59 禁忌の恋
ティルナ親子を入り江に残し、一度イトルへと帰還した俺たちは、急ぎ町中をくまなく捜索してみたのだが、やはり女性の姿を見つけることは出来なかった。
もっとも、彼女が本当に千里眼などのスキル持ちだというのであれば、俺たちが捜しにくることも到底予想済みだっただろうからな。
見つかる可能性は低いだろう。
ならば仕方がないと宿で一夜を明かした俺たちは、再び例の入り江へと足を運ぶ。
目的の人魚ことセレイアさんに会うことも出来たのだ。
港にいたおじいさんの話でも人魚は神の遣いだというし、彼女にシヌスさまのもとへ行く方法を尋ねてみようということになったのである。
「――なるほど。あなた方は〝水神宮〟に行きたかったのですね?」
「水神宮? それがシヌスさまのいらっしゃる神殿のお名前なのですか?」
マグメルの問いに、セレイアさんは「ええ、そうです」と頷いて続ける。
「水神宮は私たち人魚の里にある神殿のことでして、水の女神――シヌスさまはそちらから日々海の平和を見守っていらっしゃいます」
「ということは、当然あなたはその場所を知っているということだな?」
「もちろんです。ただ……」
「「「「「?」」」」」
小首を傾げる俺たちに、セレイアさんは申し訳なさそうな顔で言う。
「私は以前里の禁忌を犯し、追放された身でして……」
「それってまさか……」
俺がちらりとティルナを見やると、セレイアさんは頷いて言った。
「そのとおりです。私は人間の男性と恋に落ち、禁術を用いて一晩だけ陸に上がりました。もちろんすぐに里の者たちに連れ戻されてしまったのですが、それからしばらくして、私は自分が子を宿していることに気づいたのです」
「なるほどなぁ。そんで生まれたのがそこのおチビちゃんってわけか」
オフィールが顎でティルナを指すと、彼女はむっとしたような顔で言った。
「わたしはおチビちゃんじゃない。むしろあなたよりずっと年上」
「え、マジかよ!? じゃあババアじゃねえか!?」
「わたしはババアじゃない(怒)」
おチビちゃんとババアの二択もどうかと思うが、確かに人魚は人よりも遙かに長命な種族だと聞いているし、その血を引くティルナが俺たちより年上だったとしてもなんらおかしくはないだろう。
まあ見た目が俺より四つか五つくらい若いので、複雑な心境ではあるのだが。
「でも素敵です……。そうまでして愛する殿方と添い遂げようとするなんて……」
そしてマグメルはなんかキュンキュンしてるけど大丈夫だろうか。
うん、まあ大丈夫ということにしておこう。
セレイアさんは苦笑してるけど。
「ともあれ、禁術を用いて陸に上がっただけでなく、あまつさえ人と交わりその子を宿した私を里の者たちは許しませんでした。元来であればティルナともども命を奪われていたはずなのですが、その話を聞いたシヌスさまのご嘆願により、里からの〝追放〟という形になったのです」
「そうでしたか……。それはさぞかしご苦労をなされたのでしょうね……」
「いえ、私にはこの子と――そして主人がいましたから」
優しく微笑むセレイアさんの視線の先には、恐らくご主人のお墓であろう墓石が積まれていた。
綺麗なお花も供えてあるし、きっと毎日欠かさずお手入れをしているのだろう。
たとえ一時だったとしても、家族が一緒にいられてよかったな。
「でもそうなると困ったわね。セレイアさんがダメとなると、また別の人魚を捜さないといけなくなるわ」
「そうだな。振り出しに戻ったことになる」
ふむ、と考え込むアルカだったが、セレイアさんは「いえ」と首を横に振って言った。
「助けていただいたご恩もありますし、私があなた方を里までご案内いたしましょう」
「え、いいんですか!?」
驚く俺に、セレイアさんは微笑みながら頷いてくれる。
「もちろんです。ただ先ほども言ったとおり、私は里には入れませんので、その入り口までではありますが……」
「いえ、それでも十分です! ありがとうございます、セレイアさん!」
「あらあら」
俺が思わず彼女の手をとってお礼を言うと、セレイアさんは恥ずかしそうにしつつもどこか嬉しそうに笑って言った。
「ふふ、殿方に手を握られたのは久しぶりです。やはりとても温かいものですね」
「あ、す、すいません!?」
慌てて手を放す俺を、やはりセレイアさんはおかしそうに笑っていたのだが、
「……新しいお父さん?」
「「「「――っ!?」」」」
何故か女子たちは驚愕の表情で固まっていたのだった。
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