57 人と人魚の結晶


 その少女はぱっと見普通の人間のようだった。


 年の頃は10代半ばくらいだろうか。


 勝手な想像だが、きっと普段はあまり口数が多くないのではなかろうかと、そう感じさせるような大人しい印象を与える少女だったのである。


 それが敵意を剥き出しにし、今まさに俺たちを問答無用で襲いつつあるのだから、彼女の怒りがどれほどのものかなど容易に窺えよう。


 そしてあの魔物を〝お母さん〟と呼んだくらいだ。


 きっと何か事情があるに違いない。



「ちょ、ちょっと待ってくれ!? 俺たちは別に君のお母さんを殺そうなんて考えちゃいない!?」



「嘘……っ。あなたたち冒険者はそうやってお母さんを傷つけてきた……っ。絶対に許さない……っ」



 がんっ! と下から飛んできた蹴りが俺のガードを崩す。



「ぐっ!?」



 その瞬間見えたのは、足首にもヒレのようなものがついているということだった。


 それにこの格闘術は……っ。



「落ちて!」



 ――どごっ!



「うおっ!?」



「「「イグザ!?」」」「イグザさま!?」



 素早く身体を捻り、少女の飛び後ろ回し蹴りが俺の胴に深々と突き刺さる。


 小柄な体躯だからなのか、攻撃は言わずもがな、それらを切り替えるスピードもかなり速い。


 そしてこの的確に急所ばかりを狙ってくる近接格闘術の練度の高さ。


 ――間違いない。


 やはりこの子のスキルは――《皇拳》。



 つまり彼女は――〝拳〟の聖女。



 占い師の女性にも言われていたが、確かに一筋縄ではいかなそうだ。



「うおおおおおっ!」



 ――ごうっ!



「――っ!?」



 船から蹴り飛ばされた瞬間、俺はスザクフォームへと変身する。



「いい加減大人しくしろ!」



「おらあっ!」



 一瞬驚いたような表情を見せた少女の隙を突き、アルカとオフィールが攻撃を仕掛けようとしたのだが、



 ――どがっ!



「ぐっ!?」



 ――ごっ!



「うげっ!?」



 狭く足元も不安定な船上では少女の方に分があるらしく、揃ってあしらわれてしまう。


 しかも。



 ――ざぱんっ!



「速っ!?」



 そのまま海に飛び込んだかと思うと、次の瞬間には海面から飛び出し、俺の眼前へと肉薄してきたではないか。



「はあっ!」



 だが。



 ――がきんっ!



「――っ!?」



 俺はそれを素手――いや、〝籠手〟で受け止める。


 そう、彼女の攻撃を受けたことで、俺の中に新たな派生スキルが誕生したのだ。



 ――《疑似皇拳》。



 徒手空拳の最高峰レアスキルだ。



「くっ!?」



 俺の雰囲気が変わったことに少女も気づいたらしい。



 ――どががががががっ!



「どうして……っ」



 繰り出す攻撃が全て受けられたりいなされたりするのだ。


 そりゃ驚くだろう。



「うっ!?」



 だから俺はその動揺の隙を突くように彼女の右腕と胴を掴み、これ以上刺激しないようなるべく優しめの声音で言った。



「とりあえず話を聞いてくれ。俺たち……というか、あそこにいる彼女たちも君と同じ聖女なんだ」



「……聖女?」



「ああ、そうだ。そして俺たちの目的は水の神――シヌスさまに会うことであって、君のお母さんを殺すことじゃない。むしろ彼女が暴れ始めたのは最近のことだと聞いた。もしかしたら何か理由があるんじゃないか?」



「だとしてもあなたたちには関係ない……っ。放して……っ」



 身体をよじって抜け出そうとする少女だが、俺は彼女の拘束を緩めない。



「いや、放さない。このまま君たちを放置しておいたら、より多くの人々が傷つくことになる。当然、君たちもだ。だから俺に事情を話してくれ。見てのとおり俺は火の神の力を多く受け継いでいる。きっと君の悩みを解決出来るはずだ」



 そう俺が彼女の目を見て告げると、少女の身体からふっと力が抜ける。



「……本当? 本当にお母さんを助けてくれるの?」



「ああ、助けてやる。だからその前に君の名前を教えてくれないか? 俺はイグザっていうんだ」



「……わたしはティルナ。お母さんは人魚だけど、お父さんは人」



 つまりハーフってわけか。



「なるほど。だから君は人魚の特徴を持ちつつ、人の特徴も持ち合わせていたんだね?」



「うん。そしてあの海竜がわたしのお母さん。でもあれは本当の姿じゃない。誰かがお母さんを魔物に変えたの」



「魔物に、変えた……?」



 その時俺の脳裏に思い浮かんだのは、ラストールで戦ったヴァエル王だった。


 まさか……っ!?


 俺が訝しげな表情をしていたのが気になったのだろう。


 少女ことティルナは不安そうな顔で俺を見上げて言った。



「……お母さん、助けられる?」



 当然、俺は力強く頷いた。



「ああ、もちろんだ。君のお母さんは――俺が絶対に助け出してやる!」

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