56 拳振るう海の聖女


 魔物が海の神さまとは一体どういうことなのか。


 とりあえず詳しい話を聞くため、俺たちはおじいさんを落ち着かせる。


 すると、彼はゆっくりと語り始めてくれた。



「この町には人魚の伝説があってな。彼らは上半身が人間で、下半身が魚という特徴を持つ亜人種なんじゃが、古来より神の遣いであるとも言われてきたのじゃ」



 神の遣い……。


 正直、それは初耳である。



「なるほど。つまりあなたが見た少女というのは、その人魚かもしれないということですね?」



 マグメルの問いに、おじいさんは「うむ、そのとおりじゃ」と頷いて続ける。



「わしも一瞬少女の方が神さまかとも思ったのじゃが、人魚は人と違って〝耳元にヒレがある〟という話を聞いたことがあってのう。となれば、彼女の乗っていた海竜こそが神なのではないかと思い、ギルドのクエストを受注した者たちに殺さぬよう頼んでおったのじゃが……」



 聞く耳を持ってくれなかったというわけか。


 そりゃまあいきなり海を荒らしてる魔物が神さまかもしれないから殺すなと言われても、なかなか信じてはもらえないと思う。



「ところで、その海竜というのは何か特別な感じの魔物だったのかしら? 見た目が神秘的とか」



「いや、わしの見た感じでは通常の海竜種と何も変わらん。じゃが神の遣いたる人魚が魔物を従えて漁場を荒らすなどとはどうしても考えられなくてのう……」



「なんか虫の居所でも悪かったんじゃねえのか?」



「そんな理由で暴れられたら堪ったもんじゃないですよ……」



 そうマグメルがオフィールに半眼を向ける中、「ただ……」とおじいさんが思い出したように言った。



「一つだけ気がかりなことがあってな……」



「気がかりなこと?」と俺。



「うむ。わしの目が節穴でなければ、あの少女の下半身は人のそれと同じであったような気がするのじゃ」



 人のそれと同じ?


 つまり二足歩行をしていたということだろうか。



「ふむ、それは人魚と言うのか?」



「分からぬ……。じゃがもし神の遣いとして特別な人魚を連れているのだとしたら、あれは間違いなく海の神にほかならんのではないかとわしは思う。ゆえになんとしても殺させるわけにはいかんのじゃ」



 確かにそれが海の神……いや、水の女神――シヌスさまだったとするならば、絶対に殺させるわけにはいかないだろう。


 もっとも、人の力程度で殺せるかどうかはさておき。



「それともう一つ、以前から少女の姿は目撃されていたのか?」



「いや、彼女が現れたのはここ最近のことじゃ。それまでは海竜のみが暴れていたと聞いておる。わしを含め、恐らく数人くらいしか彼女を目撃しとらんのではなかろうか」



「ふむ、それもまた妙な話だな」



 アルカが神妙な顔で考えを巡らせる中、俺は「なるほど」と頷いて言った。



「お話は分かりました。ならその件に関しては俺たちがちょっと調べてみます」



「何? よいのか?」



「ええ。凄い今さらなんですけど、俺たち……というより、彼女たちは〝聖女〟と呼ばれる特別な力を宿した女性たちですから」



 それを聞いたおじいさんが驚きの声を上げる。



「なんじゃと!? それはまことか!?」



「へへ、実はそうなんだぜ? じいさん。だからあたしたちに任せときゃ万事解決ってやつよ」



「まあオフィールさん一人では不安しかありませんが、確かに私たちは聖女です。なのでこの件に関してはお任せください」



「おお、それはありがたや! 是非ともお願いしますぞ、聖女さま方!」



 低く平伏するおじいさんに、俺たちは揃って大きく頷いたのだった。



      ◇



 そうしておじいさんから船を借りた俺たちは、風属性の術技を使ってさっそく問題の海域へと向かう。


 普段は割と穏やかな海域で、波もそこまで高くはないと聞いていたのだが、



 ――ざぱーんっ!



「おい、これのどこが穏やかな海域なんだよ!?」



「あの、話しかけないでください……。今割と限界なんで……うっぷ」



 というように、海は荒れに荒れ、まるで嵐のようだった。


 だがその原因は恐らくあれであろう。



「――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」



 海と同じ真っ青な身体をうねらせながら咆哮を上げている一体の魔物。



 海竜種――〝リヴァイアサン〟である。



「ふむ、これはどう見てもただの魔物だな」



「そうね。例の少女の姿も見えないし、とりあえず一度大人しくさせた方がいいんじゃないかしら?」



 ザナの提案に、俺も頷く。



「そうだな。もしあれがシヌスさまだったとしても、完全に理性を失ってる状態だと思うし、申し訳ないけどダメージを与えて昏倒させよう。――ザナ、いけるか?」



「ええ、もちろん」



 揃って弓を構え、リヴァイアサンを射貫こうとした俺たちだったのだが、



「――後ろだ!」



「「――っ!?」」



 アルカの警告に慌てて背後を振り返る。


 刹那。



 ――どがんっ!



「うおっ!?」「きゃあっ!?」



 何者かの一撃が俺たちを襲い、瞬間的に俺はそれを双剣にすることで受け止めていた。



「君は……っ!?」



 そしてそこで俺は見る。



「――お母さんはやらせない……っ!」



 そう怒りに満ちた顔で拳を叩きつけてくる――耳元にヒレのある少女の姿を。

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