80 〝剣〟の聖者
「エリュシオン……っ。なんでてめえがここにいやがる……っ」
二本角の男性――エリュシオンに向けてシャンガルラが眉根を寄せる。
すると、エリュシオンは淡々と告げた。
「無論、お前たちを連れ戻すためだ」
「はっ、そんで命令無視の罰を与えるってか?」
「いや、単にこれ以上の戦闘は不毛と判断したまでのこと。小僧の実力は十分理解したはずだ。ならばこの場に留まる必要はあるまい」
そう静かに告げるエリュシオンだが、当然シャンガルラは納得いかない様子だった。
「ああ!? 留まる必要はねえだぁ!? 大ありだボケ! こっちは散々いいようにやられてんだぞ!? 舐められたまま退けるわけねえだろうが!?」
「ではこのまま〝獣化〟してやつと戦うと? 今はまだ夕刻――お前の領分ではない。大人しく退け。でなければ――私がお前を殺す」
「ぐっ……!?」
エリュシオンの放つ圧倒的な威圧感に、シャンガルラがじりっと後退る。
直接向けられたわけでもないのにこれだけの〝圧〟を感じるのだ。
あのエリュシオンという男――相当な強さなのだろう。
そして腰に下げている太刀を見る限り、恐らくは〝剣〟の聖者に違いない。
と。
「……ちっ」
シャンガルラが舌打ちしながら戦闘態勢を解き、不満げにエリュシオンのもとへと赴く。
見ればボレイオスもまた神器を背に収納しており、エリュシオンの隣で静かに佇んでいた。
どうやら本当に撤退する気のようだ。
だがこのまま黙って見逃すわけにはいかない。
俺は踵を返そうとしていたエリュシオンに向けて問いかけた。
「あんたらの目的は一体なんだ? 何故聖者なのに調和を乱すようなことをする?」
すると、エリュシオンは今一度こちらを振り向いて言った。
「我らの目的は人類の抹殺――そして亜人種のみの新世界を創ることだ」
「「「「「「――っ!?」」」」」」
人類の、抹殺だって……っ!?
「ゆえに我らは聖者として世界の〝汚れ〟である人間どもを排除する。そしてドワーフどもの過ぎたる技術もまた新世界には不要。時が来次第やつらには滅んでもらう」
「そ、そんな勝手な!? あなたたちは命をなんだと思っているのですか!?」
堪らず声を張り上げたマグメルに、エリュシオンは「……命?」と眉根を寄せる。
「それを貴様ら人間が言うのか? 数多の命を無慈悲にも奪ってきた貴様らが」
「そ、そんなこと……」
「そうだな。貴様には身に覚えのないことなのだろう。だが人の愚行は疾うに見過ごせる範疇を超えている。ゆえに我らは人を滅ぼし、世界に安寧をもたらす」
「なるほど。お前たちの主張はよく分かった。確かに人類が愚かなことは否定しない。私も自分の欲望のために同じ人を叩きのめしてきたからな。傍から見ればなんとも身勝手で醜い女だっただろうさ」
だがな、とアルカは鋭い眼光をエリュシオンに向けて続ける。
「お前たちがやっていることもまた身勝手で愚かなことだ。罪のない者たちまで一緒くたに排斥することの何が愚行でないと言える?」
「言えるとも。人が生きていること自体が罪だ。ゆえに罪なき者などいない」
「おい、無茶苦茶過ぎねえか? あのおっさん。全然話が通じねえぞ?」
呆れたように半眼を向けるオフィールに、ザナも嘆息しながら同意する。
「そうね。これはもう説得とかそういうレベルの話じゃないわ。彼らの意志は完全に凝り固まっているもの」
「うん、わたしもそう思う」
でも、とティルナはどこか納得いかなそうな顔でエリュシオンに問いかけた。
「どうしてあなたはそんなに悲しそうなの?」
「……何?」
「あなたの瞳からは何かとても深い悲しみを感じる。それは何に対しての悲しみ? 人を滅ぼすこと?」
「そうか。確か貴様は人魚と人の合いの子だったな。感性の鋭さは母親譲りか?」
「分からない。でもそう感じた。だから答えて。あなたは――」
と
「――少々口が過ぎるぞ、小娘」
「「「「「「――なっ!?」」」」」」
一瞬にしてエリュシオンがティルナの背後へと移動する。
そしてやつは彼女に向けてその太刀を振り抜こうとしたのだが、
――がきんっ!
「……そうはさせるか!」
「ほう?」
当然、俺はティルナを庇いに入ったのだった。
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