぐ後ろからは〝雷〟の女神と融合した〝盾〟の聖女が迫っており、今にも追いつかれてしまいそうだった。
「くっ、調子に乗って……っ」
一体何故こんな状況に陥ってしまったのか。
それはアイティアの異能――《
ミノタウロスの里でも見せたように、《
そうした〝弱者〟の前ではほとんどの者たちが攻撃を止めるからだ。
さらには地の利を得た今の状況であれば、対象の思考からもっとも大切な者へと擬態することも可能で、お優しい救世主一行にはほぼ無敵の力とも言えた。
だがあのシヴァとかいう聖女の〝眼〟は、それを全て見透かしてくるのである。
そうなってしまったら、いくら外側を取り繕ったところでなんの意味も成さない。
だって彼女の〝眼〟には、アイティアの姿が〝そのまま〟視えているのだから。
ゆえに、アイティアはほかの《
「――ヴァロン!」
『――っ!?』
「……おや?」
そうして彼女が辿り着いたのは、序列一位のヴァロンと思しき者がいる空間だった。
〝思しき者〟と言ったのは、彼の身体がすでに原形を留めておらず、なんとも気色の悪い変容を遂げていたからだ。
だがこの気配はヴァロンに間違いない。
シヴァたち同様、恐らくは女神と融合しているであろう聖女二人の姿が付近に見えたが、気にせずアイティアは声を張り上げて言った。
「協力してちょうだい、ヴァロン! あたしの力が効かない聖女たちがいるの! でもあなたが相手をしている聖女たちであればあたしの力が通じるわ! だからあなたとあたし、二人で力を合わせて戦いましょう!」
「二人で力を合わせて……?」
「ええ、そうよ! お願い、ヴァロン! あなたの力が必要なの!」
そう懸命に訴えかけるアイティアに、まるでクラーケンのような容貌になったヴァロンが頷いて言った。
「ええ、ええ、いいでしょう! 私も前からあなたのことが気になっていたんです! 是非私の力になってください!」
「ええ、もちろんよ! 二人であいつらに目にものを見せてやりましょう!」
大きく頷き返しつつ、アイティアは内心(ラッキー♪)とほくそ笑む。
何故ならヴァロンはアイティアのことを〝気になっていた〟と言ったからだ。
いつもフードを目深に被っていてよく分からない男だとは思っていたが、まさかアイティアに想いを寄せていたとは……。
ならばこの極上の肉体を目の前にぶら下げてやれば、彼はなんでもアイティアの言うことを聞くことだろう。
正直、吐き気のする見た目ではあるが、序列一位が手駒になるのだ。
こんなに美味しい話はないと――そうアイティアは思っていた。
だが。
「うふふ、残念だったわね。これで形勢は逆転。さあ、どう料理してあぐがっ!?」
『――なっ!?』
突如ヴァロンの触手が横からアイティアを襲い、彼女は大顎に挟まれて身動きが取れなくなる。
「な、何をしているのヴァロン!? まさか裏切るつもり!?」
当然、意味が分からず困惑するアイティアだが、ヴァロンは「……裏切る? なんのことですか?」と小首を傾げて言った。
「あなたが言ったんじゃないですか。〝二人で力を合わせよう〟って。それはつまり――私に〝食べて欲しい〟ということでしょう?」
「ち、違っ……!? あ、あたしはただ……っ!?」
「ああ、嬉しいですよ、アイティア。私は以前からあなたのことを食べてみたいとずっと気になっていたんです。あなたも同じ思いでいてくれたのですね」
「ま、待って……!? ち、違うの……!?」
ぐぱあっ、と本体の方の口が大きく開く中、アイティアは「……そ、そうだわ!」と懇願するように言った。
「こ、この戦いが終わったらあなたの女になってあげる! あなたの望むままにこの身体を好きにしていいし、気持ちいいことだっていっぱいしてあげる! だから……だ、だから……っ!?」
徐々に近づいてくる異形の大顎にアイティアの口数も少なくなり、彼女は涙目になりながら最後の嘆願をする。
「い、いや……ま、待って……お、お願いだから……い、いやああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――…………」
だがヴァロンはまったく聞く耳を持たず、ばくりと彼女を丸呑みにしてしまったのだった。
◇
「なんということを……」
「……狂っておるな。よもや同胞を食らうなどと……」
一連の光景を目の当たりにしたザナたちは、敵でありながらも彼女――アイティアの最期を哀れに思っていた。
同時にそんな所業を嬉々としてやってのけたヴァロンに憤りを覚え、ザナはぎりっと唇を噛み締める。
すると、ヴァロンは何やら悦に入った様子で言った。
「ああ、なんと美味しい……。こんなにも美味しいものを食べたのははじめてです……。それにこの漲る力……。もっと、もっと食べたい……。も、モット……モットオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
『――っ!?』
どごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっっ!! と突如四方八方に触手を伸ばしたヴァロンを、ザナたちは驚愕の表情で見据えていたのだった。
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