182 囚われた聖女


「エルマが捕まった!?」



 ドワーフの里に帰還するなり、耳を疑うような報告が飛び込んでくる。


 なんでもミノタウロスの里に現れた魔族によって連れ去られてしまったのだとか。



「も、申し訳ございません!? 私めが不甲斐ないばかりに!?」



 そう床に額を擦りつけながら謝罪の言葉を口にするのはポルコさんだ。


 どうしても俺に謝罪がしたいと、イグニフェルさまに頼んで連れてきてもらったらしい。



「と、とりあえず頭を上げてください。一体何があったんですか?」



 床に片膝を突いて促す俺に、「すまねえ……」とオフィールが苦虫を噛み潰したような顔で言う。



「確かにそのデブが人質に取られたのが原因っちゃ原因なんだけどよ、でもあたしやイグニフェルさまん中じゃぶっちゃけ人質の価値がねえっていうか、まああとで生き返らせればいいんじゃねえか? って感じだったんだ……」



「いや、それはそれでどうかと思うんだけど……」



 ただまあ正直そう思いたくなる気持ちが分からなくはない俺だった。


 だってポルコさんだし。



「ああ。ゆえに我らも脅しは無意味だと告げたのだが、いざそこなドワーフの子の喉元に刃が食い込むと、あの娘から手を出さぬよう懇願されてしまってな。我らとしても為す術がなかったのだ」



 すまない、と謝罪するイグニフェルさまに、俺は「いえ……」と首を横に振って再びポルコさんを見やる。



「だからポルコさんが頭を下げていたんですね……」



「申し訳ございません……っ。私が、私があの者の卑劣な罠に嵌まったばかりに……っ」



 涙ながらに悔しさを滲ませるポルコさんに、俺はふっと口元を和らげて言う。



「そんなに自分を責めないでください。相手はあのエリュシオンが送り込んできた精鋭中の精鋭なんです。卑劣な手の一つや二つくらい容赦なく使ってくると思います」



「イグザさま……」



 ぐ、うぅ……、と涙で顔をぐしゃぐしゃにするポルコさんの肩を、俺も宥めるように優しく撫でていたのだが、



「いや、なんかいい空気ん中悪いんだけどよ、そのデブはエロい女に釣られた挙げ句、ババアの乳見せつけられて失神してただけだぞ?」



「……うん?」



 あれ?


 ポルコさん?



      ◇



 ともあれ、問題は何故エルマを攫ったのかである。


 人質にしたいのであれば、まあ価値があるかどうかは置いといても、そのままポルコさんを連れて行けばよかったはずだ。


 なのにその魔族とやらはわざわざエルマを攫っていった。


 オフィールたちの話でも、魔族は元々エルマに狙いを定めていたような節があるし、やはり考えられるのは、彼女がまだ〝フェニックシールを刻まれていない〟ということだろうか。


 今や創世の神となったエリュシオンに対抗出来るのは、聖女七人で行う究極の《スペリオルアームズ》だけだ。


 である以上、その聖女の一人を封じるのはやつらにとって最善の策だろう。


 しかもフェニックスシールがなければ遠隔でダメージを身代わることも出来ないし、彼女のもとへと駆けつけることも出来やしない。


 まさに〝してやられた〟というのが正直なところである。


 と。



「うぅ、私のせいで今頃聖女さまは口に出すのも憚られるようないやらしい目にぃ~……」



 未だ自らを責め続けていたポルコさんが土下座姿勢のままそう頭を抱える。


 だが女子たちからは挙って否定的な意見が返ってきた。



「いや、そりゃねえだろ。だってあいつ乳も色気もねえし」



「うむ。ザナならばまだしも、エルマと言われると途端に首を傾げたくなる。というより、あいつがそういう目に遭っている姿がまるで想像出来ん。まあこの状況ゆえ、喜ばしいことなのかもしれないが……」



「うん。だからそんなに泣かないで、豚さん」



 なんかめちゃくちゃ言われてるな……。


 まあエルマに色気があるかどうかはさておき。


 ザナの一件も耳に入ってるはずだし、迂闊なことをして俺の怒りを買うことを考えれば、現状そんなリスクは冒さない気がする。


 向こうは〝聖女〟というだけで全員俺の女だと考えているだろうしな。


 だからたぶんポルコさんの言うようないやらしいことはされていないと思うし、俺に《完全蘇生》がある以上、殺されていることもないだろう。


 となれば、考えられるのは仲間がやられた報復として、多少痛い目に遭っている可能性だ。


 一応ポルコさんと旅をしていたとはいえ、エルマは俺と別れるまでほとんど肉体的な痛みを感じるような生活をしてきていない。


 そう、〝痛み〟にはめっぽう弱いのである。


 そんな彼女が多少なりとも手を上げられていれば、治癒術もまともに使えない環境だ――あっという間に心が折れてしまうことだろう。


 そうなれば二度と戦う意思すらなくなってしまうかもしれない。


 とにもかくにも、一刻も早く助け出さなければ。


 うん、と頷き、俺はエルマ救出に向けて皆と作戦会議を始めたのだった。



      ◇



 一方その頃。



「ところで……ふひっ、この娘は儂にお譲りいただくわけにはいきませんかのう。聖女を弄くり回せる機会など滅多にありませんゆえ、是非このトウゲンの実験体にさせていただきたいのですが……ふひひっ」



 ――ちらっ。



「ひいっ!?」



 エルマは実験体にされかけていたのだった。

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