108 憧れの聖女さま
俺は、夢でも見ているのだろうか。
「あんたがあたしのことを嫌ってるのは知ってるわ……。別に許してもらおうだなんて思ってもいない……。でもちゃんと謝っておきたかったの……。本当にごめんなさい……」
あのエルマがわざわざ謝罪のためだけに俺に会いにきただなんて……。
「……」
いや、でもそうだったな。
彼女は元々それが出来る子だったんだよ。
ずっと昔のことだったからすっかり忘れてたけど、最初はエルマも俺のことを気遣ってくれていたんだ。
日々 《身代わり》のスキルで傷だらけになる俺を、彼女はいつも心配してくれていた。
俺が痛がるからと修練を拒否したこともあった。
優しい子だったんだよ、本当は……。
でも周りはそれを許さなかった。
俺たちの故郷は本当になんの変哲もない山奥の小さな村だったからな。
そんな場所から人々の希望である聖女が出れば、そりゃ皆期待もするだろうさ。
――〝エルマが自分たちの生活を豊かにしてくれる〟ってな。
今考えれば、相当なプレッシャーだったんだと思う。
俺のことは心配でも、大人たちには強い口調で聖女の使命を説かれ続けるんだ。
まだ幼いエルマには恐怖でしかなかっただろうし、従うよりほかに方法がなかったんだろうさ。
そうして周りの期待を一身に背負ったまま、エルマは聖女として成長していった。
いつの頃からか、彼女が俺のことを気遣ってくれることもなくなり、聖女に尽くすのは当然だと教え込まれ続けてきた俺も、文句の一つ言うことなく日々を過ごしていった。
――その結果がこれだ。
だから確かに散々酷い目には遭わされてきたけれど、エルマはエルマで被害者だったのかもしれないな。
まあそれにしたって本当に酷かったけどな……。
いや、割とマジで……。
でも――。
「別に嫌っちゃいないよ」
「えっ……」
弱々しく顔を上げるエルマに、俺は小さく嘆息しながら言った。
「これでもそれなりに長い付き合いだからな。君のいいところだっていっぱい知ってるし、別に嫌ってるわけじゃないよ。まあ死ぬほど呆れはしたけどな」
「うっ……」
「でもこうしてわざわざ謝りに来てくれたんだ。だから許すよ。むしろ来てくれてありがとな」
俺がそう微笑みかけると、エルマは少々困惑したような顔で言った。
「な、なんであんたがお礼を言うのよ?」
「いや、なんか嬉しくてな。俺だっていつまでも昔なじみと絶縁状態でなんていたくないし、君は俺の憧れでもあったからさ」
「憧れ……?」
呆然と瞳を瞬かせるエルマに、俺は頬を掻きながら言う。
「まあ、子どもの頃の話だけどな? あの頃の君は優しくて笑顔の可愛い――本当に人々の希望である聖女さまって感じだったからさ。俺も力になりたいって本気で思ってたんだよ」
「そう……。それは随分と期待を裏切っちゃったわね……」
ふっと自嘲の笑みを浮かべるエルマに、俺は「いや」と首を横に振って言った。
「今の君はもう昔のエルマじゃないだろ? 今の君ならきっとなれるはずだよ。皆を笑顔に出来る聖女さまに。俺の憧れだった優しい聖女さまにさ」
「……ありがと。頑張るわ」
そう赤い顔で視線を逸らすエルマを、俺は微笑ましげに見つめながら頷く。
「ああ、応援してるよ」
すると、エルマが頬を桜色に染めたままちらりとこちらを見やって言った。
「てか、あんたちょっといい男になりすぎじゃない?」
「そ、そうか? まあ色々あったからな……。それより君の方こそどうしてそこまで考えが改まったんだ? こう言っちゃなんだが、何か相当の苦労でもしないとそうはならないだろ?」
「ええ、そうね……。がっつりさせられたわよ、その〝相当の苦労〟ってやつをね……」
そう彼女が死んだような目を向けたのは、未だに白目をむいている豊満ボディの男性だった。
恐らくはギルド辺りで従者契約を結んだ冒険者だとは思うのだが、なんでこの人はこんなところで白目をむいてるんだろうな……。
まあその辺の説明を今からしてくれるみたいなんだけど。
「そこに転がってる豚のおかげでね、あたしは気づいたの……。誰かのお世話をするのって、こんなにも大変なことだったんだなって……」
「いや、でもお世話係として豚……ではなく彼を雇ったんじゃないのか?」
「ええ、そうよ……。なのにいつの間にやらあたしの方が豚を気遣い続ける日々……。嵐の海では頭から大リバースを受け、初壁ドンどころか床ドンまでされた挙げ句、最近じゃ勘違いからあたしに好意を向けられてるんじゃないかって手を繋ごうとしてくる始末……」
「よ、よく分からんけどなんか大変そうだね……」
ずーんっ、と俯いているエルマに、俺は一応労いの言葉をかけておいたのだった。
まあ人生色々あるよな……。
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