109 猫被りの聖女


 多少の気まずさは残るものの、とりあえずエルマと和解出来てよかった。



「問題はこの豚が未だにあたしの素を知らないってことなのよね……」



 こうやって普通に話せる日が来るなんて夢にも思わなかったからな。


 最初からこういう感じだったのなら、俺はきっと今も彼女の従者を続けていたと思う。


 世界中を二人で巡って、多くの人たちを笑顔にしていたんじゃないかな。


 ただそれだと皆には会えなかっただろうから、どっちがいいとは言えないんだけどさ。



「はは、まあ君は昔からプライベートとの使い分けが上手かったからな。でもこうして素直になれたんだし、いっそのことバラしてみるのはどうだ?」



「む、無理に決まってるでしょ!? 今の今まで清純可憐で慈愛の女神さまみたいな感じだったんだから!?」



「そ、そりゃ確かに無理だ……」



 いや、猫被りすぎだろ。


〝清純可憐な慈愛の女神さま〟ってなんだよ。


 そんなのテラさまくらいしか思いつかんわ。


 まあ俺といた時もそんな感じだったけどさ。



「でもいくら神速とはいえ、手刀を打ち込んだり首をきゅっとしたりしてるんだろ? 普通にバレてるんじゃないか?」



「え、マジで……?」



「いや、知らんけど……」



 揃って男性……ポルコさんに視線を向ける俺たちだが、彼は相変わらずくたりと白目をむいたままだった。


 ところでこれ死んでないよね……?



「てか、もしバレてたら今まで必死に聖女ムーブしてたあたしが馬鹿みたいじゃない……」



「いや、そんなことはないだろ。だってそれを知っていてあえて気づかないふりをしていてくれたわけだし」



「そ、そりゃそうだけど……」



「それにたとえバレていなくても、この人は猫を被っていたくらいで離れていくような感じの人なのかい?」



「……いえ、それはないと思うわ」



 確信を持って首を横に振るエルマに、俺は表情を和らげて言う。



「ならこの際だから正直に伝えてみようぜ。これから旅を続けていく上でも、素でいられた方が君も楽だろ?」



「まあね。でも手刀と裸絞めは許してくれるかしら……? 結構がっつりやっちゃったんだけど……」



「そ、それはどうだろうね……」



 顔を引き攣らせつつ、そう答える。


 もっとも、手刀の段階で許容されているのであれば、首をきゅっとされても許してくれる……かなぁ……。


 いや、でもそういう性癖の方という場合もあるし……。


 まあなんとかなるだろ、と俺は内心結論づける。



「さてと」



 せっかくだし、もう少し話していたい気もするのだが、今は非常時である。


 なので俺は椅子から腰を上げ、静かにドアの方へと近づくと、がちゃりとこれを開けた。



「「「「「――うわあっ!?」」」」」



「――っ!?」



 その瞬間、シヴァさん以外の女子たちがなだれ込んでくる。


 そんな気はしていたのだが、揃ってドアに聞き耳を立てていたらしい。



「あいたたた……」



「オフィール、重い……」



「くっ、私としたことが……」



「これは失態だわ……」



「あ、あの、皆さんどいてください……」



「……」



 呆れたように半眼を向ける俺に、一人この難を逃れていたシヴァさんが肩を竦めながら言ったのだった。



「まあ、こうなるわよね」



      ◇



 ともあれ、今が非常時だということを簡潔に説明した俺たちは、次にどこの里へ向かうかを話し合っていた。


 候補はやはり竜人とエルフである。



「そうですね、確かにその〝幻想形態〟というものがあることを考えれば、エルフの方がいい気がします」



「ふむ、だがこちらにも《スペリオルアームズ》なる戦闘形態があるのだろう? ならばたとえ竜が相手だろうと臆する必要はないと思う。何せ、この私が向かうのだからな」



 ふっと不敵な笑みを浮かべるアルカに、マグメルが半眼を向けながら言う。



「いや、あなたは単にその《スペリオルアームズ》を早々に極めたいだけでしょう? ティルナさんに先を越されたのを相当根に持ってるみたいですし」



「……知らんな」



 ぷいっと恥ずかしそうにそっぽを向くアルカに、当のティルナがぐっと親指を立てて言った。



「正妻交代」



「くっ……」



 アルカが悔しそうに唇を噛み締める中、オフィールがシヴァさんに問う。



「んで、本当にエルフにはその幻想なんちゃらってのがねえのか?」



「そうね、確実にないとは言い切れないのだけれど、でもシャンガルラのように巨大な獣などには変身しないと思うわ」



「なるほど。であればやっぱりエルフの方がいいんじゃないかしら? 少なくとも竜を相手にするよりは早く倒せると思うし」



「うん、わたしもそう思う」



「だ、だが……」



 珍しくおろおろするアルカの肩をぽんっと叩き、マグメルは黄昏れたような顔でこう告げたのだった。



「諦めましょう、アルカディアさん。今の正妻は完全にあの子です」



「……」



 どやぁ、とその控えめなお胸を張っているティルナに、当然アルカはずーんっと死んだような顔になっていたのだった。

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