135 乳無し聖女と馬の糞
フィーニスさまに黒人形化された〝斧〟の聖者――ボレイオスを追い、俺たちは急ぎミノタウロスの里があるという孤島を目指して空を飛び続けていた。
シヴァさんの話だと、ミノタウロスたちは外敵の侵入を防ぐために島の地下深くに潜っているといい、里までの道筋はまるで迷路のようになっているという。
「つーか、本当に追いつけんのか? あのデブのせいで大分時間を食っちまったんだろ?」
「そうね。正直、豚さんの黒人形化は想定外だったわ。たとえ元の姿に戻っていても、彼の能力は発動していたはずなのだけれど……」
シヴァさんがどこか腑に落ちなさそうな表情を見せる中、俺はオフィールに尋ねる。
「そういえば、前にフィーニスさまが現れた時はどうだったんだ? やっぱり疑ってた感じなのか?」
「いや、目もくれてなかったぜ? マジで道端に落ちてる馬のクソぐらい興味がなかったんじゃねえか?」
「道端に落ちてる馬のクソ……」
酷い言われようである。
だが裏を返せば、それくらいポルコさんの隠蔽術が完璧だったということだろう。
にもかかわらず、次に姿を現した時には彼を〝盾〟の聖者だと見抜いていた。
その間にあったことといえば、竜人の里に行って〝槍〟の聖者――アガルタを浄化したことくらいなはずだが、何か関係性でもあるのだろうか。
「そもそもどうしてフィーニスさまは俺たちの浄化を邪魔しないんだろうな? 亜人を滅ぼすのが目的なら、どう考えても俺たちは邪魔なはずなんだけど……。これじゃまるで――」
「――〝意図的に黒人形を浄化させているみたいだ〟、でしょう?」
結論を持っていったシヴァさんに、俺は「ええ」と頷く。
すると、シヴァさんはオフィールに対して確認するように言った。
「確か以前女神フィーニスはこう言っていたそうね。〝あの子のために早く七つの神器を集めてあげないといけない〟、〝聖者の持つ神器をあげないと意味がない〟って」
「ああ、言ってたぜ。だから乳無し聖女さまにはまだ神器をやれねえんだとさ」
「なるほどね」
オフィールの言葉を聞き、シヴァさんが神妙な顔をする。
なんでもいいけど、〝乳無し聖女〟はやめてやれよ。
また無言で風の防御壁を作り始めるだろ。
俺がそう半眼をオフィールに向けていると、シヴァさんが小さく嘆息して言った。
「今までの彼女の行動から推測しても、意図的に神器を浄化させているのは明白でしょう。問題は何故そんなことをさせているのかだけれど、それに関してはさすがに情報が少なすぎるわね」
「つまり今は不本意でも彼女の思惑に従わなければならないと?」
「ええ、そうなるわね。女神フィーニスが何を考えているのかは分からないけれど、付け入る隙は必ずあるはずよ。だから今はその時のために出来ることをしていきましょう」
「そうですね。分かりました」
「おう。了解だぜ」
揃って頷く俺たちに微笑んだ後、シヴァさんは遙か前方を見据えて言ったのだった。
「さて、見えてきたわ。あれがミノタウロスたちの住まう島――〝ラビュリントス〟よ」
◇
一方その頃。
「……どなたですか?」
不穏な気配に気づいたアイリスは、柱の陰に佇んでいた人物に向けて疑似聖弓を構える。
すると、全体的に生気を感じさせない白髪の女性が、ふふっと笑みを浮かべながら姿を現した。
「こんにちは……。可愛いお嬢さん……」
「……っ」
ぼそり、と呟くように喋る女性に、アイリスはなんとも言えない警戒心を抱く。
あのような女性が来訪する話など聞いていないこともさることながら、彼女の纏う雰囲気が本能的にアイリスに訴えかけていたのだ。
「……イグザさんのご友人、ではないようですね」
「ええ……。もっと大切な関係よ……」
そう微笑む女性に、アイリスは首を横に振って言う。
「……それは嘘です。あなたからはあの人の温かさをまったく感じません」
「うふふふふ……」
「――っ!?」
その瞬間、女性が突如目の前に現れ、アイリスは驚愕に目を見開く。
――ばきんっ!
「なっ!?」
同時に疑似聖弓を握り潰され、堪らず後退る。
そんなアイリスに、女性はやはり微笑みを崩さず言ったのだった。
「怖がらなくてもいいのよ……? 私はただあなたたちとお話がしたいだけなのだから……」
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