69 里一番の天才鍛冶師


「彼女、まだ落ち込んでるの?」



「ああ。へスペリオスに魅了されたことがよっぽどショックだったらしい」



 ちらり、と工房内を見やった俺たちの目に映ったのは、膝を抱え、がっくりと肩を落としている小柄なドワーフの女性――ナザリィさんだった。


 そう、大槌を振り回して同胞を襲った挙げ句、ヘスペリオスに顎クイされていた人である。


 へスペリオスを倒した後、俺はマグメルとともに傷ついた人たちの治療を全力で行った。


 救助の迅速さもあってか、幸いにも命を落とした人はおらず、本当によかったと俺たちもほっと胸を撫で下ろしていた。


 もちろん族長さんを含めた皆さんから感謝の言葉をいただき、半壊した里の方もすぐさま復興作業が行われていたのだが、ただ一人ナザリィさんだけが未だにとっても落ち込んでいたのである。


 というのも、彼女は〝希代の天才〟と言われるほどの腕を誇る里一番の鍛冶師で、それはもう自信満々にへスペリオスを撃退に出たらしいのだが、あっという間に魅了されるという大失態を犯してしまったからだ。


 おかげで「わしのことは放っておいてくれ……」と昨日からずっとあんな感じでしょんぼりしているのである。



「でも困ったわね。族長さんたちのお話だと、あなたの期待に応えられそうなのは彼女だけだって言うし、ヒノカグヅチも砕けてしまった以上、早々に新しい武器の製作をお願いしたいのだけれど」



「まあ仕方ないさ。皆を守ろうとして立ち向かった結果、敵に操られて仲間たちを傷つけることになっちまったんだ。そりゃショックも受けるよ」



「そうね。まあ彼女の場合は別の要因もありそうだけれど……」



「?」



 意味深なザナの言葉に俺が小首を傾げていると、里の復興作業を手伝っていたティルナがこちらに近づいてきて言った。



「ナザリィは大丈夫そう?」



「うーん、今の時点ではなんとも言えないな……。もう少し時間が経てば落ち着いてくれるとは思うんだけど……」



 と。



「――うん、なら今こそイグザの出番。ナザリィの頭を撫でてあげて」



「えっ?」



 ふいにティルナがそんなことを言い出し、俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。


 だがザナもティルナの意見には同意だったようで、ふふっと笑って言った。



「そうね。確かにそれが一番かもしれないわ」



「え、ちょ、えっ? ほ、本気で言ってるのか?」



「ええ、もちろんよ。これだけ多くの聖女……いえ、女性を笑顔にしてきたあなただもの。必ず彼女も笑顔に出来るわ」



「お、おう……」



 そう言われてしまったらもう頷くしかないではないか。



「頑張って、イグザ」



「ああ、任せとけ」



 ティルナにも応援され、俺もなんだかその気になってくる。


 ――よし、分かった。


 なら俺が彼女をばっちり笑顔にしてやろうじゃないか。


 内心そう頷いた俺は、未だに一人工房内で俯いていたナザリィさんのもとへと赴くと、意を決してその頭を撫でながら言った。



「大丈夫です、ナザリィさん。へスペリオスのやつは俺がぶっ飛ばしておきましたから」



 が。



 ――がばっ。



「い、いきなり何するんじゃおぬし!? わしへの当てつけか!? そうなんじゃな!? うわ~ん!? おぬしなんて嫌いじゃ~!?」



「えぇ……」



 思いっきり手を振り払われた挙げ句、泣かれた上に嫌われるというトリプルコンボを食らうハメになったのだった。


 いや、全然ダメじゃねえか……。



      ◇



 それからなんとか甘いホットミルクでナザリィさんを落ち着かせた俺は、少しずつだが彼女とコミュニケーションがとれるようになっていた。



「なるほど。つまりナザリィさんは自分でへスペリオスを倒したかったんですね?」



「そうじゃ……。里の者たちは皆わしを天才じゃと言いよる……。ならばその期待に応えてやらねばならんじゃろうて……。じゃからわしは天才の名に恥じぬ活躍を見せようと、新作の槌を手にやつの前に立ったのじゃが……まさかインキュバスじゃったとは……」



 ずーんっ、とあからさまに落ち込むナザリィさんに、俺も苦笑する。


 まあ通常であれば女性である以上、インキュバスの魅了からは逃れられないからな。


 いくらナザリィさんが最高の武器を持っていたとしても、絶望的に相性が悪かったとしか……。



「そう落ち込まないでください。俺も相手がサキュバスだったら同じことになっていたかもしれませんし」



 ちなみに〝サキュバス〟というのは女性の淫魔のことで、男性に対して絶対的優位をとれる亜人種である。


 要はえっちなお姉さんだ。



「じゃろ!? わしだって相手がインキュバスでなければ華麗に勝ってたわい! そう、今回はたまたま運が悪かっただけなんじゃ!」



「え、ええ、そうだと思いますよ? だからあんなやつのことなんて気にしないでください。もう塵一つ残っていませんから」



 俺がそう元気づけると、ナザリィさんは「うんむ」と大きく頷いて言った。



「おかげで少しじゃが気力が戻ってきたわい。感謝するぞ、小僧。それとさっきはすまんかったのう。てっきりわしをコケにしようとしとるのかとばかり」



「まさか。あんなに落ち込んでる人にそんなことをするはずないじゃないですか」



「うむ、そうじゃな。おぬしはそういうことをせん男じゃとわしの直感が告げておる」



 というわけで、とナザリィさんが大きく胸を張って言った。



「改めて自己紹介をさせてもらおうかのう。わしはこの里一番の鍛冶師――ナザリィじゃ」



「俺はイグザです。聖女たちのまとめ役だとでも思ってもらえたらと」



「うむ、承知した。ではこれからよろしく頼むぞい、ハーレム王」



「はい、よろしくお願いしま……うん? ハーレム王……?」



 あながち間違ってはいないんだろうけど、その呼び方はどうなの……。


 俺がそう黄昏れたような顔になっていると、「そ、それとな……」とナザリィさんが何やら身体をもじもじさせて言った。



「その、よければもう一度頭を撫でてくれんかのう……。先ほどは思わず振り払ってしまったが、存外よい心地じゃったもので……」



「はは、分かりました」



 頷き、俺は再びナザリィさんの頭を撫でてあげたのだった。


 なんというか、意外と素直で可愛らしい人である。

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