136 ミノタウロスの迷宮


「はあ? 海の底を〝掘ってる〟だあ?」



 意味が分からないとばかりに声を裏返らせるオフィールに、シヴァさんは「ええ」と肩を竦めて続ける。



「どうやら直接里に乗り込むつもりみたいね。むしろ水攻めでもする気かしら?」



「おいおい、そりゃねえだろ……。せっかく間に合ったってのによぉ……」



 がっくりと肩を落とすオフィールに、俺は苦笑いを浮かべる。


 彼女の言うとおり、なんとかボレイオスよりも早く島へと辿り着いた俺たちだったが、シヴァさんにやつが今どこにいるか視てもらったところ、まさかの掘削中だったのである。


 確かにこれは予想外の展開であった。



「えっと、ボレイオスのやつは結構掘り進めている感じなんですかね?」



「そうね。ちょっと視界が悪くて正確には把握出来ないのだけれど、さすがは〝斧〟の聖者と言ったところかしら。凄まじいペースで掘削を続けているわ」



「なるほど。となると、遠距離から狙い撃つのも難しそうですね……」



 うーん、と俺は眉根を寄せ、考えを巡らせる。


 ティルナがいない以上、迂闊に水中戦を仕掛けるわけにもいかないし、そもそも水中では水属性の攻撃以外ほとんど使い物にならないからな。


 掘った穴の大きさや深さを考慮しても、今からあとを追うのはさすがに悪手だろう。



「出来ればミノタウロスたちを巻き込みたくはなかったんだけどな……。でもこうなった以上は仕方がない。このまま地下の迷宮を抜けてミノタウロスの里に向かおう。そして彼らを地上へと逃がした後、俺とオフィールで一気にボレイオスを叩く!」



「おう、了解だぜ!」



「ええ、分かったわ」



 頷く二人を連れ、俺は急ぎミノタウロスの里へと向かったのだった。



      ◇



「って、なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああっ!?」



 ――ごろごろごろごろごろごろ!



 女子たちを両脇に抱えつつ、俺は襲いくる大岩から逃げるべく必死に駆け続ける。


〝迷宮〟というくらいだから、てっきり巨大な迷路状のダンジョンかと思っていたのだが、内部はまさかのトラップ地獄であった。


 恐らくはどこかに解除するための仕掛けがあるのだろうが、そんなもののありかなど当然分かるはずもなく……。


 俺たち(むしろ俺)は先ほどからがっつりトラップにかかりまくっていたのである。


 まあ不死身の俺がかかる分にはなんの問題もないのだが、女子たちはそういうわけにはいかないからな。


 むしろ率先してトラップに突っ込んでいたのだ。



「わっはっはっ! なんか楽しくなってきたな!」



「いや、笑いごとじゃないんだけど!?」



「というか、たぶん飛んだ方が速いんじゃないかしら?」



「え、あ、そうか……」



 シヴァさんの突っ込みを聞き、俺はよいしょとスザクフォームを展開させる。


 むしろ最初から飛んでいれば変なトラップを踏まなくても済んだのではなかろうか……。



 ――ごろんっ!



「おお、本当に飛んでいてよかった……」



 ともあれ、底の見えない大穴へと落ちていく大岩を眼下に捉えつつ、俺はほっと胸を撫で下ろす。


 まさか道が開けたと思ったらホール並みの大穴が空いていようとは……。


 その上、通ってきた道自身にもちょいちょいトラップが仕掛けてあったし……。


 てか、侵入者殺すことに力入れすぎだろ、ミノタウロス……。



「そりゃボレイオスのやつも直接乗り込もうとするわな……」



 はあ……、と俺が小さなため息を吐いていると、オフィールが不思議そうに言った。



「つってもあの牛のおっさんは解除の仕方を知ってんだろ?」



「ええ、もちろん知っているでしょうけど、恐らくはしばらく里に戻っていないんじゃないかしら? その間に新しいトラップが出来ている可能性は十分にあるし、既存のやつをいちいち解除するのも面倒でしょう?」



「はは、ちげえねえや」



 オフィールがそう笑みを浮かべる中、俺たちは大穴の底へと辿り着く。


 そこには先ほど落ちた大岩のほか、ご丁寧に切っ先を上にした槍がびっしりと張り巡らされていた。


 なんというか、徹底してるなぁ……。


 ミノタウロスたちの仕事ぶりに感服しつつ、俺はシヴァさんに尋ねる。



「それで里はどっちの方向にありますかね?」



「えっと……向こうね。大分下ってきたし、もうすぐ着くんじゃないかしら?」



「そうですか。なら――」



 と。



 ――ずがんっ!



「「「!」」」



 その時、そこそこ近い位置から衝撃音が鳴り響き、俺たちは揃って目を丸くする。


 どうやらボレイオスのやつも近くまで来ているらしい。



「「「――」」」



 それを確信した俺たちは、やはり三人揃って頷き、やつよりも早く里に到着するため、迷宮内を飛んでいったのだった。

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