77 劣勢


「おらおらおらおらっ! どうした、〝拳〟の聖女! 防戦一方か!? ああ!?」



「ぐ、う……っ!?」



 がががががっ! と嵐のような猛攻をティルナはなんとか凌いでいたのだが、人魚とのハーフである彼女の領分は水中ゆえ、純粋な人狼であるシャンガルラ相手には不利な状況であった。


 と。



「――はあっ!」



「おっと!」



 どがんっ! とアルカディアの一撃をすんでのところで躱したシャンガルラは、



「おらあっ!」



 ――ずががががっ!



「「くっ!?」」



 お返しだとばかりにその禍々しくも鋭利な爪で大地を削る。


 恐らくはあれも神器なのであろう。


 辛うじて躱しはしたものの、なんの武技でもないただの一振りで、地面がごっそりと抉られていた。



「はあ、はあ……。さすがに亜人種の聖者が相手だと、フェニックスシールの強化がないのは辛いな……」



「うん……。最初にザナを潰されたのも痛い……」



 ちらり、と二人が見やった先では、意識を失っているのか、地面に倒れたザナをマグメルが懸命に治療している最中だった。


 戦闘開始早々、脇目も振らずに突っ込んできたシャンガルラに深手を負わされてしまったのである。


 大方自分が近接戦闘特化なので、遠距離攻撃を主体とする彼女は邪魔だと判断したのだろう。


 しかもその治療にマグメルもかかりっきりになるため、安心して自分の得意分野で戦いを楽しむことが出来るというわけだ。


 どうやらあの見た目で意外と頭が切れるらしい。


 そしてもう一つ彼女たちを不利にしていたのが、フェニックスシールによるイグザからの援護がないということである。


 恐らくはヒヒイロカネの加工に全力を注いでいるため、こっちにまで力を回す余裕がないのだろう。


 まったく最悪のタイミングでやってきてくれたものだ。


 ただ……、とアルカディアは警戒したまま背後を見やる。



 ――ずがんっ!



「ぐはあっ!?」



 そこではボレイオスの一撃によって吹き飛ばされたオフィールが、ちょうど壁に叩きつけられている最中だった。



      ◇



「くっそ……。この筋肉ダルマが……っ」



 激痛の走る身体に鞭を打ち、オフィールが弱々しくも再び聖斧を構える。


 そんな彼女を、ぱっと見無傷のボレイオスが静かに見下ろして言った。



「ふむ、〝最強の聖女〟の力とはこの程度のものなのか?」



「はっ、馬鹿を言え……っ。今までのは準備運動だ……っ」



「ほう、それを聞いて安心したぞ。こっちはまだ三割程度の力しか出していないのだからな」



「ならせいぜい気張ることだな………っ。こいつはまだ誰にも見せてねえあたしのとっておきなんだからよ……っ!」



 ――どばんっ!



 その瞬間、オフィールの周囲に暴風が渦巻き、彼女の身体がめりめりとパンプアップする。



「ほう? なかなかいい闘気だ。確かに少々気張る必要がありそうだな」



 そう言うと、ボレイオスはずんっと大地を踏み締め、神器を大きく振りかぶった。


 そして。



「――グランドテンペストブレイクッッ!!」



 暴風を味方につけたオフィールがさらに身体を何度も捻り、最大限の遠心力を加えた渾身の一撃を放つ。



「ぬおああああああああああああああああああああああああああっっ!!」



 対するボレイオスの一撃は――まさに力任せの超剛撃。



 ――どがああああああああああああああああああああああんっっ!!



 その二つが真正面からぶつかり合い、衝撃で地面が陥没――目映い閃光が辺りを峻烈に照らす中、必死に歯を食い縛るオフィールとは裏腹に、ボレイオスは口元に笑みを浮かべて言った。



「素晴らしい研鑽だ、聖女オフィール。人の身でよくぞここまで練り上げた。純粋に称賛の言葉を贈ろう。――だが!」



「――っ!?」



 ぐぐぐ、とオフィール最強の一撃をボレイオスが押し返してくる。



「この……っ」



 オフィールも負けじと今持てる全ての力を以て武技を繰り出し続けていたのだが、



「ぬああああああああああああああああああああああああっっ!!」



 どぱんっ! と抵抗むなしく弾かれてしまった。



「く、そ……っ」



 無理矢理両腕を上げさせられ、無防備のまま滞空するオフィールに、破壊の権化が無慈悲に迫る。



「なかなか楽しかったぞ、聖女オフィール。しばし眠るがいい」



「「「オフィール(さん)!?」」」



 ぶうんっ、と振り上げられた神器の柄が、オフィールの顔面に振り下ろされようとした――その時だ。



 ――どがんっ!



「ぐおおっ!?」



「「「「「――っ!?」」」」」



 突如ボレイオスの巨体が後方に向けて宙を舞い、シャンガルラを含めた全員の目が丸くなる。


 と。



 ――ぼふんっ。



「……えっ?」



 ふいにオフィールが誰かに抱き止められ、彼女は呆然とその人物を見上げる。



「――待たせてごめんな。もう大丈夫だ」



「あんた……」



 そこで微笑んでいたのは、言わずもがな彼女の旦那でもある炎の化身――イグザだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る