94 それぞれの戦い


 一方その頃。


 ほかの聖女たちもそれぞれが聖者たちと対峙していた。


 それは彼女――アルカディアもまた同じであり、禍々しい槍を携える男性と睨み合っている最中だった。



「ふむ、なんの種族かは知らんが、どうやら〝槍〟の聖者で間違いないようだな?」



「ああ。そういう貴様は〝槍〟の聖女か。――なるほど。なかなかに鍛えられたいい体幹をしている」



 嬉しそうに笑う男性に、アルカもまた不敵に笑って言った。



「そういうお前も随分と強靱な体つきではないか。しかもその強固な鱗に覆われた尾や肢体を見るに……恐らくは〝竜〟か」



「ご明察だ、聡明なる聖女よ。俺の名はアガルタ。誇り高き竜人種の戦士にして、終焉の女神に選ばれし〝槍〟の聖者だ」



 ぶんぶんと神器を振り回し、アガルタが構える。



「なるほど。では私も名乗らねば礼を欠くというものだな。いいだろう。私の名はアルカディア。辺境の村――〝アムゾネシア〟で生を受けた〝槍〟の聖女にして、救世の英雄たる男の妻でもある女だ」



 びゅっ、と同じく槍を構えるアルカディアに、アガルタはおかしそうに笑って言った。



「クックックッ、そういえば貴様らは全員あの男の女でもあったな」



「ああ、そうだ。何か問題でも?」



「いや、俺の種族は一夫一妻が基本なんでな。女として多妻というのはどういう気持ちなのかと思っただけだ」



 挑発のつもりか、それとも単純な興味からなのか、そう問うてくるアガルタだが、しかしアルカディアはまったく気にする素振りをみせず、逆にその豊かな胸を張って言った。



「愚問だな。正妻の私が直々に許可をしている以上、なんの問題もない。妾の多さは我が度量の大きさと知れ」



「はっはっはっ! 貴様は面白い女だな! 殺すのが少々惜しくなってきたぞ!」



「心配するな。死ぬのはお前の方だからな」



「クックックッ、本当に――面白い女だなッ!」



 どぱんっ! と特攻を仕掛けてくるアガルタに、アルカディアも聖愴をぐっと握り直していたのだった。



      ◇



 そしてもう一人、ザナもまたはじめて見る聖者と対峙していたのだが、その雰囲気からザナは彼が何者であるかを即座に理解していた。


 絹のような銀髪に褐色の肌と、特徴的な耳の形。


 間違いない。


 彼は――。



「――〝ダークエルフ〟ね?」



 エルフの中でもとくに強い力を持ちながら、〝汚れし者〟と忌み嫌われてきたという異端種――ダークエルフ。


 まさか聖者の一人として彼らの側についていたとは……。



「ええ。僕はカナン。あなたと同じ〝弓〟を生業とする聖者です」



 そう静かに告げるカナンに、ザナは問う。



「どうやらあなたはまだ話の分かる人のようだけれど?」



「そうですね。僕は無益な争いを望みません。なので出来れば矛を収めて欲しいのですが」



「でもそれは私たちに〝死ね〟と言っているのと同じよ?」



「承知しています。だから安心してください。苦痛なく死ねるようにしますので」



 にこり、と優しく微笑むカナンに、ザナは嘆息して聖弓を構えたのだった。



「前言撤回ね。全然話の分かる人ではなかったわ」



      ◇



「ぬおああああああああああああああああああああああっっ!!」



 ――がきんっ!



「うおっ!?」



 獣化したエリュシオンの一撃に弾き飛ばされ、俺はずざざと雪の上を滑る。


 一撃の重さもそうだが、気迫から技の鋭さまで、全てが格段にパワーアップしていた。


 まさに戦闘モードというやつであろう。


 だが。



「その分余裕がなくなったんじゃないのか?」



「そうだな。獣化は理性よりも本能に重きを置いた形態だ。ゆえに感情の抑えが効かぬのは必然。せいぜい恐怖するがいい。不死のその身が仇となるのだ」



「なんであんたはそういちいち上から目線なんだよ。自分が負けるとは思わないのか?」



「無論だ。何故私が貴様に劣ると思う?」



「そうだったな。あんたは最初からそういうやつだった。でもだからこそ教えてやるよ。――今は俺の方が強いってことをな!」



「――ぐうっ!?」



 どばんっ! と稲妻を纏いながら、俺は神速かつ渾身の一撃をやつの顔面に叩き込んだのだった。

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