6 宴の夜に巫女さんと……。


「「「「「ヒノカミさまばんざーい!!」」」」」



 かつんっ、と小気味のよい音を響かせながら、人々が乾杯する。


 現在、マグリドの町ではヒノカミさまの復活(元からいたのだが)を祝し、盛大な宴が行われていた。


 その存在自体は伝承というか、おとぎ話のような感じで人々に伝わってはいたものの、実際にそれを目にした者はおらず、信仰も廃れていたのだという。


 町長さんたちも、これからはきちんとヒノカミさまに敬意を払い、修練の神殿を改装して、供物などを捧げるための祭壇を拵えるそうだ。


 それはとても素晴らしいことだと思う。


 ただ、



「おお、なんと神々しいお姿……」



「ありがたやありがたや……」



「どうか腰痛が治りますように……」



「……」



 さっきからすんげえ拝まれてるんだけど、俺ヒノカミさまじゃないからね?


 しかし一度火の鳥化して島中を飛んで見せたことで、人々は俺をヒノカミさまと同一視してしまったらしく、宴の主役として祭り上げられてしまったのである。



「ささ、どうぞ。イグザさま」



「あ、どうも」



 例の巫女さんことカヤさんが飲み物を注いでくれる。


 カヤさんは町長さんの孫娘らしく、こうして俺の世話役を担ってくれているのだ。


 なお、年齢は俺よりも少し下の18歳だという。



「それにしても、皆さん楽しそうですね」



 笑顔で談笑している人々を見やり、俺は言う。


 すると、カヤさんも「はい」と微笑ましそうに頷いて言った。



「先日まではアダマンティアの影響もありましたし、皆さま明るい話題を欲していたのでしょう。そこに伝説のヒノカミさまが現れ、しかもアダマンティアを退けたのがその御使いさまだと聞けば、自分たちにはヒノカミさまがついているのだと安心されるのも致し方のないお話かと」



「なるほど。まあ問題は、俺がそのヒノカミさま本人だと思われてることなんですけどね……」



 お山にちゃんとご本人さまがいらっしゃるのに……。


 俺が顔を引き攣らせながら言うと、カヤさんはふふっとおかしそうに笑って言った。



「そうですね。ですがイグザさまは、ヒノカミさまに直接会われてお力を賜った上、あのフェニックスローブにすら認められるほどのお方。私どもからすれば、それはもはや神に等しい存在にございます」



「そ、そうですか……」



 そこまで持ち上げられてしまうと、さすがに照れてしまう。


 ちょっと前まではただの荷物持ちだったんだけどな。


 それがドラゴンスレイヤーになったかと思ったら、今度はヒノカミさまである。


 カヤさんをはじめ、今まで出会った人たちは、皆さんは凄く優しくていい人ばかりだったし、なんかエルマと別れてから色々と上手くいってるような気がするんだけど、気のせいかなぁ……。


 う~ん、と俺が難しい顔をしていると、カヤさんが再び飲み物の入った瓶を両手に微笑んだ。



「ともあれ、今宵は特別な宴でございます。どうぞイグザさまも存分に楽しんでいかれてくださいませ」



「あはは、そうですね」



 そう笑い、俺はカヤさんの言うように宴を堪能したのだった。



      ◇



 その夜のことだ。


 俺は町長さんのご厚意でお屋敷の方に泊まらせてもらったのだが、



「――お夜伽に、参りました」



「ええっ!?」



 なんでこんなことになってるの!?


 白装束に身を包み、床に三つ指を突いているのは、さらさらの黒髪が似合う美少女巫女――カヤさんである。


 そのカヤさんがなにゆえ俺の寝所に現れ、しかもお夜伽などと嬉し……げふんっ。


 意味の分からないことを言っているのか。


 ベッド脇で唖然としていた俺に、カヤさんは頬を染めつつも、少々心配そうな顔で言った。



「私ではお嫌でございますか?」



「い、いやいやいやいや!? そりゃカヤさんがお相手ならとても嬉しいですけど、何故いきなりお、おおお夜伽を!?」



 てか、落ち着け俺!?


 いくらそういう経験がないからといって、これでは初心者感丸出しではないか!?


 あー、恥ずかしい!?


 だがカヤさんはそんなことを気にする素振りをまったく見せず、恥ずかしそうに言った。



「それはもちろん、イグザさまとのお子を成すためでございます」



「あ、ああ、なるほど。お子ですか……って、お子ーっ!?」



 そ、それはつまり赤さんをお呼びするということじゃないですか!?


 えっ!? ちょ、ええっ!?


 俺が一人取り乱していると、カヤさんは「はい、そうです」と静かに事情を語り始めた。



「こうしてヒノカミさまの存在があきらかになった以上、我らマグリドの民は、これを次代に紡ぎ続けてゆかねばなりません。そのためには、御使いさまの血筋を受け継ぐ巫女の存在が不可欠となります。ですから、どうか私にイグザさまのお子をお与えください。もう二度と、我らはヒノカミさまを蔑ろにしてはならないのです」



「カヤさん……」



 確かに事情は分かった。


 けれど。



「カヤさんは、本当にそれでいいんですか?」



「構いません。それがマグリドの民として生まれた私の、せめてもの贖罪でございます」



 そう儚げに微笑むカヤさんに、俺は「うーん」と頭を掻いた後、彼女の前に赴いて、その華奢な両肩をがっしり掴んで言った。



「うん、やっぱりダメだと思います!」



「えっ?」



「そりゃカヤさんの言うことも分かります。でもそういうのは好きなやつ同士がするべきだし、俺はカヤさんにもそうして欲しいんです。それにたとえ子を成したとしても、これから巫女になるその子や、今後巫女としての運命を背負う子たちは、この先ずっと色々な重圧を背負うことになると思うんです」



「それは……」



「そうなるくらいなら、巫女なんてものは肩書きくらいでいい。皆が宴の主役として選んで、笑顔でヒノカミさまに供物を届けに行くくらいの役割でいいと俺は思います。だってその方がヒノカミさまも喜ぶじゃないですか。少なくとも、ヒノカミさまだと言われている俺は喜びます。ええ、喜びますとも」



 どんっと笑顔で胸を叩いた俺に、感極まってしまったのか、カヤさんが涙ぐむ。



「イグザさま……」



「あはは、なんか偉そうなことを言ってすみません。でもそういうことなんで、カヤさんも誰か本当に心から好きになれる人を見つけてください。お夜伽はその時まで取っておくということで」



「……はいっ。分かりました……」



 涙を拭いながら頷いてくれたカヤさんの笑顔は、月明かりに照らされてとても綺麗だった。


 余談だが、カヤさんが部屋を去った後、「俺の馬鹿馬鹿何やってんのもー!?」と一人枕を濡らしたのは秘密である。


 男心は色々と複雑なのだ。

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