70 ヒヒイロカネを手に入れろ


「なるほど。それでわしにおぬしの力に耐えうる武器を作って欲しいのじゃな?」



 俺たちの話を聞いたナザリィさんが神妙な顔で頷く。



「はい。族長さんたちもそれが出来るのはナザリィさんくらいだろうと」



「まあそうじゃな。何せ、わしの腕は〝鍛冶神〟の異名を誇る古のドワーフにすら勝ると自負しておるからのう」



 えっへん、と胸を張るナザリィさんを微笑ましく思いつつ、俺は尋ねる。



「じゃあお願いしても?」



「うむ。おぬしたちは里の恩人でもあるからのう。喜んで引き受けさせてもらうぞい」



「ありがとうございます!」



 俺たちが揃って頭を下げる中、ナザリィさんは「ただ……」と眉間にしわを寄せて言った。



「おぬしの力に耐えうる武器となると、恐らくは〝ヒヒイロカネ〟を使うほかないじゃろう」



「ヒヒイロカネ……。確か我らの聖具と同じ素材だったな?」



 アルカの問いに、ナザリィさんは大きく頷く。



「うむ、そうじゃ。現在では〝生成不可〟とも言われておる伝説の超金属じゃな」



「そんなものが作れるの? イグザ」



「いや、俺に聞かれても……。ただその材料になるっていうアダマンティアなら、以前マグリドの山から海に落としたことがあったな」



 あの時は《不死身》のスキル以外なんの力もなかったから、かなり苦労したっけか。



「そりゃすげえ。さすがはあたしの見込んだ男だぜ。しっかしよくあんなでけえもん動かせたな?」



「まあ色々と頑張ったからな。今だったらもうちょっと楽に出来るとは思うけど」



 俺がそう告げると、ナザリィさんが「ふむふむ」と頷いて言った。



「じゃったら話は早いのう。ヒヒイロカネの生成にはアダマンティアの甲羅が欠かせぬ。ゆえにおぬしらにはそれを採ってきて欲しいのじゃ。もちろん丸々一匹分をのう」



「「「「「「えっ?」」」」」」



 揃って目を丸くする俺たち。


 それはつまりあの馬鹿でかい甲羅をここまで運んでこいということだろうか。


 呆然と言葉を失っていた俺たちに、ナザリィさんは半眼を向けて言った。



「何を呆けておる。当然じゃろう? ヒヒイロカネというのはアダマンティアの甲羅を想像も出来ぬほど高温の炎で包み、限界まで凝縮することによって変質し、生まれる超金属。ゆえに手のひらほどの欠片を持ってきたところでヒヒイロカネは作れんわ」



 そう肩を竦めるナザリィさんに、俺たちもなるほどと頷く。


 しかしそれだけの高火力が必要となると、通常の人間に生成することはまず不可能であろう。


 一体古の賢者はどうやってこれを生成したのだろうか。



「つまりはその〝想像も出来ぬほど高温の炎〟とやらがあれば、わざわざ甲羅を運ばなくてもいいというわけだな?」



「うむ、もちろんじゃ。むしろたとえ運んでこられたとしても、それがなければヒヒイロカネは作れぬ。まあそこが一番の問題点なわけじゃが……」



 うーむ、と難しい顔をするナザリィさんに、しかし女子たちは揃って顔を見合わせ、頷いた。



「――ならばまったく問題はありませんね」



「なぬ?」



「ああ、そのとおりだ。何せ、あたしらの旦那は火の神さまにめっぽう愛されてるからな」



「そうね。むしろもう化身のようなものだし」



「うん。イグザなら絶対ヒヒイロカネを作れるって信じてる」



「まあ当然だな」



 そう言って皆が俺に期待の眼差しを向けてくれる。



「……ああ、任せとけ!」



 なので俺もぐっと拳を握り、力強くそう返答したのだった。



      ◇



 とはいえ、問題は件のアダマンティアがどこにいるのかということである。


 ナザリィさんの話だと、比較的暑い場所を好むというが、これといった生息地のようなものはないらしい。



「ふむ、ならばお前が前に海に落としたという火山島に行ってみるのはどうだろうか? もしかしたらまだ近くにいるかもしれないだろう?」



「そうだな。どのみちいつかはきちんとイグニフェルさまにお会いしようと考えていたし、マグリドに向かってみるのはいいかもしれない」



 ただ、と俺は女子たちを見やって言う。



「また変なやつの襲撃があっても困るし、何人かはここに残って皆を守って欲しいんだ」



 と。



「ええ、分かりました。――では皆さん、あとはよろしくお願いします」



 さも当然のようにマグメルがそう言い、ほかの女子たちに半眼を向けられる。



「おい、ちょっと待て。何故お前がすでに行くことになっている?」



「ふふ、それはもちろん私より皆さんの方が対人戦闘力に秀でているからです。戦力の分散という意味では妥当なのではないかと」



「ぐっ、もっともらしいことを……っ」



 アルカが苦虫を噛み潰したような顔をしていると、ティルナがすっと手を上げて言った。



「――はい。わたしは海の中の探索が出来る」



「「「――っ!?」」」



 これに目を丸くしたのはアルカにオフィール、そしてザナだった。


 人数的に言うと、すでに過半数に達してしまったからだ。


 が。



「で、でもあれじゃないかしら? こちらには治癒術を使える人がいないし、遠距離攻撃という観点から見てもマグメルと私が入れ替わるべきだと思うのだけれど」



「――なっ!?」



 ザナが最後の抵抗を見せ、今度はマグメルがびくりと驚愕の表情を浮かべる。


 確かに何かあった際、マグメルの治癒術は必須であろう。


 となると……。



「――っ!?」



 ふるふるふるふる、とマグメルが泣きそうな顔で首を横に振ってくる。


 だが俺は彼女の肩にぽんっと手を置き、心底申し訳なさそうに言ったのだった。



「……すまん、マグメル。ここには君の力が必要なんだ」



「……分かり、ました……」



 その瞬間、ずーんっと肩を落とすマグメル。


 なんというか、本当にごめんな……。

 

 と。



「「――私(あたし)も遠距離攻撃が放てるぞ!」」



「……」



 いや、君たちはもう諦めようね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る