42 〝希望〟の名を持つ少女


「――本当に申し訳ございませんでした」



 そう恭しく頭を下げてくるのは、王妃のリフィアさまだった。


 ホムンクルスの少女の時とは違い、ゼロからの完全な蘇生だったわけだが、どうやら本当に成功したらしい。


 さすがは神の力である。


 とはいえ、亡くなった人を片っ端から蘇生なんてしたら、元来は厳かであるべき〝死〟というもの自体が軽んじられてしまいかねない。


 だから今回は本当の本当に特別だ。


 まあほら、手の届く範囲くらいの悲しみはなんとかしてあげたいだろ?


 今までしてきたことを考えたら、ハッピーエンドというわけにはいかないだろうけど、それでも大切な人が側にいれば、ともに償っていくことが出来るからな。


 今度はいい王さまとして頑張ってもらいたいものである。



「いえ、気にしないでください」



 ともあれ、あれから事情を聞いたリフィアさまは、そのお優しいお顔とは裏腹に、それはもうめっぽう怒った。


 あのゼストガルド王がたじたじになるくらい、とにかく彼をお叱りになったのだ。


 それで彼も目の前にいるのが本物の王妃さまだと分かったのだろう。


 途中で堪えきれなくなったと思われ、親子三人揃って泣いていた。


 そうして落ち着きを取り戻し、今に至るというわけだ。



「す、すまない、我は……」



「あー、王さまも気にしないでください。もう散々怒られたと思うんで」



「う、うむ。だが一言だけ言わせて欲しい。――本当にありがとう。全てそなたのおかげだ」



 ゼストガルド王が深く頭を下げてくる。



「いえ、感謝ならザナに言ってあげてください。俺はただ彼女の思いに応えてあげたかっただけですから」



「ああ、分かっている。だがそれでも伝えねばならぬと思ったのだ。本当に――ありがとう」



 すっかり毒気が抜けてしまったのか、ゼストガルド王の顔からは先ほどまでの剣呑さがなくなっていた。


 やはり少々強引な手段ではあったが、憎しみの原因となっていた王妃さまの死を排斥したのがよかったのかもしれない。



「とりあえず一件落着だな。しかしお前の《完全蘇生》はとんでもない力だな。まさか何もないところから死者を蘇らせるとは」



「まあ埋葬されていたリフィアさまのご遺体を元に再生させたから、何もないところからってわけじゃないんだけどな。でも確かにこれを使うのは本当に必要な時のみにしようと思う。自分でやってみて実感してるけど、基本的には使っちゃいけない力なんじゃないかな……」



「そうですね。私もイグザさまのお考えに同感です。元来〝命〟というのは皆平等でなければなりませんから」



「そうかぁ? むしろばんばん生き返らせて金もらおうぜ! めちゃくちゃ儲かるぞ~!」



 にししと指で〝O〟の形を作るオフィールに、マグメルがどん引きの半眼を向ける。



「オフィールさん、あなた……」



「じょ、冗談だって。そんな目で見るなよ……」



 口を〝3〟にしてしょんぼりするオフィールを、俺たちが微笑ましそうに見据えていると、ふいにザナが近づいてきて言った。



「改めてお礼を言わせてちょうだい。あんな風に楽しそうな二人をまた見られるなんて思いもしなかったわ。本当にありがとう、イグザ」



「おう、いいってことよ。それよりあとで一つだけ頼みたいことがあるんだけどいいかな?」



「「「「「「?」」」」」」



 ちらり、と俺はホムンクルスの少女たちを見やりながら言う。



「ええ、もちろんよ。私たちに出来ることであればなんでも協力するわ」



 そう微笑むザナだったが、そこにオフィールがにやにやとからかうように言ってきた。



「へえ、〝なんでも〟ねぇ。じゃあいっちょそこのテーブルで裸踊りでも――」



「オフィールさん……」



「だ、だから冗談だって言ってんだろ!? いちいち引いたような顔で見んなよ!?」



 おどおどするオフィールたちの様子を、俺たちはおかしそうに見据えていたのだった。



      ◇



 翌日からは色々と大忙しだった。


 何せ、死んだと思われていた王妃が突如姿を現したのだ。


 そりゃ国中大騒ぎにもなる。


 なので、そこは俺がヒノカミフォームとスザクフォームの合わせ技で神の如く降り立ち、他国との争いを未然に防ぐための~とまあそれっぽい理由をでっち上げたのである。


 おかげで王は改心し、これからは豊かな国づくりのために尽力すると神の前に宣言したことで、国民たちも大いにそれを喜んでいたようだった。


 今までは国の全てを軍事力に捧げていたみたいだったからな。


 人々にも大分窮屈な生活をさせていたのではなかろうか。


 もちろんホムンクルスの研究も全て廃棄され、今後は医療分野に力を入れていくらしい。



「――よし、これでもう大丈夫だよ」



「ありがとうございます」



 ともあれ、俺はザナにあるお願いをした。



 それは――〝ホムンクルスの少女たちを苦しませずに仮死状態にしたい〟というものだった。



 たとえ仮死状態であったとしても、死にゆく定めにあるのなら《完全蘇生》が使えるからだ。


 そうして俺は残りの五人に対してそれを行った。


 ホムンクルスは人造生命体ゆえに短命――その理不尽な運命だけでもなんとかしてあげたかったからだ。


 俺の《完全蘇生》は生物を完全な形で蘇生させる。


 それはつまり〝人を模して造られた彼女らを人として再生させる〟ということにほかならない。


 リフィアさまも「ザナを元に生まれたのであれば、彼女らは等しく私の娘です」と言ってくれたし、これからは人として幸せな人生を歩んで欲しいと思う。


 そういえば、最初に蘇生させたあの子はさっそくリフィアさまに名前をつけてもらったらしい。



「私は奥方さま……いえ、お母さまより〝アイリス〟の名をいただきました。古い言葉で〝希望〟を意味するそうです」



「そっか。君にぴったりの素敵な名前だね、アイリス」



「はい、とても嬉しいです」



 こくり、と頷くアイリスの顔には、薄らとだが微笑みが浮かんでいるようにも見えた。


 きっとほかの少女たちにも彼女と同じくらい素敵な名前がつけられるのだろう。


 そう温かい気持ちになりながら、俺は気持ちよさそうにしているアイリスの頭を、しばらくの間優しく撫で続けていたのだった。

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