49 哀れな王さまに炎の手向けを


「おらあっ!」



 ――ごうっ!



「はは、楽しいですね! こんなにも胸が躍るのは久しぶりです!」



 どがんっ! と互いの攻撃がぶつかり合い、衝撃波が巻き起こる。


 俺たちは今ラストールから少し離れた森の上空で激闘を繰り広げている最中だった。


 戦闘前にダメもとで町に被害を出したくない旨を伝えたところ、意外にもヴァエルがそれを了承したのである。


 まだ人としての良心が残っているのか、それともいずれ手駒となる者たちを減らしたくないのかは分からない。


 だがどちらにせよ、俺にとっては好都合だった。


 ここでなら全力でやつを叩きのめすことが出来るからだ。


 ゆえに俺は現状持てる全ての力を解放して、ヴァエルに攻撃を仕掛ける。


 そしてヴァエルもまた、自身に取り込んだ全ての魔物の力を解き放って、俺を殺すべく襲いかかってきた。



「ドラゴンズテイルッ!」



 ――どぱんっ!



「ぐうっ!?」



 強靱な竜の尾がまるで鞭のようにしなり俺を襲う。


 それを片刃剣で受けた俺は全身の骨が軋む中、即座に翼を翻し、ヴァエルに肉薄する。



「テンペストブレイクッ!」



 ――ずしゃっ!



「ぐおっ!?」



 俺の斧を受けようとしたヴァエルの左腕ごと胸に斬撃を刻み込む。


 風の女神仕込みの属性武技――オフィールの得意技だ。



「まさか鋼竜種並みの強度を誇る私の腕ごと斬り裂くとは……っ」



 ですが! とヴァエルが気合いを入れた瞬間、即座に新しい腕が生え、胸の傷も塞がる。



「この程度では私を殺すことは出来ませんよ? 何故なら私はぶわっ!?」



 途中で大剣の一撃を顔面に叩き込む。


 悪いがこっちは殺すつもりで戦ってるんだ。


 どや顔で自分の力を語ってるんじゃねえよ。



「穿て! 清浄なる光の牙――サンライトヴァーミリオン!」



 ――どがああああああああああああああああああああああああああんっっ!!



「ぐあああああああああああああああああああああああっっ!?」



 続けて《無杖》のレアスキルを持つマグメルお得意の最上位光属性術技が、ヴァエルの汚れきった心と身体を焼き尽くしていく。



「余裕ぶっこいてる暇があるのか? 今は戦闘中だぞ?」



「は、はは、そうでしたね……っ」



 さすがのヴァエルも苛立ちを覚えたのだろう。


 声音から余裕がなくなっていた。


 と。



「――グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」



「うおっ!?」



 ――どばんっ!



 ノーモーションのブレスが俺に直撃し、爆風が辺りに吹き荒れる。


 いくら不死身とはいえ、今のはさすがに効いた。


 やはり一筋縄ではいかないか。



「砕けなさい!」



 ぶうんっ! と体勢を崩した俺に、ヴァエルが巨大化した腕を振り下ろしてくる。


 城の中で見たあのとんでもない威力の腕だ。


 だが。



「ルナフォース――メテオライトッ!」



 ――どばああああああああああああああああああああああああああんっっ!!



「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!?」



 俺は歯を食い縛り、そこに〝槍〟の聖女――アルカ最強の一撃を叩きつける。


 レオリニアではこれに聖愴の力を組み合わせていたが、それでもヴァエルの剛撃を打ち破るには十分な威力だった。



「はあ、はあ……さすがです……。ですが……っ」



 今の一撃で消失した右半身を、ヴァエルが再生しようとする。


 が、そんな暇など与えて堪るか。



「はあああああああああっ!」



 俺は間髪入れず双剣での連撃を放つ。



 ――ずががががががががっ!



「くっ、そんなもので……っ」



「なら――これならどうだッ!」



 ――ずしゃっ!



「――なっ!?」



 そのまま身体を捻り、体重を乗せた片刃剣の斬撃が、受け止めようとしていたやつの左腕を斬り裂き、刃が胴へと深く食い込む。


 俺はその勢いを殺さぬまま、やつを流星が如く地面へと叩きつけてやった。


 が、ずがああああああんっ! と衝撃で木々が薙ぎ倒され、大地にクレーターが穿たれる中、やつはなんとか足で踏ん張り、体勢を維持し続けていた。


 さすがにしぶとい――が、まだだ。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」



 ――ごごうっ!



