188 神姫兵装


「ふひひっ、儂の存在を消すときたか。それはまた大きく出たのう。じゃがおぬしには出来ぬよ。ほれ、見てみい。儂を守るこの健気な幼子たちの姿を。愛する儂のためならば、こやつらは喜んでその身を差し出すじゃろうて」



「はっ、差し出すも何もてめえが操ってんだろうが!? しかもそいつらはもう死んでんだろ!? ならまとめてぶっ飛ばしてやるよ!」



 そう吼え、オフィールが戦斧を振り回して構える。


 だがそんな彼女に、トウゲンは薄らと不気味な笑みを浮かべて言った。



「ああ、確かにこやつらはすでに死んでおる。じゃが儂の異能で再生されたこやつらは、意思こそないにせよ心の臓は動き、肉体は一切腐敗しておらぬ。つまり〝生きておる〟のじゃ」



「んだと……っ!?」



「真実かどうかは直接そこの女神に尋ねてみるがよい。何せ、あやつのはらわたを頭から被ったのじゃからな。ふひっ、死人のような冷たさではなかったはずじゃがのう?」



「……っ」



 オフィールに視線を向けられたトゥルボーは、渦巻く暴風の中、「確かに」と肯定する。



「マジかよ……っ」



「ふひひひひっ……」



 ならば一体どう戦えばよいのかと唇を噛み締めるオフィールだったのだが、



 ――ずばんっ!



「「――なっ!?」」



 その瞬間、子どもたちの首が一斉に飛んだ。



 ――ぶしゅうううううううううううううっ!



 遅れて血がまるで噴水のように噴き上がる。


 すると、文字通り血塗れになりながら唖然としていたトウゲンに、風の刃を放ち終えたトゥルボーが酷薄に告げた。



「だがそれが一体なんだと言うのだ? いくら貴様が聞くに堪えぬ戯れ言を並べようが、その者たちが疾うに死していることに変わりはない。であれば貴様のそれは単に死者への冒涜にすぎぬ。よもや盾になるとでも思ったのか? その者らには血が通い、かつ幼子であったからと」



「ぐ、う……っ」



「たかが魔の者の分際でよくもそこまでつけ上がってくれたものだ。我は〝風〟と〝死〟を司る神。かつて女神オルゴーとして世界を創造し、そして〝死〟の化身として分かたれし者。その我を前にして〝死〟について語るなどと……図に乗るのも大概にしろッ!」



 ――どひゅうっ!



「ひぎいっ!?」



 突如自身を襲った突風に、トウゲンは堪らずどちゃりと床に尻餅を突く。


 当然、そこにやつを守る盾は何一つ存在せず、ただ血溜まりだけが赤々と広がっていた。


 最中、トゥルボーはゆっくりとオフィールの方に向けて歩きながら言った。



「我はな、人間が嫌いだ。利己的で、くだらぬ争いにばかり身を投じ、他者を平気で蔑ろにする――そんな人間どもが大嫌いだ。だがな、そんな我でも唯一心を許せる存在があった。それが人の子らだ。未成熟ゆえのわがままなど実に無垢で愛らしさすら覚える。この馬鹿がそうであったようにな」



「お、おい、いきなりなんだよ!?」



 くしゃりとトゥルボーに頭を撫でられ、オフィールは思わず赤面してしまう。


 頭を撫でられるなんていつ以来だろうかとオフィールが戸惑う中、「だというに……っ」とトゥルボーは憤りを剥き出しにして言った。



「そんな子らを、貴様は己が欲望のためだけに弄び――そして殺した! その所業、断じて許すわけにはいかぬ! 恥を知れ、この外道めがッ!」



「ぐっ、調子に乗るなよ搾りカス風情が! たとえ肉体への攻撃が通じずとも、捕らえてしまえばそれも無意味! 貴様ら諸共我が傀儡にしてくれるわ! ――集え、我が肉人形ども! 我が身を核として至高の傀儡となれ!」



 ぐぎゅりっ! とトウゲンの雄叫びに呼応するかのように、倒れていた子どもたちの身体やらなんやらがやつを中心に集っていく。


 それは研究室内にあったカプセルの中身なども同じで、やつの所有する全ての肉あるものが集い、一つへとなっていったのだ。



「――オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」



 そうして二人の前に姿を現したのは、全身がまるで彫像のような質感を持った白く巨大な赤子であった。


 だがその姿はどこか歪で、赤子なのに口には歯牙がびっしりと生えていた。



「この期に及んでまだ幼子の姿をとるか……っ。――オフィール!」



「お、おう、どうした?」



 すっかり迫力負けしていたオフィールが素直に返事をすると、トゥルボーは真顔でこう言ってきた。



「癪だが、あれを跡形もなく吹き飛ばすには些か力不足だ。ゆえに我が力をお前に貸してやる」



「いや、貸してやるって……」



「元より我はエネルギー体。そして今我らの肉体は忌々しくもあの男の〝紋章〟で繋がっておる。であれば我らとて一つになれるの道理だ」



「つ、つまりなんだ? 〝女神版スペリオルアームズ〟みたいな感じか?」



 そうわけも分からず口にするオフィールに、トゥルボーは「ああ、そうだ」と力強く頷いて言った。



「束ねた我らの力の前にもはや敵などおらぬ。その絶大なる力を以て、あの外道を存在ごと無に帰してやれ!」



「よっしゃ! なんだかよく分かんねえけど、やっとあたしの出番ってわけだな!」



 ぶんっ! とオフィールが得意げに戦斧を振り回して構える。


 すると、トゥルボーの身体がほのかに輝き始め、



「行くぞ、馬鹿娘!」



「おうよ!」



 ぶひゅうっ! と暴風渦巻く中、オフィールは彼女を纏い、新たなる戦闘フォームを誕生させたのだった。



「「神姫兵装――インフィニットガッデスッッ!!」」



 それは、聖女単体としては最強となる究極の戦闘フォームであり、これが後に《スペリオルアームズ》にも影響を及ぼすことを、この時はまだ誰も知らなかったのだった。

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