187 死霊傀儡
「ほほう? 儂の相手はおぬしらか?」
時は戻り、イグザとヨミが戦闘を開始していた頃。
オフィールとトゥルボーもまた魔族の一人であろう老人と会敵していた。
老人は小柄かつ杖を突いており、ぱっと見は強靱な生命力が売りの魔族には見えなかったのだが、曲がりなりにもここは〝汚れ〟渦巻く《絶界》の中層――《黒絶界》である。
しかもこのあきらかに通常とは異なる様相の研究室らしき空間だ。
当然、そんなところにか弱き老人などいるはずもなく、オフィールは一切気を抜くことなく老人……いや、魔族に斧を突きつけて言った。
「よう、じいさん。てめえに聞きてえのはただ一つだ。攫った仲間をどこへやりやがった?」
「ふひひっ、それはあの〝痛い痛い〟と泣き喚いていた聖女のことか?」
「「――っ!?」」
揃って目を見開いた後、オフィールは「てめえ……っ」と憤りのこもった視線を魔族に向ける。
すると、魔族は再びふひひと気味の悪い笑みを浮かべるも、どこか残念そうに言った。
「一足遅かったのう。あの小娘ならばもうここにはおらぬわい」
「てめえ、まさか殺しやがったんじゃねえだろうな!?」
ずがんっ! と石突きで床石を砕くオフィールを、隣のトゥルボーが「落ち着け」と窘める。
しかしまるでなぶり殺したかのような魔族の物言いに、オフィールの怒りもいよいよ限界を迎えようとしていたのだが、
「ふひっ、殺せればよかったんじゃがのう。これからという時にパティのやつめが邪魔立てしおったわ。まったく忌々しい小僧じゃて……」
どうやらエルマはまだ生きているようだった。
「なんでえ、心配させやがって……」
ほっと胸を撫で下ろすオフィールたちに、「じゃが」と魔族は大きく顔を歪めて言った。
「代わりにおぬしらが現れてくれおった。ふひっ、しかも聖女どころか女神までおるではないか……ふひ、ふひひひひっ」
「な、なんか気持ちわりいじいさんだな……」
にたにたと下卑た笑みを浮かべ続ける魔族に、さすがのオフィールも些か引く。
すると。
――どばんっ!
「「!」」
トゥルボーが風の刃で魔族のすぐ横の床を粉々に吹き飛ばして言った。
「失せろ、目障りだ」
「……ほう? このトウゲンに情けをかけると?」
――トウゲン。
それがあの魔族の名前らしい。
トウゲンの言葉に、トゥルボーは酷く冷淡な口調で告げる。
「情けだと? 笑わせるな。貴様には殺す価値すらないと言っているのだ。分かったらさっさとこの場から消え失せろ。そして二度とその醜い面を我が前に見せるな」
「お、おお、なんか今日のババアはいつにも増して気合い入ってんな……」
思わず萎縮しそうになるオフィールだったが、トウゲンはふひっとどこか嬉しそうに笑って言った。
「それはそれは、なんとも慈悲深い女神さまじゃ。確かに儂もこんなところで死にとうはない。とはいえ、命を救われた以上は何か礼をせねばなるまいて。――ああ、そうじゃ。おぬしを自由にしてやろう。出て参れ」
「「!」」
オフィールたちが眉根を寄せる中、トウゲンに呼ばれて研究室の奥から姿を現したのは、ぱっと見5~6歳くらいの男の子だった。
何故こんなところにという感じだが、恐らくは何か研究のために連れてこられたのだろう。
いや、もしくはすでに何かしらの実験を受けたあとなのか……。
訝しむオフィールたちをよそに、男の子はぼーっとしたような表情のままこちらへと近づいてくる。
なので一応斧を構えるオフィールを、トゥルボーは手で制して言った。
「案ずるな。ただの人の子だ。魔の気配は感じぬ」
「け、けどよぉ……」
そうこうしているうちに、男の子がトゥルボーの前までやってくる。
男の子は相変わらずぼーっとトゥルボーを見上げていた。
「その幼子は儂が研究用にと人の町から連れてきたんじゃが、とくに使い道がなくてのう。命を救われた礼じゃ。おぬしらにくれてやるわい」
「くれてやるも何もてめえが勝手に攫ってきたんだろうが」
「ふひっ、まあそう言うてくれるな、赤毛の聖女。もっとも、いらぬと言うのであれば儂が連れていくだけじゃがのう。さて、どうする?」
トウゲンの問いに、トゥルボーはしばし男の子を無言で見やった後、「――いいだろう」と頷いて言った。
「この者は我が預かってやる。用が済んだのならばさっさと消えろ」
「ああ、そうさせてもらうわい」
そう頷くなり、トウゲンはオフィールたちに背を向けて歩き始める。
本当に戦うつもりはないようだ。
すっかり肩透かしを食らったオフィールは、「つーかよぉ」と斧を背に担いで言った。
「マジでそいつを連れてく気か?」
「当然だ。こんな幼子をかような場所になど置いていけるか」
そう苛立ち気味に言った後、嘆息するオフィールを差し置いてトゥルボーが床に膝を突く。
「そなた、名はなんという?」
そして柔らかい口調で男の子に名を尋ねたのだが、
――ぱんっ!
「「――っ!?」」
その瞬間――男の子が爆ぜた。
なんの前触れもなく、まるで内側から弾けるように血の雨を降らせたのである。
「――ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
それと同時に響くのは耳障りな笑い声。
そう、トウゲンだ。
呆然とオフィールたちが佇む中、どこから連れてきたのか、去ったはずのトウゲンが大勢の子どもたちに囲まれて戻ってきていたのだ。
「ふひひひひっ、気に入ってもらえたかのう? 儂の肉人形は」
「このクソジジイ……っ」
「さすがの女神も気づかなかったようじゃのう。まあ当然じゃ。何せ、儂の異能――《
ふひゃひゃひゃひゃっ! と再度トウゲンが甲高く笑う中、男の子の血で頭から真っ赤に染まっていたトゥルボーがゆっくりと立ち上がる。
そして。
――ずがんっ!
「「――っ!?」」
彼女は足もとの床を陥没させ、全身に暴風を纏いながらこう告げたのだった。
「……前言を撤回しよう、魔の者よ。貴様になかったのは〝殺す価値〟でもなければ〝生かしておく価値〟でもない。この世に――〝存在する価値〟だ」
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