107 再会


 どうしてエルマがここにいるのか。


 そもそも彼女は本当にエルマなのか。


 もしかしたら何か幻術のようなものでもかけられているのではないか。


 一瞬そう訝しんだ俺だったのだが、



「……なんでそんな端っこにいるんだ?」



 部屋の隅でちょこんと小さくなっていた彼女の姿に、やっぱり現実なのではと思いつつあった。



「いや、だってめちゃくちゃ気まずいし……」



 うん、普通に現実だわ、これ。


 はあ……、とまさかの来訪者に嘆息する俺だったのだが、それよりも気になっていたことがあった。



 ――つんつん。



「とてもぷよぷよ」



 こら、やめなさい。


 そんなもの突っついちゃダメでしょ。


 俺は内心ティルナを窘めつつ、彼女の突っついているものを見やる。


 そう、この何故か部屋の床でごろりと白目をむいている豊満ボディの男性だ。


 確かにお腹のお肉はとってもぷよぷよしているのだが、一体この人は誰なんだろうか。


 というか、なんで白目むいてるのこの人……。


 俺が引き気味に男性の様子を窺っていると、その視線に気づいたらしいエルマがこう言ってきた。



「ああ、それに関しては気にしなくていいわ。ただの肉塊だし」



「え、あ、うん……」



 いや、ただの肉塊って……。


 相変わらず口悪いなぁ……。


 まあエルマらしいと言えばエルマらしいんだけど……。



「実は先ほどまでフルガさまがいてな。どうやら彼女に連れてこられたらしい」



「ああ、そういえばイグニフェルさまのところにいるってシヴァさんが言ってたっけか……」



「ええ、そうよ。色々と事情があってね。あたしたちも女神さまのもとを巡ってたの」



「え、じゃあテラさまたちにも?」



「もちろん会ったわ。テラさまにトゥルボーさま、それにシヌスさまにもね」



「それは随分と頑張ったな……」



 テラさまはまだしも、どうやってトゥルボーさまの結界を突破したり海の中を進んだりしたのだろうか。


 あの肉塊……じゃなかった。


 男性に何か特殊な力がある……わけないよなぁ……。



「まあね。あんたがいなくて本当に大変だったわ……」



 そう伏し目がちに言うエルマの視線の先では、未だに男性のお腹をティルナが突っついている最中だった。



 ――つんつん。



「おもちみたい」



 だからやめなさいって。



「まあ私たちもお前から話を聞いていたからな。嫁として色々と言いたいことはあったが、さすがにこれだけ大人数で言うのは大人げないと判断した。だから安心しろ。彼女にはただ待っていてもらっただけだ」



「そっか。気を遣わせて悪かったな」



「いえ、構いません。私たちは一度席を外しますので、エルマさんとお話をされてはいかがでしょうか? そのくらいの時間はありますよね?」



 マグメルが問うと、シヴァさんは「ええ、大丈夫よ」と頷いた。



「なら時間を無駄にしないためにも早々に移動しましょう。その間に私たちは二人からシャンガルラに関しての報告を聞いているから」



「ああ、分かった。皆ありがとな」



 俺がそうお礼を言うと、女子たちは微笑みながら部屋を出ていった。



「ほれ、行くぞ。つんつんタイムは終わりだ」



「残念。とてもいい感触だったのに」



 ティルナもオフィールに連れられて部屋を出ていく。



 ――ばたんっ。



 そうして室内には俺たちだけが取り残されて……いない!?


 未だ白目をむいている男性の姿を発見し、俺は一人がーんっとショックを受けていたのだった。


 いや、すんごい気になるんですけどあれ!?



      ◇



 ともあれ、置いていかれてしまったものは仕方がない。


 俺はなるべく男性のことを見ないようにしつつ、エルマに話しかけた。



「あー、なんだ。元気そうで何よりだよ」



「あんたもね。随分と可愛いお嫁さんが出来たみたいじゃない。しかもたんまりと」



「は、はは、そこには突っ込まないでもらえると助かる……。俺もあれから色々あったんだ……」



「みたいね。ヒノカミさまの御使いがあんただって聞いて驚いたわ。しかもさらに追ってみれば、いつの間にか英雄扱いされてるし」



「まあ、な……」



 結果的にそうなっただけで、俺は別に皆が幸せならそれでいいんだけどな。



「で、もう薄々気づいてるでしょうけど、あたしはそんなあんたに触発されて女神さまのもとを巡ってたってわけ。だって悔しいじゃない。なんの取り柄もなかったはずのあんたが聖女のあたしよりちやほやされてるなんて」



「……」



 そう肩を竦めて言うエルマだったが、彼女には珍しく少々声のトーンを落として続けた。



「……でも旅の途中で気づいたわ。あんたに取り柄がなかったわけじゃない。ただあたしがそれに気づかず傲慢になってただけだったってね」



「エルマ……」



「何よ? おかしい? あたしだって反省の一つくらいするわよ。だから今日ここに来たのはあれよ、あれ。あー……」



「?」



 何やら言い淀んでいる様子のエルマに、俺が小首を傾げていると、彼女は勢いよく頭を下げながらこう言ってきた。



「わ、悪かったわよ! 今まで酷いことを言って! 本当にごめんなさい!」



「!」



 それはいつか言ってくれるだろうと思って最後まで聞けなかった、彼女からの謝罪の言葉だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る