「ぐおあああああああああああああああああああああっっ!?」



 そこに炎の追撃を加えた俺は、やつを内部から焼き尽くすべくこれを激しく燃え上がらせる。


 ここで終わってくれればよかったのだが、



「この、程度でええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!」



 ――ぐばああああああああああああっ!



「――なっ!?」



 突如ヴァエルの身体が内側から弾けるように肥大化したかと思うと、そこに現れたのは異形……いや、〝異様〟としか言いようのない不気味で不快な存在だった。


 竜種をはじめとした複数の魔物の頭部に、多数の触手や甲殻類の足などが何本も飛び出た胴体。


 しかもそこにまるで人の口のようなものが何個も存在するのだから、もう完全にただの化け物である。



「こんなものが、あんたの目指した王さまなのか……」



「ゲッ、ゲッゲッ……殺ス……殺ス……ッ」



 すでに思考力を失っているのか、こちらの言葉も理解出来ていないようだった。



「……そうか。ならもう遠慮する必要はないな」



 そう静かに告げ、俺は天高く舞い上がる。


 そしてヒノカグヅチを弓に変え、ゆっくりとヴァエルだったものに狙いをつける


 やつは未だに何やらぶつぶつと呟き続けていた。


 こんな結末になろうとは、やつ自身思いもしなかったことだろう。


 だがこれで終わりだ。



「――ファランクスブローッ!」



 ――どががががががががっ!



 俺は最大限の力を以て、ザナのファランクスブローをヴァエルだったものに放ち続ける。



「ギゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!?」



 やつの身体が再生する暇を与えないほどの速度で、すでに攻撃する必要がなくなったと確信してもなお、俺は延々とファランクスブローを放ち続けたのだ。


 もちろんこんなことをしてもザナの悲しみは消えやしないだろう。


 けれど、せめてその怒りをヴァエルにぶつけてやりたかったのである。



「カッ……!?」



 そうしてほとんど肉塊と化したヴァエルの前に俺は降り立つ。


 この状態でも息があるのだ。


 再生力うんぬん以前に、相当強い生への執着があるのかもしれない。


 と。



 ――ずどどっ!



「……っ」



 肉塊から伸びてきた触手が俺の右肩と腹部を貫く。


 同時にくぐもった笑い声が肉塊から聞こえてきた。



「ク、クク……ソウ、ダ……アナタ、ノ、肉体ヲ、取リ込メバ、イインダ……。ソウスレバ私ハ、サラニ強ク、ナレル……」



「……」



 どうやら最後の最後で自我を取り戻したらしい。


 何故こんな姿になってまで強さを求めようとするのだろうか。


 ……いや、それを考えるのはやめておこう。


 たとえこいつに何かしらの理由があったとしても、これだけのことをやらかした以上、ゼストガルド王のように許すわけにはいかない。


 ごうっ! と俺の身体に刺さっていた触手が燃え落ち、さらに触手を伝って炎が肉塊へと燃え移る。



「――ガッ!?」



「無駄だよ。今の俺は炎そのものみたいなものだ。よって細胞を取り込むことは出来ない」



「アガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」



「それと、あんたは一つ勘違いをしている。魔物たちは決して人間を王だなんて認めやしない。むしろあんたは魔物たちの苗床になっていただけだ。自分の姿をよく見てみろ。そんな醜いものが王であるはずがない」



「ソ、ソンナ……ワ、私ハ、魔物ノ……ッ!?」



「せいぜい悔やみながら死ぬといいさ。せめてもの手向けだ。埋葬がお好みかもしれんが、今回は華々しく火葬であの世に送ってやるよ」



 ごごうっ! とさらに勢いを増す炎に、俺は一人小さく息を吐いていたのだが、



「――私ハ、マダ……アナタ、ノ……オ役……ニ……」



「?」


 ふいにヴァエルがそんなことを口にし、俺は眉根を寄せる。


 だがそれ以上彼が口を開くことはなく、肉塊は灰燼へと帰していったのだった。

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